上 下
612 / 1,727
成就編

白銀の世界に羽ばたこう 22

しおりを挟む
「パパー、じょうずになった?」
「おう! 滑るから見てくれ」

 潤に手を引かれた芽生くんがやってきたので、宗吾さんがマスターしたばかりのボーゲンを披露した。転びまくったおかげか、すっかり上達していた。

 うん! 腰も引けていないし、何より怖がらず前を見ているので、良い姿勢だ!

「へぇ、兄さんの指導が上手かったようで、なかなか様になっているな」
「パパ。すごい! 板にのってすべってる!」

 最後の止まるところが大変そうだったが、なんとか踏ん張った。

(カッコイイです、宗吾さん。さっきまで全く滑れなかったのに……僕はやっぱり何度でも恋をします)

 心の中で、そっと告白した。

「いいなぁ……ボク、スキーも、やってみたいな。お兄ちゃん……ねぇねぇ、ボクにはむずかしいのかなぁ」

 芽生くんが小首を傾げて聞いてくる。そうか……僕が芽生くん位の時はもうスキー板を履いて滑っていたから、今日は良い機会かも。ちらっと潤を見ると、僕の気持ちを汲んだようで、力強く頷いてくれた。

「やっぱ、そうくると思ったぜ! オレに任せろ。実はスキー板も靴も先輩のお子さんのを借りてある。芽生がやりたいと言い出すか分からなかったから車に置いて来たんだ。すぐに取ってくるよ」
「あ、まって。ジュンくん」
「どうした? やっぱり怖いのか。やめとくか」

 芽生くんが俯いて、もじもじしている。だから僕が背中を撫でて言葉を促してあげる。言いたいことは、ちゃんと言って欲しいから。

「どうしたの?」
「ううん、そうじゃなくて……。おなか……すいちゃったぁ」

 芽生くんが恥ずかしそうにお腹を手でさすった。あ、そうか。宗吾さんに教えるのに夢中だったので忘れていたが、もうお昼過ぎだ。あれから2時間も集中していたのか。
 
「そうか昼飯抜きだったな!」
「くすっ本当だね」
「よーし、じゃあ皆でレストハウスに行こう」
「わぁ~!」
「よかった。俺も流石に休憩したかった」

 転びまくってヨロヨロの宗吾さんが、腰に手をあてて笑っていた。

  レストハウスでは、好きなものを食べた。宗吾さんは潤の勧めで『山賊タルタル丼』というものを選んだ。下味をつけた鶏もも一枚肉を揚げた郷土料理で、タルタルソースがたっぷりかかっていて美味しそうだ。

「ボク、ラーメンがいいなぁ」
「そうだね」


 僕と芽生くんは身体が冷えたので、熱々のラーメンにした。

 僕が子供用の器に、芽生くんの分を取り分けてあげて、少しふぅふぅと冷ましてあげる。器を渡すと、芽生くんはパクパク食べて、すぐに「おかわり~」の繰り返しだ。午前中は、雪だるま作りにソリと大忙しだったからだね。午後も遊ぶために、沢山食べて欲しいな。

「瑞樹もちゃんと食べろよ。次は俺がよそうから」
「はい」

 宗吾さんも積極的に芽生くんのお世話に関わってくれるので、僕も熱々のラーメンを食べられた。スキー場で食べるラーメンの塩っ気は、とても美味しかった。

 気が付くと、潤が携帯で誰かと話していた。

「分かりました。俺たちもちょうどレストハウスで休憩中です。ぜひ挨拶を」

 挨拶って……誰か知り合いがいるのかな?

「兄さん、ちょうどオレが正月に泊めてもらった北野さんが来ているんだ。兄さんを紹介しても?」
「もちろんだよ」
「実はこのスキー場も、今日泊まる場所も、全部北野さんがアドバイスしてくれたんだ」
「そうだったのか。車から降りたらすぐに芽生くんが遊べるキッズ公園があって良かったよ。雪質も最高だし、午後は潤とリフトに乗って上に行きたいんだけど、どうかな?」
「い、いいのか。じゃあ北野さんに俺たち向きのコースを聞こう」

 潤……すごく嬉しそうだ。

 潤から事前に聞いていた北野英司さんは、空間プロデュースの会社の経営者兼デザイナーだ。自らいろいろなイベントを手がける日本でも有数な人材で、僕も名前だけは知っていた。

