上 下
681 / 1,701
成就編

幸せな復讐 35

しおりを挟む
「今日の清掃、終わりました」
「お疲れ様。各部屋の忘れ物のチェックはしてくれたか」
「はい! そうだ……これは忘れ物ではないので、一馬さんにお届けしますね」

 春斗をまた母に預けてフロントに戻り、清掃スタッフと話していると、意外なものを手渡された。

「菖蒲の部屋の置き手紙ですよ。可愛いですね。あぁ……そういえば小さな坊やが泊まっていましたね」
「……ありがとう」
「こんな風に感謝の言葉を伝えてもらえるのって、嬉しくなりますね」
「あぁ……この仕事をしていて良かったと思う瞬間だよ。こんな可愛いお返事をもらえるなんてな」

 手渡された紙には、ニコニコ笑顔の男の子が描かれていた。オレンジ色の洋服は、春斗が大きくなったら着るものだ。

 添えられた言葉に泣けてくる。

『よつばをありがとう。しあわせやさんも、しあわせになってね』

 しあわせやさんって、俺のことか。
 俺を……そんな名前で呼んでくれるのか。
 君の大切な瑞樹を、幸せに出来なかった俺なのに?

「カズくん、どうしたの?」

 気が付けば、俺に寄り添うように妻が立っていた。
 
「これを見てくれよ。小さなお客様から、素敵なお礼状をもらったんだ」
「まぁ! なんて優しいの、それにぴったりね、カズくんに」
「俺は……幸せだ。今、幸せだ」
「んふふ。春斗と私がついているから大丈夫! あなたはもっと幸せになるわ」
「君を幸せにしたい」
「わぁ……カズくん、て、照れるわ。さ、さぁ……もう仕事仕事!」

 顔を上げると、旅館スタッフが俺と妻の様子を微笑ましく見守ってくれていた。

「この旅館は、主と女将が仲睦まじいですね。暖かい雰囲気で包まれているので、お客様も心から寛げるようですね。お二人が引き継いでから、幸せそうなご家族のリピータ―さんが増えましたよ。頑張って下さい! 若いお二人を応援していますよ!みんな」
  
  古くからいる仲居さんに背中をバンバンと叩かれて、照れ臭くなる。
 
   昔……幸せにしてやりたい人がいた。

 しかし彼は幸せになるのをこわがっていた。だからずっとふたりで前にも後ろに進まなかった。ずっと同じ場所であたためてやった。だが……時は流れ、いろいろな事情が重なり、ままならなくなった。だから俺は彼を置いて前に進むことにした。

 彼の元から去る時、どうか彼を幸せにしてくれる人が現れ、彼も幸せになりたいと思えるようになって欲しいと願いを込めて、自分勝手な手紙を置いてきた。
 
 だから『しあわせやさん』なんて呼ばれるのはおこがましいが……それでも嬉しかった。

 あの手紙の返事を、今、もらった気がした。

 瑞樹が掴んだ幸せは、小さな男の子の希望にも優しさにもなっている。

 すごいな、瑞樹。君は一気に父親にもなっていた。

 俺も負けてはいられない。

 俺も頑張るよ!

 ****

「そ、宗吾さん、もう食べ過ぎですよ」
「こっちの豊後牛コロッケも美味しいぞ。瑞樹、あそこの店と食べ比べしてみないか」

 観光辻馬車の後は、気ままな町歩きだ。

 軽井沢の商店街のように、お土産物やさんやレストラン、売店がずらりと並んでいるので、宗吾さんは先ほどから買い食いばかりしている。

 でも……僕も楽しい! 修学旅行の時、こんな光景を羨ましく眺めていたのを思い出す。あの頃の僕は……自分だけ生き残ったのを責めており、僕だけ楽しいことをするのは亡くなった両親や弟に悪いと、そんなことばかり考えていた。

 もっと楽しんで良かったのだ。僕の笑顔が家族の供養になることに気付けずにいた。

「お兄ちゃん、パパ、あんなに食べてだいじょうぶかな?」
「うーん。問題だね」
「だよね! きっとあとで、お腹いたいいたいって、おおさわぎしそう」
「ぷっ!」
「おい! 残念ながら俺の胃はすこぶる健康で丈夫だ。ふたりをぺろりとたべちゃう程になぁ」

 芽生くんに襲いかかるマネをする宗吾さんの顔ったら……!

「あはは! もう変なことばかり言わないでくださいよ。コロッケも独り占めしないで、僕にも下さい」
「おぅ! ほら」

 顔の前の宗吾さんがかじったコロッケを差し出されたので、パクッと食べたら、サクサクの衣に、ほくほくのじゃがいもで、とても美味しかった。

「わぁ、美味しいですね」
「だろ? ほら、もっと食った食った!」
「ボクもほしい!」

 こんな風に食べながら歩くなんて、お祭りに来たみたいだ。

「瑞樹、旅はお祭りみたいだな」
「あ、はい」
「特別な時間なんだ。だから特別なことを沢山していいんだぞ」
「はい! そうですね」

 本当にそうだ……そうだった。

 小さい時、家族で旅行をした。飛行機に乗って南の土地に来た。

 どこだったのか、詳しくは覚えていないが、こんな風にお祭りみたいな時間を過ごしたことがある。。

『瑞樹、もう気持ち悪くない?』
『もう大丈夫だよ』
『良かったわ! じゃあご褒美に何か買ってあげる。何がいいかな~ソフトクリーム? それとも、あのお餅はここの名物よ』
『おい、そんな急に瑞樹に食べさせたら、お腹がびっくりするんじゃないか』
『僕、お餅が食べたい』
『いいわよ! 私も買おうっと、あなたは?』
『はは、君が一番食べたそうだな』
『まぁ! ふふ、当たり。瑞樹、おいで』

