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成就編
雪の果て 4
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並んだ4つの雪だるまを見て、不覚にも泣きそうになった。
「芽生はいい子だな」
流石……兄さんが育てているだけあるよ。こんなオレを……兄さんの家族の一員のように扱ってくれるなんて、泣けてくる。
兄さんが2年近く接して、1年近く一緒に暮らしている芽生は、本当に優しくて思いやるのある可愛い子だ。
顔はこの先……ますます宗吾さんに似ていきそうだが、心は繊細に……きっと性格が兄さんに似ていくのだろう。兄さんにとって憩いの存在になるだろう。
雄大な景色に向かって……前を向く雪だるまの背は、頼もしかった。
前を見て一歩一歩丁寧に歩んでいく人は、皆、逞しさを持っている。
それにしても……兄さんが、この旅行で何度も「ジューン」と呼んでくれるのが擽ったい。それは幼少時の呼び名だ。最初……兄さんと仲良かった頃、よくそう呼んでもらったのを思い出す。
幼い頃……雪の草原で駆けっこをしてもらった。兄さんの走り方はとても綺麗で……しかも背中には真っ白な羽が生えているように見えて、そのまま大空に羽ばたいてしまいそうで……怖くなって、必死に呼んだ。
『まって! まって! いかないでー』
『ジューン。ごめんね? 早かった?』
『……バカ! バカ! バカ‼ (飛んでいくなよ)(置いていくなよ)』
『えっ……』
兄さんは困った顔をして、ひたすら俺に謝り続けた。
『本当にごめんね。ごめん……どうか許して、嫌わないで……』
本当は引き留めたかったのだ。ひとりで逝かないで……と。
「潤。どうした?」
「兄さん、ごめんな。昔……」
「ん?」
「あの頃のオレ……兄さんに怒ってばかりだったよな」
「どうした? ジューン、別に気にしていないよ」
兄さんは、優しいから知らないふりをしてくれる。
「あの頃……兄さんがどこかにひとりで消えそうで、逝ってしまいそうで、怖かった」
今更だが……今だから、しっかり伝えたかった。真実を――
「そうか……そうだったのか。ごめんな……心配かけて」
「もう謝るな!もう……」
「うん。僕はもうどこにも行かないよ。いつもいる。何でも相談に乗るから、少しは頼って欲しい」
「あ……あぁ」
驚いた。瑞樹が自分を頼って欲しいと言ってくれるなんて、嬉しかった。
「ありがとう。潤」
「オレの方こそ、ありがとう」
瑞樹が手を差し出してくれたので、ギュッと握手した。
「もう大丈夫だね……僕たち」
「あぁ、もう大丈夫だ。兄さん……そうだ、帰りはどうする? 白馬からローカル電車で雪の中を走って松本に出て、そこから特急で新宿に戻るか。その方が芽生くんが喜びそうだが」
さみしいが、そろそろ帰り道の相談だ。そろそろお別れの時間だ。
「……白馬からか」
「駅はここから近いから、送るよ」
「うーん。ちょっと待ってくれる?」
「?」
瑞樹は芽生くんの目線まで屈んで、話し掛けた。
「芽生くん、あのね……雪の中の電車は楽しそうだけど、今度でもいいかな。僕ね……潤とギリギリまで一緒にいたくなってしまって……軽井沢まで一緒に戻りたいんだ」
「うん! いいよ! 雪の電車は今度の楽しみにするね。たのしみって、一度でぜんぶかなったら……おもしろくないもんね。いつもおばあちゃんが言ってるよ」
「ありがとう! 宗吾さんも……いいですか」
「もちろんだよ。賛成だ。雪は充分堪能したし、もう一度軽井沢に戻って、そこから再出発だな。瑞樹!」
「はい! きっと違う風景が見えそうです」
耳を疑った。兄さん、今なんて言った? オレとギリギリまで一緒にいたいって?