「こっちです! 北野さん」
「おう! 潤」
「北野さん、白馬にオレの兄を連れて来ましたよ!」
「おぉー君が潤の自慢のお兄さんか」

 そんな風に僕のことを? 潤……ありがとう。
 
「はい、葉山瑞樹と申します」

 北野さんは、まっすぐ僕の方へ、迷わずに来てくれた。

「潤が言っていた通りだな。本当に白馬の王子様キャラだ」
「えっ、白馬の王子って……」

 潤がそんなロマンチックな言葉を使うなんて、びっくりした。

「北野さーん、それは秘密にしておいて下さいよ。いやぁ、参ったなぁ」

 照れくさそうにそっぽを向く潤。僕が白馬の王子様キャラという自覚はないが、函館で暮らしていた頃にはない紹介の仕方で、嬉しくなった。

 潤が中学生の頃は、反抗期思春期も伴って、一番荒れていた。でも家の手伝いを一緒にしないといけなくて……店が忙しい時は、日用品を買いに行くおつかいをよく頼まれた。

……
『おーい、潤、誰と歩いてんだ?』
『こいつ? あぁ……居候だよ』
 
  スーパーで、見知らぬ潤の友達に説明される時に『居候』と言われて、あぁそうか、そうだよね。僕の立場は……この家ではやっぱり居候なのだ。そう言われても無理はないと、一人で勝手に納得してしまった。

『なんだよ? 瑞樹、何か文句あるのか』
『いや、その通りだなって』
『なっ……、瑞樹は……ふんっ、いつまでも、そうやってろよ!』
……
 
 馴染めなかったのは僕で、馴染まなかったのも僕だ。
 潤に当時嫌われても仕方のないことばかりしていたと、今更ながら思うよ。

「で、こちらは?」
「あ……僕の大切なご家族です」

 少しだけずるい言い方だが、僕なりの真実だ。北野さんはさして気にすることもなく、芽生くんに視線を移した。

「そうなんだね。賢そうな子だね。何歳かな?」
「6歳です!」
「じゃあ、うちの息子たちと、夜は一緒に遊べそうだね」
「え?」

 どういう意味かな? 潤の説明を待った。

「実はさ、俺たちが今日泊まるログハウスと、北野さんの家は、目と鼻の先なんだ。だから夕食はお世話になろうと思って」
「あぁ大勢はいいぞ。コトコト煮込んだポトフに、かみさんが焼いたピザに、焼き林檎もあるしな」
「わぁぁ! おいしそう」
「じゃあ、潤、夜に待ってるぞ。俺は今から久しぶりに帰国した友人に会うんだ」
「そうなんですね」
「あぁ、家に泊まるから、夜に紹介するよ」

 北野さんが去った後、宗吾さんが首を傾げていた。

「どうしました?」
「いや……まさかな」
「お知り合いですか」
「うーん、分からん。取りあえず夜になったら分かるだろう。さぁ時間が勿体ない。芽生にスキーを教えにいくか」
「そうですね」

 ****

「あのね、ボク……おにいちゃんのすべっているところを見たいな」

 潤が持って来てくれたスキーシューズを履かせようとしたら、芽生くんが足をひっこめてしまった。あれ? 昼食後はまずスキーを教えようと思ったのに……どうしたのかな?

「いいの?」
「あのね、朝からずーっとおにいちゃん、みんなの先生をしているから、おやすみタイムだよ」
「そんな……」

 幼い芽生くんの、大人びた気遣いにびっくりした。

「ようちえんの先生ね、いつも……いそがしそうなんだ。ひとやすみしてほしくって。おとなの人だって、たのしんでいいんだよね?」
「参ったな、芽生は……確かにそうだ。瑞樹、一度潤と滑って来いよ。君の時間を味わって来い」

 そう言いながら、トンっと僕の背中を押してくれた。

 宗吾さんも芽生くんも……いつも、こんな風に僕をスッと自由にしてくれる。それがとても嬉しい。1つのところに集まっても、窮屈じゃない。

「ありがとうございます。じゃあ……お言葉に甘えても?」
「あぁもちろんさ。行ってこい! 羽ばたいてこい!」
「分かりました。潤っ……行こう!」

 白銀の世界に、羽ばたきに行こう!

 僕と――

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

婚約者の浮気相手が子を授かったので

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。 ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。 アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。 ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。 自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。 しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。 彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。 ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。 まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。 ※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。 ※完結しました

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

処理中です...