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小学生編

ゆめの国 9

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「ここで写真を撮ろう!」
「はい!」

 ランチを終え外に出るとちょうど撮影スポットがあったので、列に並んだ。

 ところが芽生くんの様子が少し変だった。
 
 調子が悪い?  ハンバーガーもスープも完食できたので食欲はあるあったようだが……じゃあ疲れてしまったのかな?  そっと額に手をあてるが熱はない。うーん、お腹が一杯で眠いのかな?

  芽生くんのテンションが落ちている理由が掴めず、僕も考え込んでしまった。

「ほら、順番だ。そこに並んで」

『ゆめの国』のメインキャラクター、クマのボード横に並ぶように言われたが、芽生くんの足取りが重たい。

「どうしたの? 写真を撮るの嫌なのかな?」
「……イヤ!」

 えええっ? 芽生くんがそんなこと言うなんて、よっぽど何があるようだ。

「宗吾さん、すみません。写真は後にしましょう」
「えー、せっかく並んだのに」
「すみません。皆、笑顔で撮りたいし」
「あー、まぁそうだな。芽生どーした? なんでそんなふくれっ面なんだよ」
「う……」

 宗吾さんが少し呆れ気味に言うと、芽生くんはますますいじけて、僕の後に隠れてしまった。これは少し気分転換が必要だな。

「宗吾さん、芽生くんは朝から興奮し過ぎたのかもしれません。先にお土産でも選びませんか」
「まぁ、そうだな。君が言うなら、そうするか。土産物ならあそこにショップがあるぞ」
「行って見ましょう。芽生くんいいかな?」
「……うん」

 宗吾さんが連れて来てくれたお店は、『ゆめの国』のキャラクターのぬいぐるみがメインのお店だった。

「わぁ! かわいい~」

 店内に溢れる可愛いぬいぐるみを見ると、ようやく芽生くんの瞳も輝き出した。

「見て! お兄ちゃんとおそろいのうさぎさんもいるよ」
「本当だ、可愛いね」

 ペパーミントグリーンのうさぎは目が青くて澄んでいた。とても可愛いなぁ。
 
「こっちにはボクとおそろいの『チェリーメイ』もいる。ボクと名前がにていてかわいいね」

 うんうん、ラズベリーピンクで、とてもキュートだね。

 芽生くんがそっとぬいぐるみを抱きしめる。
 
「そうだ、これ、彩芽ちゃんのお祝いにしたらどうだ? 名前が似ているから、いずれ芽生の名前を覚えるきっかけになりそうだ」
「うん! あーちゃんにボクのなまえを呼んでもらいたいから、これがいい」
「瑞樹? どう思う?」
「とてもいいと思います。女の子らしい色合いですし」
「よし、じゃあこれでいいか」
「パパ! ちょっと待って~ お顔が全部ちがうよ」
「ん? そうなのか」

 わぁ、子供ってよく見ているね。確かに目の位置が微妙に違うし、綿の入り具合でも顔つきが全然違って見えるのだね。『ぬいぐるみ屋さん』なんて普段行かないので新しい発見だった。

 赤ちゃんもぬいぐるみも、思わず微笑みたくなる愛らしさだ。

 愛らしい存在っていいね。

 純粋な気持ちになれるし、疲れたこころが癒やされる。

 いいな……欲しいな。

 とても自然な気持ちで、僕も欲しくなっていた。

 ふと思い出したのは、函館の家で珍しく夏休みの最後に動物園に連れて行ってもらった時のことだ。あれは函館の家に引き取られた翌年だったかな? 広樹兄さんは部活でいなかったが、小さな潤の手を函館の母がつないでいた。

 動物園で僕はシロクマが気に入って、何度も何度も見てしまった。

 ……

「瑞樹、そろそろ帰るわよ」
「あ、はい」
「楽しかった?」
「はい、とても」
「よかったわ。最後に売店があるのよ。寄っていこうね」

 売店にはいろいろな動物のぬいぐるみが溢れていた。

「すごい……!」
「瑞樹にも、何か買ってあげるわよ」
「え、でも……」
「遠慮しないで、夏休みどこにも連れて行ってあげられなかったから」
「すみません」
「さぁさぁ、好きなのを選んでらっしゃい」