「ジューン、そういう訳だから、軽井沢から新幹線で帰るよ。僕たちをを送ってもらえるか。潤も一緒に帰ろう」
「一緒に……帰る?」
「軽井沢までだけど、どうかな?」
「喜んで!」
帰りの道は、行きより更に気合いを入れて運転した。
兄さんは助手席に座り、時々優しく話し掛けてくれた。
優しい兄を持った。
思いやり深く……オレに潤いを与えてくれる兄を。
そう、しみじみと思った。
「楽しい3日間だったね。帰るのが寂しいよ」
「兄さんの笑顔……何度も何度も見られて嬉しかった」
「うん……僕、心の底から、笑ったよ。なんだか目が覚めたように、一段と景色がクリアになったよ」
「あぁ、オレも」
「潤……楽しい旅行をありがとう」
瑞樹の横顔を盗み見すると、澄んだ眼差しで微笑んでいた。
満足してもらえた。
喜んでもらいたくて努力したことが、全部報われた。
欠けてしまった関係を修復するのは、大変なことだ。だが心から詫びて、もしも相手が窓を開いてくれたら……今度こそ大切にして、もう二度と裏切らず、信頼を回復できるように……こつこつと真面目にやっていこう。
相手が受け入れてくれたのなら……今度こそ道を間違わない。
****
雪道を弟の運転でひた走った。
運転は代わらず、潤に全部、任せた。
軽井沢へ戻る僕の心は、どこまでも凪いでいて、あの別荘近くも堂々と通り過ぎることが出来た。
僕は何も悪いことはしていない。だからいつまでもあの事件に追い詰められなくていい。
軽井沢は、僕にとって……大切な弟が働く土地であって、優也さんたちの故郷だ。
それ以外の何物でもない。
「兄さん、また来てくれよ」
「うん! また来るよ」
「宗吾さん、ありがとうございました。オレの我が儘に付き合ってくださって」
「潤、いい男になったな。負けていられないよ」
「芽生、次に会うときは小学生だな」
「ジュンくん、いっぱいあそんでくれてありがとう!」
別れはさみしいが、『再会のための一歩』だと、愛読書に書いてあった。本当にその通りだと思う。
「またな!」
「またね」
明日また会えるような、気軽な挨拶で新幹線の改札を潜り抜けた。
あの日、函館の母に連れられて乗った新幹線は、周りを遮断し……母に迷惑かけないように自分を保つので必死だったが、今は違う。
最後に振り返って、ぐるりと辺りを見渡した。
目に焼き付けておこう。
これが僕が思い出すべき……軽井沢の姿だ。
「ジューン、またね!」
「兄さんー!」
ジュンが大きく手を振る様子が、幼い子供みたいで可愛かった。
東京に戻ると、冬は間もなく終わりを告げるだろう。
いよいよ、雪の果て―― が見えてくる。
3月になれば、春の兆し、春の足音。
やがて蕾が膨らんで……春の訪れを告げてくれる。
『幸せな復讐』への旅が、やってくる。
『雪の果て』了
あとがき(不要な方はスルーです)
****
改めまして、本日で冬のスキー旅行編は終了です。
1ヶ月以上に渡り一緒に楽しんで下さってありがとうございました♡
物語は、いよいよ最終章『幸せな復讐』間近です。
ただちょっと息を整えたいので……少し余談的な話を入れてからにします。
「芽生はいい子だな」
流石……兄さんが育てているだけあるよ。こんなオレを……兄さんの家族の一員のように扱ってくれるなんて、泣けてくる。
兄さんが2年近く接して、1年近く一緒に暮らしている芽生は、本当に優しくて思いやるのある可愛い子だ。
顔はこの先……ますます宗吾さんに似ていきそうだが、心は繊細に……きっと性格が兄さんに似ていくのだろう。兄さんにとって憩いの存在になるだろう。
雄大な景色に向かって……前を向く雪だるまの背は、頼もしかった。
前を見て一歩一歩丁寧に歩んでいく人は、皆、逞しさを持っている。
それにしても……兄さんが、この旅行で何度も「ジューン」と呼んでくれるのが擽ったい。それは幼少時の呼び名だ。最初……兄さんと仲良かった頃、よくそう呼んでもらったのを思い出す。
幼い頃……雪の草原で駆けっこをしてもらった。兄さんの走り方はとても綺麗で……しかも背中には真っ白な羽が生えているように見えて、そのまま大空に羽ばたいてしまいそうで……怖くなって、必死に呼んだ。
『まって! まって! いかないでー』
『ジューン。ごめんね? 早かった?』
『……バカ! バカ! バカ‼ (飛んでいくなよ)(置いていくなよ)』
『えっ……』
兄さんは困った顔をして、ひたすら俺に謝り続けた。
『本当にごめんね。ごめん……どうか許して、嫌わないで……』
本当は引き留めたかったのだ。ひとりで逝かないで……と。
「潤。どうした?」
「兄さん、ごめんな。昔……」
「ん?」
「あの頃のオレ……兄さんに怒ってばかりだったよな」
「どうした? ジューン、別に気にしていないよ」
兄さんは、優しいから知らないふりをしてくれる。
「あの頃……兄さんがどこかにひとりで消えそうで、逝ってしまいそうで、怖かった」
