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成就編
幸せな復讐 35
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「今日の清掃、終わりました」
「お疲れ様。各部屋の忘れ物のチェックはしてくれたか」
「はい! そうだ……これは忘れ物ではないので、一馬さんにお届けしますね」
春斗をまた母に預けてフロントに戻り、清掃スタッフと話していると、意外なものを手渡された。
「菖蒲の部屋の置き手紙ですよ。可愛いですね。あぁ……そういえば小さな坊やが泊まっていましたね」
「……ありがとう」
「こんな風に感謝の言葉を伝えてもらえるのって、嬉しくなりますね」
「あぁ……この仕事をしていて良かったと思う瞬間だよ。こんな可愛いお返事をもらえるなんてな」
手渡された紙には、ニコニコ笑顔の男の子が描かれていた。オレンジ色の洋服は、春斗が大きくなったら着るものだ。
添えられた言葉に泣けてくる。
『よつばをありがとう。しあわせやさんも、しあわせになってね』
しあわせやさんって、俺のことか。
俺を……そんな名前で呼んでくれるのか。
君の大切な瑞樹を、幸せに出来なかった俺なのに?
「カズくん、どうしたの?」
気が付けば、俺に寄り添うように妻が立っていた。
「これを見てくれよ。小さなお客様から、素敵なお礼状をもらったんだ」
「まぁ! なんて優しいの、それにぴったりね、カズくんに」
「俺は……幸せだ。今、幸せだ」
「んふふ。春斗と私がついているから大丈夫! あなたはもっと幸せになるわ」
「君を幸せにしたい」
「わぁ……カズくん、て、照れるわ。さ、さぁ……もう仕事仕事!」
顔を上げると、旅館スタッフが俺と妻の様子を微笑ましく見守ってくれていた。
「この旅館は、主と女将が仲睦まじいですね。暖かい雰囲気で包まれているので、お客様も心から寛げるようですね。お二人が引き継いでから、幸せそうなご家族のリピータ―さんが増えましたよ。頑張って下さい! 若いお二人を応援していますよ!みんな」
古くからいる仲居さんに背中をバンバンと叩かれて、照れ臭くなる。
昔……幸せにしてやりたい人がいた。
しかし彼は幸せになるのをこわがっていた。だからずっとふたりで前にも後ろに進まなかった。ずっと同じ場所であたためてやった。だが……時は流れ、いろいろな事情が重なり、ままならなくなった。だから俺は彼を置いて前に進むことにした。
彼の元から去る時、どうか彼を幸せにしてくれる人が現れ、彼も幸せになりたいと思えるようになって欲しいと願いを込めて、自分勝手な手紙を置いてきた。
だから『しあわせやさん』なんて呼ばれるのはおこがましいが……それでも嬉しかった。
あの手紙の返事を、今、もらった気がした。
瑞樹が掴んだ幸せは、小さな男の子の希望にも優しさにもなっている。
すごいな、瑞樹。君は一気に父親にもなっていた。
俺も負けてはいられない。
俺も頑張るよ!
****
「そ、宗吾さん、もう食べ過ぎですよ」
「こっちの豊後牛コロッケも美味しいぞ。瑞樹、あそこの店と食べ比べしてみないか」
観光辻馬車の後は、気ままな町歩きだ。
軽井沢の商店街のように、お土産物やさんやレストラン、売店がずらりと並んでいるので、宗吾さんは先ほどから買い食いばかりしている。
でも……僕も楽しい! 修学旅行の時、こんな光景を羨ましく眺めていたのを思い出す。あの頃の僕は……自分だけ生き残ったのを責めており、僕だけ楽しいことをするのは亡くなった両親や弟に悪いと、そんなことばかり考えていた。
もっと楽しんで良かったのだ。僕の笑顔が家族の供養になることに気付けずにいた。
「お兄ちゃん、パパ、あんなに食べてだいじょうぶかな?」
「うーん。問題だね」
「だよね! きっとあとで、お腹いたいいたいって、おおさわぎしそう」
「ぷっ!」
「おい! 残念ながら俺の胃はすこぶる健康で丈夫だ。ふたりをぺろりとたべちゃう程になぁ」
芽生くんに襲いかかるマネをする宗吾さんの顔ったら……!
