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発展編

紫陽花の咲く道 12

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「パパ、つぎはどこにいくの?」
「芽生が喜ぶところだ」
「あーわかったぁ! おいしいものたべにいくんでしょう?」
「そうだよ」
「やったー、おにいちゃんもおなかペコペコ?」
「うん、そうだね」

 昼食を取るために、あじさい寺から移動した。

「ここだ」

 目指す店は、すぐに見つかった。

『月下庵茶屋』 鎌倉らしい古風な外観の甘味処だ。

「わぁ素敵な名前ですね」
「ここは甘味処だが『焼きうどん』が美味しいらしい」
「いいですね。宗吾さんはいろいろ知っていて、すごいです」
「まぁな」

 実は事前に、月影寺の流《りゅう》という強力な助っ人に、観光の相談をしていた。俺は君の前では、どこまでもスマートな男でありたいからな。

 店の端の4人掛けの席に座り、3人で熱々の焼きうどんを頬張った。

「おにいちゃんーみてみて! かつおぶしさんがおどっているよ、あついあついって」

 芽生が焼うどんにたっぷりかかった鰹節を見て、はしゃいでいる。子供らしい発想だが、どう反応したらいいのか分からない。

「くすっ、僕も小さい頃、同じこと思っていたよ。芽生くん、熱いからふーふーしてから食べてね」

 するとすぐに瑞樹が優しく話しかけてくれた。こんな風に彼はいつも俺が出来ない部分をさっと補ってくれる。

「うん、わかった。おにいちゃんも手伝って」
「うん」
「せーの、ふぅー」
「芽生くんってばそれじゃお誕生日ケーキみたいだよ」
「あっまちがえた、てへへ」
「くすくすっ」

 芽生と瑞樹の会話は、いつも甘くて可愛くて和やかで、本当に癒やされる。仕事のストレスが吹き飛ぶよ。

 ふと視線をずらすと、窓際に学生服姿の男子が二人見えた。
 
 一人は俺に背を向けているので顔が見えないが、華奢な感じの可愛い少年だ。

 へぇ髪の色が明るい茶色でふわっとしている所が瑞樹と似ているな。夏服の白シャツが少し大きいようで、躰が中で泳いでいるのもいいな(って俺、何を見てる? これじゃ怪しいオヤジだぞ)

 瑞樹もあんなだったのか……

 ついいつもの癖で、中学生時代の瑞樹に想い巡らせてしまった。

 もう一人は、純朴そうな顔つきの、がっしりした体格の男の子だ。俺の方を向いているので顔がよく見る。ちらちらと真正面に座る男の子を見ては頬を赤らめ、照れくさそうに笑っている。おー何だか初々しいな。しかも白玉クリームあんみつなんかを、男子二人で食べちゃって。

「宗吾さん? さっきから何をニヤニヤしているんですか」

 焼きうどんを食べ終えた瑞樹が、不思議そうに聞いてくる。

「いや、あそこの中坊、可愛いな。ふたりで甘味屋なんて初々しいよな。デートみたいな甘い雰囲気だ」

 瑞樹はそっと視線を配ってから、怪訝そうな顔をした。

「何を見ているのかと思ったら、もう……」
「瑞樹、もしかして妬いてくれたのか」
「……ちがいます!」

 ふざけて言うと、瑞樹は少しだけ顔を赤くした。
 相変わらず可愛い反応だ。もっと楽しみたくなるよ。

「そういえば、瑞樹も学ランだったっけ?」
「え? あっはい」
「いいな。タイムマシーンに乗って見に行きたい」
「えっ、絶対に来ないで下さいよ」

 瑞樹が目を見開いて、首をふるふると横に振る。
 ん? そんな対応されると、ますます気になるぞ。

「夏服姿の君を見たい」
「なっ、なんで夏服なんですか」
「ほら、ちょっとサイズ大きかったりすると、上から見えそうで心配でな」
「えっ……なんでそれ知って、あっ―あぁ……まただ!」