今更だが……今だから、しっかり伝えたかった。真実を――
「そうか……そうだったのか。ごめんな……心配かけて」
「もう謝るな!もう……」
「うん。僕はもうどこにも行かないよ。いつもいる。何でも相談に乗るから、少しは頼って欲しい」
「あ……あぁ」
驚いた。瑞樹が自分を頼って欲しいと言ってくれるなんて、嬉しかった。
「ありがとう。潤」
「オレの方こそ、ありがとう」
瑞樹が手を差し出してくれたので、ギュッと握手した。
「もう大丈夫だね……僕たち」
「あぁ、もう大丈夫だ。兄さん……そうだ、帰りはどうする? 白馬からローカル電車で雪の中を走って松本に出て、そこから特急で新宿に戻るか。その方が芽生くんが喜びそうだが」
さみしいが、そろそろ帰り道の相談だ。そろそろお別れの時間だ。
「……白馬からか」
「駅はここから近いから、送るよ」
「うーん。ちょっと待ってくれる?」
「?」
瑞樹は芽生くんの目線まで屈んで、話し掛けた。
「芽生くん、あのね……雪の中の電車は楽しそうだけど、今度でもいいかな。僕ね……潤とギリギリまで一緒にいたくなってしまって……軽井沢まで一緒に戻りたいんだ」
「うん! いいよ! 雪の電車は今度の楽しみにするね。たのしみって、一度でぜんぶかなったら……おもしろくないもんね。いつもおばあちゃんが言ってるよ」
「ありがとう! 宗吾さんも……いいですか」
「もちろんだよ。賛成だ。雪は充分堪能したし、もう一度軽井沢に戻って、そこから再出発だな。瑞樹!」
「はい! きっと違う風景が見えそうです」
耳を疑った。兄さん、今なんて言った? オレとギリギリまで一緒にいたいって?
「ジューン、そういう訳だから、軽井沢から新幹線で帰るよ。僕たちをを送ってもらえるか。潤も一緒に帰ろう」
「一緒に……帰る?」
「軽井沢までだけど、どうかな?」
「喜んで!」
帰りの道は、行きより更に気合いを入れて運転した。
兄さんは助手席に座り、時々優しく話し掛けてくれた。
優しい兄を持った。
思いやり深く……オレに潤いを与えてくれる兄を。
そう、しみじみと思った。
「楽しい3日間だったね。帰るのが寂しいよ」
「兄さんの笑顔……何度も何度も見られて嬉しかった」
「うん……僕、心の底から、笑ったよ。なんだか目が覚めたように、一段と景色がクリアになったよ」
「あぁ、オレも」
「潤……楽しい旅行をありがとう」
瑞樹の横顔を盗み見すると、澄んだ眼差しで微笑んでいた。
満足してもらえた。
喜んでもらいたくて努力したことが、全部報われた。
欠けてしまった関係を修復するのは、大変なことだ。だが心から詫びて、もしも相手が窓を開いてくれたら……今度こそ大切にして、もう二度と裏切らず、信頼を回復できるように……こつこつと真面目にやっていこう。
相手が受け入れてくれたのなら……今度こそ道を間違わない。
****
雪道を弟の運転でひた走った。
運転は代わらず、潤に全部、任せた。
軽井沢へ戻る僕の心は、どこまでも凪いでいて、あの別荘近くも堂々と通り過ぎることが出来た。
僕は何も悪いことはしていない。だからいつまでもあの事件に追い詰められなくていい。
軽井沢は、僕にとって……大切な弟が働く土地であって、優也さんたちの故郷だ。
それ以外の何物でもない。
「兄さん、また来てくれよ」
「うん! また来るよ」
「宗吾さん、ありがとうございました。オレの我が儘に付き合ってくださって」
「潤、いい男になったな。負けていられないよ」
「芽生、次に会うときは小学生だな」
「ジュンくん、いっぱいあそんでくれてありがとう!」
別れはさみしいが、『再会のための一歩』だと、愛読書に書いてあった。本当にその通りだと思う。
「またな!」
「またね」
明日また会えるような、気軽な挨拶で新幹線の改札を潜り抜けた。
あの日、函館の母に連れられて乗った新幹線は、周りを遮断し……母に迷惑かけないように自分を保つので必死だったが、今は違う。
最後に振り返って、ぐるりと辺りを見渡した。
目に焼き付けておこう。
これが僕が思い出すべき……軽井沢の姿だ。
「ジューン、またね!」
「兄さんー!」
ジュンが大きく手を振る様子が、幼い子供みたいで可愛かった。
東京に戻ると、冬は間もなく終わりを告げるだろう。
いよいよ、雪の果て―― が見えてくる。
3月になれば、春の兆し、春の足音。
やがて蕾が膨らんで……春の訪れを告げてくれる。
『幸せな復讐』への旅が、やってくる。
『雪の果て』了
あとがき(不要な方はスルーです)
****
改めまして、本日で冬のスキー旅行編は終了です。
1ヶ月以上に渡り一緒に楽しんで下さってありがとうございました♡
物語は、いよいよ最終章『幸せな復讐』間近です。
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