「あはは! もう変なことばかり言わないでくださいよ。コロッケも独り占めしないで、僕にも下さい」
「おぅ! ほら」
顔の前の宗吾さんがかじったコロッケを差し出されたので、パクッと食べたら、サクサクの衣に、ほくほくのじゃがいもで、とても美味しかった。
「わぁ、美味しいですね」
「だろ? ほら、もっと食った食った!」
「ボクもほしい!」
こんな風に食べながら歩くなんて、お祭りに来たみたいだ。
「瑞樹、旅はお祭りみたいだな」
「あ、はい」
「特別な時間なんだ。だから特別なことを沢山していいんだぞ」
「はい! そうですね」
本当にそうだ……そうだった。
小さい時、家族で旅行をした。飛行機に乗って南の土地に来た。
どこだったのか、詳しくは覚えていないが、こんな風にお祭りみたいな時間を過ごしたことがある。。
『瑞樹、もう気持ち悪くない?』
『もう大丈夫だよ』
『良かったわ! じゃあご褒美に何か買ってあげる。何がいいかな~ソフトクリーム? それとも、あのお餅はここの名物よ』
『おい、そんな急に瑞樹に食べさせたら、お腹がびっくりするんじゃないか』
『僕、お餅が食べたい』
『いいわよ! 私も買おうっと、あなたは?』
『はは、君が一番食べたそうだな』
『まぁ! ふふ、当たり。瑞樹、おいで』
キラキラな思い出に包まれていると、宗吾さんに手を引かれた。
「瑞樹、ほら、こっちに来いよ。今度はデザートだ!」
「くすっ……もうこうなったら、とことん付き合います!」
「おぅ! 積極的だな。いいことだ」
宗吾さんといると新しい発見ばかりで、僕も一緒に楽しみたくなる。
宗吾さんと芽生くんと過ごすお祭りのような時間は、とても幸せだ。
「お疲れ様。各部屋の忘れ物のチェックはしてくれたか」
「はい! そうだ……これは忘れ物ではないので、一馬さんにお届けしますね」
春斗をまた母に預けてフロントに戻り、清掃スタッフと話していると、意外なものを手渡された。
「菖蒲の部屋の置き手紙ですよ。可愛いですね。あぁ……そういえば小さな坊やが泊まっていましたね」
「……ありがとう」
「こんな風に感謝の言葉を伝えてもらえるのって、嬉しくなりますね」
「あぁ……この仕事をしていて良かったと思う瞬間だよ。こんな可愛いお返事をもらえるなんてな」
手渡された紙には、ニコニコ笑顔の男の子が描かれていた。オレンジ色の洋服は、春斗が大きくなったら着るものだ。
添えられた言葉に泣けてくる。
『よつばをありがとう。しあわせやさんも、しあわせになってね』
しあわせやさんって、俺のことか。
俺を……そんな名前で呼んでくれるのか。
君の大切な瑞樹を、幸せに出来なかった俺なのに?