 瑞樹の顔が、いつものように真っ赤になる。

「おいおい、まさかとは思うが、そんなの着ていなかったよな?」

 心配になって、嘘をつけない瑞樹を問い詰める。

「うっ……実は、僕の制服は広樹兄さんのお下がりだったので、サイズが合わなくて、かなり大きかったんですよ」
「なぬぅぅー!」
「ちょっ……宗吾さんってば、落ち着いて!」
「あーもうパパってば~」
芽生も瑞樹も、手をバタバタさせ慌てている。

 いかん、つい興奮しすぎた。

「あの、でも大丈夫ですよ。ちゃんと中にTシャツのインナーを着ていましたから」
「そうか、ならよいが」
「宗吾さんってば『風紀委員長』みたいですね、くすっ」
「ごめんな。瑞樹を疑って、すまん」
「うっ……でも、そう素直に謝られると、少しやましいのですが」
「何がだ?」
「実は……そのTシャツもやっぱりお下がりで、僕には大きかったのです」
「なぬぅぅーやっぱり広樹の奴! 今度会ったらたたじゃすまない」
「もうっ昔の事ですよ。今はほら」

 俺の前で上品に微笑む瑞樹は、淡い紫陽花色のリネンシャツの釦を一番上までしっかり留めており、実に禁欲的だった。(それはそれで危なっかしいのだが)

「そうだな、うん、下着も中に着ているな」
「あっ、はい」
「パパ、おにいちゃんは大人なのに、なんだかボクと同じみたいだよぉ。おなかひやすなーとか、パンツのなかにハダギいれろーとか、いつもボクに言うのみたい」
「くすっ」
「ははっ。さぁ食べたなら次の目的地に行くぞ」
「あっはい」

 勘定を済ましさっきの男子学生の横を通り過ぎた時、その顔を見て驚いた。

「あれ?」
「あっ」

 俺に背を向けていた少年は、月影寺の翠さんの息子、薙《なぎ》くんだった。

「あーハロウィンの時の! あっそうか、今日来るって父さんが言っていたっけ」
「おー薙くんだったよな。こんな所で会うなんてな」
「驚いたなぁ、あっ拓人《たくと》、この人たちは……父さんや洋さんの友達だよ」
「へぇ」

 じろっと俺を見上げた無骨そうな少年と目が合った。

 なるほどな、さっきこの青年が照れ臭そうにしていた理由が分かった。

 薙くんがインナーを着ていないからだ。

 そう思うとニヤニヤしてしまう。

 青春だな、若者よ。

「じゃああとで月影寺で会おう」
「はい!おーチビスケ、また遊ぼうなー」

 薙くんがひらひらと手を振る。

「ボクはメイだもん!」
 

****

「さぁ次に行くのは、二人が好きそうな所だぞ」
「どこですか」
「まぁ付いてこい」
「はい、楽しみです」

 水色の傘を差した瑞樹が甘く微笑み、俺の後ろを歩いてくる。
 
 なんだか、これって……

 かなり奥ゆかしく初々しいデートのようだな。

 昼食後の観光は、瑞樹と芽生が喜びそうな場所を選んだ。

 再び小川沿いの道を歩くと、白薔薇が咲き蔦の絡まるレンガ造りの洋館が左手に見えてくる。

「あそこに入ろう」
「わぁ……ここは、美術館ですか」

 有名な絵本作家の美術館だ。なんでも美術館自体が1冊の美しい絵本という設定で、寛いだ雰囲気の中、展示やショップをゆっくりと楽しめるそうだ。

 まぁ、これも全部流の受け売りだが。

「こういう場所、君は好きだろう?」
「はい!」

 正直今までの俺だったら、こんなにふんわりと優しく美しい色は好みではなかった。もっとド派手で鮮明な・強烈で目の覚めるような色を求めていた。

 だが瑞樹と出逢い、彼を愛するようになってから、気持ちが変化した。

 自然界の空の色、海の色、緑の色……

 優しく伸びやかで、それでいて大きくて広い色が、好きになった。

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