 僕の欲しいものはシロクマ。でもシロクマは大きくて……値段が心配だ。そっと値札を返すと3,000という数字を見て、諦めた。 

  こんな高いものは駄目だ。

「ママー これがいい」
「潤、そんな大きいライオン連れて帰るの?」
「だってすごくカッコイイもん! これがほしいよ!」
「はいはい、分かったわよ」

 潤と函館のお母さんのやりとりに、そっと自分に久しぶりに芽生えた物欲に蓋をした。

 僕は望んではだめだ。ここにいさせてもらえるだけでもありがたいのに。生きているだけでも申し訳ないのに。

 いつもそんな考えに陥ってしまった。

「瑞樹は決まった?」
「あの……欲しいのなかったから……いいです」
「そうなの?  じゃあ潤のだけ買うけど、いいの?」
「はい、そうして下さい」

 ……

 あ、もしかして……芽生くん。

「芽生くんもぬいぐるみ欲しい?」
「え……ほ、欲しくなんてないもん!」
「どうして? こんなに可愛いのに」
「だって……」
「ん? 話してみて」

 僕はいつものように芽生くんと目線を合わせて、顔を覗き込んだ。

 あぁ、良かった。思い出せて……過去の僕の経験や気持ちが役に立つのが嬉しいんだ。

『ゆめの国』ではみんなカチューシャとお揃いみたいにオリジナルのぬいぐるみを抱っこしていた。芽生くんもそうしてみたかったのだろう。そして、ぬいぐるみを抱っこして写真を撮りたかったのだね。

「ぬいぐるみ……ほしいけど、高いから。だって今日、これもこれもかってもらったから、もういっぱいかってもらったから……どうしても、ムリだもん」

 芽生くんが大きな瞳をうるうるさせて、ぼそっと呟いた。

 そうか、芽生くんなりに気を遣ってくれていたのか。さてとここからは宗吾さんの出番かな?

「宗吾さん……あの」
「なるほど! なぁ芽生、なんのためにお正月にお年玉を貯金したんだっけ?」
「え……っ」

 そうか、それだ。

「そうだよ。芽生くんがもらったお年玉を全部使わないで取っておいたのは、きっとこの日のためだったんじゃないかな」
「ほんと? じゃあ……買ってもいいの?」
「あぁ、芽生のお金だ。好きに使っていい。こんな可愛いぬいぐるみなら大歓迎だぞ」
「やったぁ! やったぁ!」

 くすっ、泣きそうだった顔が、雨上がりの空のように晴れ渡ったね。

「ボクもあーちゃんとおそろいのチェリーメイにするよ。いっしょにあそぶんだ」
「了解、じゃあ芽生好みの顔を選べ」
「はーい!」

 芽生くんが背伸びして一生懸命選んでいる様子を、宗吾さんと肩を並べて見守った。

「宗吾さん、子供っていろんなことを考えているんですね」
「そうだな、だが大人もな。俺は今、瑞樹にぬいぐるみを買ってやりたいんだが」
「え?」

 宗吾さんが腕組みしてニコッと朗らかに笑った。

「ダ……ダメですよ。大人がぬいぐるみを抱っこするなんて」
「そうかぁ、俺はして欲しいけどなぁ」
「……ダメです」
「さっき、君もクマが欲しそうだった」
「えっ」(なんで分かるんだろう? この『ゆめの国』のポッフィーはあの日買えなかったシロクマに少しだけ似ていたから、つい)
 
  明らかに動揺していると、芽生くんがぬいぐるみを決めたらしくトコトコとやってきた。

「この子にする! パパ、ボクのお年玉まだあるかな?」
「あるよ」
「じゃあ。お兄ちゃんにも買ってあげる!」
「ええっ?」

 もうびっくりだ。芽生くんみたいな小さな子がそんな台詞を……!

「おいおい、それはまずい。少しはパパの顔を立ててくれよ~、瑞樹にはパパが買うから心配するなって」
「そうなの? よかった~ ボク、おにいちゃんとぬいぐるみ持って歩きたかったんだ。うれしいよ!」

 
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