上 下
452 / 1,727
成就編

心の秋映え 23

しおりを挟む

昨日……同じお話【心の秋映え21】を2度掲載してしまいました。
前のページは【心の秋映え22】に差し替えております。
ご迷惑おかけしました。

****



「寒くなってきたな。そろそろ宿に行こう」

 高台から花畑を見下ろしていると、宗吾さんがさりげなく僕の横に立ち、風を遮ってくれた。

 冷たい北風は宗吾さんの温もりに変わった。

 この人の、こういうさり気ない優しさがいいな。

「そうですね。あの、今日はどんな所に泊まるのですか」
「それは着いてからのお楽しみだ」

 それに彼は旅のエキスパートだ。

 旅慣れているだけあって時間の使い方も上手で、何よりも僕と芽生くんが喜ぶ事を常に考えてくれる。

「さぁ着いたぞ、どうだ?」

 宗吾さんが用意してくれたのは富良野を代表する大型リゾートホテルで、ずっと憧れていた所だったので、気分が一気に高揚した。

「あっ! ずっと泊まってみたかったホテルです」
「良かったよ。君のために景色も楽しめる高層階を予約してあるよ」
「えっ」

 あまりにスマートな手際良さ……うーん、これは少し悔しくなる程だ。

「宗吾さんって、相手を喜ばせるのに慣れていますよね」

 しまった! これじゃ嫌味だとすぐに後悔したが、宗吾さんは気を悪くするのではなく、むしろ喜んでくれた。

「よし! やった! 瑞樹がまた妬いてくれた」
「……宗吾さんは、いつも前向きですね」
「ん? 俺は君のいろんな表情を見たくて必死なのさ。夜も迫っているしご機嫌にもなるさ」
「も、もうっ、それは余計です」

 今宵は……

 夜を期待されているんだ。

 何だか照れ臭い。でも嬉しくて気持ちが軽やかに弾む。

 僕という人間を丸ごと、表も裏も求められる喜びを感じていた。

 
****

「わー!」
「わぁ!」

 大きな窓からは雄大な勝岳連峰・富良野盆地を一望でき、芽生くんと僕は窓に張り付いて歓声をあげてしまった。

「いい景色だろう?」
「はい! とても……あっ、あそこにオレンジ色の花畑が見えますね」
「あぁ幸せ色だな」
「嬉しいです」

 荷物を整理していると、また宗吾さんが楽しそうな提案をしてくれた。

「瑞樹、土産物を買いに行かないか」
「いいですね!」

 函館を出発する時にお母さんから小遣いをもらったのを思い出した。

 何か買ってみようかな。

 僕のために、僕のものを。

 ホテルに付随したショッピングエリアはまるで妖精の村のようで、可愛い三角屋根の小さなログハウスが連なっていた。

「おにいちゃん、ここって『おとぎのくに』みたいだね」
「本当にそうだね。芽生くんに何か買ってあげたいな」
「ありがとう! おにいちゃんもなにかかう?」
「うん、僕もお母さんからお小遣いをもらったからね」

 お小遣いで自由に買い物をするなんて初めてだ。そしてこんなほんわかとした会話も初めてで、ワクワクしてきた。

 そこには、紙や粘土作品、切株や自然がテーマのキャンドル作品が並ぶ店、花をテーマにした店などが軒を連ねていた。

 僕の足は自然に花や植物をモチーフにした雑貨を扱うログハウスに向いていた。

 芽生くんもトコトコと僕の後をついてきてくれ、宗吾さんは更にもう一歩後ろから、僕たちの行動を温かい眼差しで見守ってくれていた。とても心地よい視線だ。

「わぁ……」

 北海道らしいラベンダーを扱った雑貨が多く紫色で統一された店内に、ひとつだけグリーンのグッズを見つけた。

「あ、これってハーバリウムですね」
「へぇなんだか『植物標本』みたいだな。おっと雑な感想でごめん」
「いえ、それで合っていますよ。本来は研究のために植物の状態を長期保存する方法として生まれたものですから」

 ハーバリウムはプリザーブドフラワーやドライフラワーを硝子の小瓶に入れて保存用オイルに浸して作るインテリアフラワーで、花本来の瑞々しさを長期間保つことが出来るし手入れが一切不要なので、最近流行していて、僕も仕事で作る機会が増えていた。

「それ、気に入ったのか」
「はい、あのこれにしようかな。これを……僕の小遣いで買ってみようかと」
「あぁ、いいね!」

 一つだけ置かれたグリーン系のボトル。

 気になって手に取ると、なんと四つ葉のクローバーが入っていた。


『幸せな四つ葉』は、僕のラッキーアイテムだ。

 僕と宗吾さんが出会った日の大切な思い出……

 あの日の四つ葉はすぐに枯れてしまったが、心の中ではいつもこのガラス瓶の中のように瑞々しいままだ。

「これは、まるで僕の心を映しているようです」

 大切に握りしめ、レジに向かった。

 思い出は記憶の中に存在するものだが、こんな風に形にしてみるのも時にはいい。

 お母さんからもらった小遣いは、いつまでも握りしめていたかったが、大切なアイテムと引き換えることにした。

 大切なものを、大切なものへ―― 

 受け渡していく。





 


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

婚約者の浮気相手が子を授かったので

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。 ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。 アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。 ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。 自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。 しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。 彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。 ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。 まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。 ※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。 ※完結しました

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。

天織 みお
恋愛
「おめでとうございます。奥様はご懐妊されています」 目が覚めたらいきなり知らない老人に言われた私。どうやら私、妊娠していたらしい。 「だが!彼女と子供が出来るような心当たりは一度しかないんだぞ!!」 そして、子供を作ったイケメン王太子様との仲はあまり良くないようで――? そこに私の元婚約者らしい隣国の王太子様とそのお妃様まで新婚旅行でやって来た! っていうか、私ただの女子高生なんですけど、いつの間に結婚していたの?!ファーストキスすらまだなんだけど!! っていうか、ここどこ?! ※完結まで毎日2話更新予定でしたが、3話に変更しました ※他サイトにも掲載中

処理中です...