上 下
459 / 1,727
成就編

心の秋映え 30

しおりを挟む
 俺たちは朝食前に朝風呂に入った。大浴場の湯船は広々として気持ち良かった。 

「おにいちゃん~さっきはごめんね。ボク……ねぞうわるくて、おもたかったでしょう?」
「そんなの、大丈夫だよ」
「……でもね」
「何かな」

 瑞樹が小首を可愛らしく傾けて、モジモジしている芽生に問いかけた。
 
「あ、あのね。おにいちゃんの胸から、とっても甘くておいしそうな濃いミルクの匂いがしたんだよ! ふしぎだよね~」

 流石我が息子よ……将来は俺以上の大物になりそうだ。

「え! えぇ……っと」
「ほら、あのにおいだよ。うーんと、イチゴを食べる時にかける、白くてとろりとしたの。お名前なんだったかな」

 思いっきり図星を指された瑞樹は、そのまま固まって絶句してしまった。

 これはヤバイな。あとで殺されるかも……!

「ねーねぇ、お兄ちゃんってば、はやくおしえてよ」
「え、えっと……それって……もしかて、れ……練乳かな」
「そう、それ! でもどうしてだろうね。お兄ちゃんからはいつもキレイなお花のかおりがするのに。あとね、お胸がちょっとベトベトしていたよー」

 瑞樹はいよいよ真っ赤になり、肩をプルプルと震わせた。

 俺……ここから逃げた方がいいかも!?

「そ、宗吾さん!! ちゃんと洗ってくれたんですかー!!!」

 彼の声が浴室内に響き渡り、周りの人がポカンとした表情で一斉にこっちを見た。

「あっ……あぁもうっ──」

 瑞樹は茹で蛸みたいに真っ赤になって、湯船に沈んで行きそうだった。

 す、すまんな。どうやって取り繕ろう?

「まぁそれはだな……コホン──『残り香』に近いんだよ。芽生」
「『ノコリガ』? むずかしいことばだね」
「も、……もうっ知りません」

 瑞樹は腰に白タオルをしっかり巻いて、一足先に上がってしまった。

「あれ、おにいちゃん?」
「瑞樹……もしかして怒っているかな」
「うーんと、おにーちゃんは、きっとあきれているんだよ。 おばあちゃんが聞いたら、パパしかられちゃうね……元気だしてね」
 
 ううう、息子に励まされてしまった。

****

 朝食会場はビッフェ形式で、昨夜の夕食同様に美味しそうなものがずらりと並んでいた。

「わぁぁー!」

 芽生は目を大きく見開いてキョロキョロと辺りを見渡している。幼い芽生にとって華やかなビッフェ会場は、宝探しのような気分だろうな。

「瑞樹も芽生も沢山食べろよ。たまには人間欲張りにならないとな!」
「はーい!」
「はい」

 こういう普段と違う朝食も、やっぱり旅の醍醐味だ。瑞樹のような遠慮しがちな人間にも、時には貪欲になる時間が必要だ。

「あっ芽生くん、ここでは駆けっては駄目だよ。一緒に回ろうね」
「うん!」

 瑞樹は気を取り直したらしく平常に戻っていた。

「瑞樹、さっきはごめんな」
「宗吾さん? 神妙な顔ですね」
「……反省している」
「くすっ、もういいですよ。でも後で僕に何をしたか、白状してもらいますよ」
「うーそれは夜になったら再現するよ」
「もうっ! 宗吾さんは懲りませんね。さぁ朝ごはん食べましょう。あっ牛乳が小瓶で可愛いですね。これなら何本も飲めそうです」
「瑞樹はそんなに牛乳が好きだったんだな」
「北海道生まれの北海道育ちですからね、牧場も近かったので」

 瑞樹は不機嫌を長引かせない。俺も彼のそんな所を見習いたい。

「瑞樹は、気持ちの切り替えが早い方だよな」
「そうでしょうか」

「嫌なことがあると、人は気持ちが落ち込んで、なかなか上手く切り替えられないだろう。でも君はまるで気持ちを切り替えるスイッチでも持っているかのようにサッと切り替えられるから、すごいよ」

「僕も……昔は違いましたよ。いつまでも落ち込んでいました。気持ちの切り替えも遅く、過去の失敗や挫折に長年とらわれていました。でも今の僕は……積極的に早く気持ちを切り替えようと心掛けています」
 
「そうか……」

 確かに以前の瑞樹は、もっと苦悩を抱えていた。

 だが俺と知り合ったこの1年で、彼は様々な困難や悩みに真摯に向き合い、丁寧に解決してきた。それによって自信がついたのだ。

「僕には宗吾さんと芽生くんと過ごす時間が何よりも大切なんです。だから今から考えたり悩んだりしても変わらない過去の失敗や傷については、もうこれ以上考えるのはやめて、今の自分が何をすべきか、何をしたいのかという未来志向で前向きな気持ちを持ちたくて」

「いい考えだな。これからも思いっきり泣いたり笑ったりするといい。そんな君を見守りたいから」

 この1年、そしてこれからの1年。全く違う景色が見えるだろう。

「はい!宗吾さんと一緒に笑いたいです。あの……僕だって人間ですから、時には怒ったり拗ねたりしますが、あくまでも一時的なものですから安心して下さいね」

「ということは、さっきはやっぱり怒ったんだな」

「くすっその話はもういいですよ。綺麗にしてもらったんだし……でも最後にまたアレを塗りましたね?」

「す、すまん。そのつぶらな……誘惑が」

「やっぱり! 明日からはもう駄目ですよ。でも僕も昨日は楽しかったです。あんな大胆なことするのも……旅の思い出ですね」

「そうそう! やっぱり君は前向きだな」


 結局……全部バレていたのか。

 でも瑞樹の気持ちが常に前向きになっていると、彼の口から直接聞けたのが嬉しかった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

婚約者の浮気相手が子を授かったので

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。 ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。 アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。 ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。 自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。 しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。 彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。 ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。 まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。 ※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。 ※完結しました

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

処理中です...