 キラキラな思い出に包まれていると、宗吾さんに手を引かれた。

「瑞樹、ほら、こっちに来いよ。今度はデザートだ!」
「くすっ……もうこうなったら、とことん付き合います!」
「おぅ! 積極的だな。いいことだ」
 
 宗吾さんといると新しい発見ばかりで、僕も一緒に楽しみたくなる。

 宗吾さんと芽生くんと過ごすお祭りのような時間は、とても幸せだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生皇太子は、虐待され生命力を奪われた聖女を救い溺愛する。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

【完結】身売りした妖精姫は氷血公爵に溺愛される

鈴木かなえ
恋愛
第17回恋愛小説大賞にエントリーしています。 レティシア・マークスは、『妖精姫』と呼ばれる社交界随一の美少女だが、実際は亡くなった前妻の子として家族からは虐げられていて、過去に起きたある出来事により男嫌いになってしまっていた。 社交界デビューしたレティシアは、家族から逃げるために条件にあう男を必死で探していた。 そんな時に目についたのが、女嫌いで有名な『氷血公爵』ことテオドール・エデルマン公爵だった。 レティシアは、自分自身と生まれた時から一緒にいるメイドと護衛を救うため、テオドールに決死の覚悟で取引をもちかける。 R18シーンがある場合、サブタイトルに※がつけてあります。 ムーンライトで公開してあるものを、少しずつ改稿しながら投稿していきます。

【R18】ショタが無表情オートマタに結婚強要逆レイプされてお婿さんになっちゃう話

みやび
恋愛
タイトル通りのエロ小説です。 ほかのエロ小説は「タイトル通りのエロ小説シリーズ」まで

婚約者を追いかけるのはやめました

カレイ
恋愛
 公爵令嬢クレアは婚約者に振り向いて欲しかった。だから頑張って可愛くなれるように努力した。  しかし、きつい縦巻きロール、ゴリゴリに巻いた髪、匂いの強い香水、婚約者に愛されたいがためにやったことは、全て侍女たちが嘘をついてクロアにやらせていることだった。  でも前世の記憶を取り戻した今は違う。髪もメイクもそのままで十分。今さら手のひら返しをしてきた婚約者にももう興味ありません。

王子が何かにつけて絡んできますが、目立ちたく無いので私には構わないでください

Rila
恋愛
■ストーリー■ 幼い頃の記憶が一切なく、自分の名前すら憶えていなかった。 傷だらけで倒れている所を助けてくれたのは平民出身の優しい夫婦だった。 そして名前が無いので『シンリー』と名付けられ、本当の娘の様に育ててくれた。 それから10年後。 魔力を持っていることから魔法学園に通う事になる。魔法学園を無事卒業出来れば良い就職先に就くことが出来るからだ。今まで本当の娘の様に育ててくれた両親に恩返しがしたかった。 そして魔法学園で、どこかで会ったような懐かしい雰囲気を持つルカルドと出会う。 ***補足説明*** R18です。ご注意ください。(R18部分には※/今回は後半までありません) 基本的に前戯~本番に※(軽いスキンシップ・キスには入れてません) 後半の最後にざまぁ要素が少しあります。 主人公が記憶喪失の話です。 主人公の素性は後に明らかになっていきます。

茶番には付き合っていられません

わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。 婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。 これではまるで私の方が邪魔者だ。 苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。 どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。 彼が何をしたいのかさっぱり分からない。 もうこんな茶番に付き合っていられない。 そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。

いらないと言ったのはあなたの方なのに

水谷繭
恋愛
精霊師の名門に生まれたにも関わらず、精霊を操ることが出来ずに冷遇されていたセラフィーナ。 セラフィーナは、生家から救い出して王宮に連れてきてくれた婚約者のエリオット王子に深く感謝していた。 エリオットに尽くすセラフィーナだが、関係は歪つなままで、セラよりも能力の高いアメリアが現れると完全に捨て置かれるようになる。 ある日、エリオットにお前がいるせいでアメリアと婚約できないと言われたセラは、二人のために自分は死んだことにして隣国へ逃げようと思いつく。 しかし、セラがいなくなればいいと言っていたはずのエリオットは、実際にセラが消えると血相を変えて探しに来て……。 ◆表紙画像はGirly drop様からお借りしました🍬 ◇いいね、エールありがとうございます!

【完結】俺が一目惚れをした人は、血の繋がった父親でした。

モカ
BL
俺の倍はある背丈。 陽に照らされて艶めく漆黒の髪。 そして、漆黒の奥で煌めく黄金の瞳。 一目惚れだった。 初めて感じる恋の胸の高鳴りに浮ついた気持ちになったのは一瞬。 「初めまして、テオン。私は、テオドール・インフェアディア。君の父親だ」 その人が告げた事実に、母親が死んだと聞いた時よりも衝撃を受けて、絶望した。

処理中です...