「カズくん、どうしたの?」
気が付けば、俺に寄り添うように妻が立っていた。
「これを見てくれよ。小さなお客様から、素敵なお礼状をもらったんだ」
「まぁ! なんて優しいの、それにぴったりね、カズくんに」
「俺は……幸せだ。今、幸せだ」
「んふふ。春斗と私がついているから大丈夫! あなたはもっと幸せになるわ」
「君を幸せにしたい」
「わぁ……カズくん、て、照れるわ。さ、さぁ……もう仕事仕事!」
顔を上げると、旅館スタッフが俺と妻の様子を微笑ましく見守ってくれていた。
「この旅館は、主と女将が仲睦まじいですね。暖かい雰囲気で包まれているので、お客様も心から寛げるようですね。お二人が引き継いでから、幸せそうなご家族のリピータ―さんが増えましたよ。頑張って下さい! 若いお二人を応援していますよ!みんな」
古くからいる仲居さんに背中をバンバンと叩かれて、照れ臭くなる。
昔……幸せにしてやりたい人がいた。
しかし彼は幸せになるのをこわがっていた。だからずっとふたりで前にも後ろに進まなかった。ずっと同じ場所であたためてやった。だが……時は流れ、いろいろな事情が重なり、ままならなくなった。だから俺は彼を置いて前に進むことにした。
彼の元から去る時、どうか彼を幸せにしてくれる人が現れ、彼も幸せになりたいと思えるようになって欲しいと願いを込めて、自分勝手な手紙を置いてきた。
だから『しあわせやさん』なんて呼ばれるのはおこがましいが……それでも嬉しかった。
あの手紙の返事を、今、もらった気がした。
瑞樹が掴んだ幸せは、小さな男の子の希望にも優しさにもなっている。
すごいな、瑞樹。君は一気に父親にもなっていた。
俺も負けてはいられない。
俺も頑張るよ!
****
「そ、宗吾さん、もう食べ過ぎですよ」
「こっちの豊後牛コロッケも美味しいぞ。瑞樹、あそこの店と食べ比べしてみないか」
観光辻馬車の後は、気ままな町歩きだ。
軽井沢の商店街のように、お土産物やさんやレストラン、売店がずらりと並んでいるので、宗吾さんは先ほどから買い食いばかりしている。
でも……僕も楽しい! 修学旅行の時、こんな光景を羨ましく眺めていたのを思い出す。あの頃の僕は……自分だけ生き残ったのを責めており、僕だけ楽しいことをするのは亡くなった両親や弟に悪いと、そんなことばかり考えていた。
もっと楽しんで良かったのだ。僕の笑顔が家族の供養になることに気付けずにいた。
「お兄ちゃん、パパ、あんなに食べてだいじょうぶかな?」
「うーん。問題だね」
「だよね! きっとあとで、お腹いたいいたいって、おおさわぎしそう」
「ぷっ!」
「おい! 残念ながら俺の胃はすこぶる健康で丈夫だ。ふたりをぺろりとたべちゃう程になぁ」
芽生くんに襲いかかるマネをする宗吾さんの顔ったら……!
「あはは! もう変なことばかり言わないでくださいよ。コロッケも独り占めしないで、僕にも下さい」
「おぅ! ほら」
顔の前の宗吾さんがかじったコロッケを差し出されたので、パクッと食べたら、サクサクの衣に、ほくほくのじゃがいもで、とても美味しかった。
「わぁ、美味しいですね」
「だろ? ほら、もっと食った食った!」
「ボクもほしい!」
こんな風に食べながら歩くなんて、お祭りに来たみたいだ。
「瑞樹、旅はお祭りみたいだな」
「あ、はい」
「特別な時間なんだ。だから特別なことを沢山していいんだぞ」
「はい! そうですね」
本当にそうだ……そうだった。
小さい時、家族で旅行をした。飛行機に乗って南の土地に来た。
どこだったのか、詳しくは覚えていないが、こんな風にお祭りみたいな時間を過ごしたことがある。。
『瑞樹、もう気持ち悪くない?』
『もう大丈夫だよ』
『良かったわ! じゃあご褒美に何か買ってあげる。何がいいかな~ソフトクリーム? それとも、あのお餅はここの名物よ』
『おい、そんな急に瑞樹に食べさせたら、お腹がびっくりするんじゃないか』
『僕、お餅が食べたい』
『いいわよ! 私も買おうっと、あなたは?』
『はは、君が一番食べたそうだな』
『まぁ! ふふ、当たり。瑞樹、おいで』
キラキラな思い出に包まれていると、宗吾さんに手を引かれた。
「瑞樹、ほら、こっちに来いよ。今度はデザートだ!」
「くすっ……もうこうなったら、とことん付き合います!」
「おぅ! 積極的だな。いいことだ」
宗吾さんといると新しい発見ばかりで、僕も一緒に楽しみたくなる。
宗吾さんと芽生くんと過ごすお祭りのような時間は、とても幸せだ。
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