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発展編

花束を抱いて 4

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 今日、5月2日は僕の27歳の誕生日。

 明け方ベッドで宗吾さんにリクエストし、『普段通りの当たり前の1日』を贈ってもらうことにした。

 というわけで、朝食に宗吾さんが焼いてくれた端がカリカリの卵焼きを食べ、午前中は皆で掃除することになった。

「おにいちゃんが来てくれてから、お家がキレイになったんだ」
「本当? 前は……確かに、少し汚かったね」
「うん、一番きたなかったのはパパのお部屋だよね。パンツがごろごろ転がっていたもんね」
「そうそう! あれは酷かったよね。あっでもメイくん、またお片付けしなかったね」
「わーん、ごめんなさい」
「いいよ。さぁここに入れて」

 芽生くんと笑いながら、部屋の床面に広げたままだったプラスチックのレールを透明の衣装ケースの中に戻した。

「あーでも、もったいないなぁ」
「そうかな? また作ればいいんだよ」
「そうなの? パパはまた作るのは面倒だから、レールは動かしちゃダメっていつも言っていたのに、ちがうの?」
「そうか、でもね、何度でもレールは作り直せるよ。次はもっと面白いコースになるかもしれないし」
「うん! 分かったーこれからちゃんとやるね」
「よし、えらいね」

 レールか。

 そういえば『人生のレール』という言葉に、以前の僕は囚われていた。

 一馬に捨てられた時、アイツの人生のレールから僕だけが降ろされたと落ち込んだのが、今は懐かしい。

 敷かれたレールに囚われていたのは僕の方だったのかもしれない。

 僕自身が10歳で両親を亡くし、新しい家に引き取られたことにより……『世間の目』を必要以上に気にするようになった。

 『普通の幸せはこれで、これを持っていないと不幸だ』

 そんな価値観を、自分で勝手に作り上げてしまった。

 だから何も無い所に、レールを敷くのに臆病になっていた。

 でも本当は……そこにこそ新しい希望があったのだ。

 一度レールから外れても、違う道がある。

 目的地までの道にいろんな道があるように、ルートは一つじゃない。

 寄り道しても回り道しても、駅に辿り着くのと一緒だ。

 幸せへの道筋は一つしかないわけじゃない。

 そのことを宗吾さんに教えてもらっている。

 もしかしたら、宗吾さんも僕も……道で迷っていた者同士なのかもしれない。

 あの時はお互いに彷徨っていた。

 思い描いていたレールが突然切断され、行き場を失い、目的地がどこか見えなくなって……

 一番大事なのは、本当に僕が手に入れたい、大事にしたいものに向かって、僕自身がレールを敷くことだったんだな。

 そんなことを考えながら過ごしてきたせいか、最近の僕は少し貪欲だ。

 僕がしたいことをちゃんと口にでき、行動できるようになってきた。

 宗吾さんに『今日は恵比寿に出かけて、デパートで僕のプレゼントを選び、そのままホテルでフルコースディナーをしよう』と最初言われたが、それはまたいつかの楽しみにさせてもらった。

 今はまだ幼い芽生くんと、こんな風に……家でのんびりするのが快適だ。

 そして何より僕自身が、日常の……のどかな時間を熱望していた。

 物思いに耽っていると、芽生くんは子供部屋の本棚の前にしゃがみ込み、集中して絵本を読んでいた。

 笑窪のあるふっくらとした幼い手で、たどたどしく本のページをめくる仕草が可愛い。

「何、読んでいるの?」
「あ……おにいちゃん、この絵本のここがねぇ、メイ、ダイスキなんだ。何度も読んじゃう」
「そういうのわかるよ。ふぅん……お気に入りなんだね。どれ? 見せて」
「うん! ほらみてー コレおいしそうでしょう」

 芽生くんが指さすのは動物たちが森で大きなケーキをフライパンで焼いているシーンだった。ケーキは、こんがりキツネ色でなんとも美味しそうだ。

「あっ……これ、僕も読んだことあるよ」

 昔から定番の絵本で、大沼の子供部屋にもあったな。

 懐かしいし、楽しい思い出があったような……

 そこからふっと記憶が蘇ってきた。

「そうだ! このケーキ、僕は食べたことあるよ」
「えぇ? 本当につくれるの?」
「うん。僕のお母さんが作ってくれて」
「いいなぁ。メイも食べたいな」
「あ、もしかして」

 慌てて大沼でセイに渡された母のレシピノートを取りに行き、中を探すと、やっぱりあった!

『絵本の中の夢のケーキ』と題して、しかもその横に『ミズキのお誕生日に作ったら喜んでいたから、リピート決定!』と書かれていた。

 明るくて優しかった母らしい一言だ。

「これ作ってみようか」
「本当に? じゃあおにいちゃんのお誕生日ケーキはこれだね」
「うん!」

 材料は小麦粉、卵、砂糖、牛乳と書いていある。これなら特別のものは必要ないな。家にあるシンプルなもので出来るのも、うれしかった。

 宗吾さんに話すと「ケーキくらい近くの店でホールケーキをと思ったのにいいのか」と驚かれたが、これを食べたいとお願いした。みんなで作りたいとも。



 こんな風に、僕はこの家に溶け込んでいく。

 これでいい。
 
 これが僕が敷いたレールだ。

 ゆっくり走って行こう。
 
 僕たち3人で……

 今日はシンプルに優しい1日を過ごそう!

 




 


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