上 下
285 / 1,701
発展編

さくら色の故郷 13

しおりを挟む
 瑞樹を真ん中に川の字で寝るなんて、今回の旅行は本当に面白い。

 仰向けに眠る彼に寄り添うように、俺たちはそれぞれの場所に横になった。

 瑞樹はいつもよりあどけなく安心しきった表情を浮かべている。

「いいかぁ宗吾、夜中に変なことすんなよ。俺がすぐ横にいるんだからな」

 念を押すように言われたので苦笑してしまった。もしかして銭湯の件から、かなり信用を失っているのか。

「分かってる。広樹こそ寝相悪いから気をつけろ、瑞樹をその体重で潰すなよ」
「ははっ! さぁもう寝よう。寝坊するわけにいかないしな」
「おぉ」

 6畳の和室に布団を3枚敷くのは流石に厳しかったようで、端の方は折り畳まれていた。なので実際は2枚半程度の敷布団に大の男3人並ぶ感じだった。

 いくら瑞樹が細いとはいえ、これは流石に狭いし距離が近いな。

 広樹にも注意されたし、昨日のこともある。俺は危険人物なんだと自分自身に必死に言い聞かせ、なるべく刺激的な瑞樹を見ないように反対方向に背を向けた。

 だが……意識すればする程、なかなか寝付けない!

「ん……アツい……」

 どの位時間が経ったろうか……

 でかい男二人に挟まれる瑞樹が、寝言を言いながら、もぞもぞと動き出した。

 おぉ……悪い、確かに暑いよな。
 
 すると瑞樹はクルっと俺と逆方向に寝返りをして、まるで広樹の胸元にくっつくように収まってしまった。

 なぬっ!? そっちじゃないだろうと焦って呼び戻そうとも思ったが、俺と同様に寝付けなかった広樹から思いもよらぬ言葉をもらった。

「宗吾……起きているんだろう? 悪いな。ちょっとだけ瑞樹を借りるぜ」
「あっあぁ」
「こういうの懐かしんだ。瑞樹がこの家にやって来た時、両親と弟と目の前で失ったばかりだったのは聞いているよな」
「あぁそうだったな」

 俺と付き合いだした頃の瑞樹は、自分のことを何も語らなかったから、函館が生まれ育った実家だと思っていた。まさかそんな悲しい過去があるなんて思いもしなかった。

 あの夏の海で芽生が迷子になりそうになった時の君の動揺を思い返せば、どれだけ悲しい想いをしたか伝わって来る。

 ましてこの家に来た当初は、事故直後だ。

「瑞樹さ……夜中によくうなされて大変だったんだ。悲鳴を上げて飛び起きたり、変な汗かいて震えていた。でも……10歳という時期も微妙だったんだろうな。血のつながらない母に縋るのは照れくさかったようだったが、無性に人肌を求めて心細そうにしていた時期があってな」
「……そうか」
「そんな時よく一緒にこんな風に眠ってやったんだ」
「そうだったのか」

 目を閉じると……幼い瑞樹が震えながら兄に助けを求める映像が浮かんできた。

「血は繋がらないが、その時から俺は瑞樹を絶対に守る。幸せにするって決めていたんだ。まぁ……相手は俺じゃなかったがな」
「……もしかして……広樹は瑞樹のことを?」

 深い、深すぎる兄弟愛につい聞いてしまった。ずっと心の奥底で気になっていたことだ。もしかして広樹も瑞樹を愛していたのでは、兄よりももっと深い場所で。

「いや……コイツは大事な弟で、俺は弟を溺愛している兄だ」

 広樹は何も語らない。ならばこれ以上……心の中は覗かないでいい。

 ただひたすらに瑞樹の幸せを願う人がここにいる。それだけで十分だろう。

「分かった。広樹……今日はそのまま瑞樹を抱いて眠れよ。そういうの久しぶりだろ」
「あぁ……ありがとう。きっともうないだろうから……悪いな。宗吾」
「いや、瑞樹の大切な兄に敬意を払うまでさ」

 同時に俺の方も、気が引き締まる。

 こんなにも家族から大切にされてきた瑞樹、君を愛し続けることに少しの迷いもない。

 俺達は、歩み寄る恋をしている。
 
 もう瑞樹と俺との距離はぴったりに重なった。

 躰を繋げるタイミングと心が重なるタイミングが同じだった。

 この先……彼を抱いて、彼を愛していく、未来が眩しいよ。

 どこまでも静かで優しい空気に包まれた夜だった。

****


「ん……あれ?」

 穏やかな温もりに包まれて目覚めた。

 宗吾さんじゃない別の香りだ。

「お兄ちゃん……?」

 自然と自分の口から零れた言葉に、懐かしさが込み上げてきた。

 ここに来た当初、僕は広樹兄さんの事を「おにいちゃん」と呼んでいた。

 当時……交通事故の夢を見ては、夜中に泣き叫んで飛び起きていた。

 そんな僕にすぐに駆け寄っては背中を擦ってくれた兄。
 怖い夢に怯え、新しい家になかなか馴染めない僕を励ましてくれた兄。

 小学校の間だったか、こんな風に同じ布団で眠ってくれたんだ。

 僕はこの兄に愛されて育った。

「お兄ちゃん、ありがとう。お兄ちゃんのおかげで、どんなに救われたか」

 いつものように兄さんではなく、『お兄ちゃん』と呼んだら、なんだか切ないやらなつかしいやらで、視界が滲んでしまった。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

側室の妊娠により正妃は婚約破棄されました。愛して貰えなかった正妃はどうしたらいいの?

五月ふう
恋愛
「今日はね、ソラに  一つ嬉しい知らせがあって  教えに来たのよ。」 「なによ?  貴方がこの城を出ていくの?」   私にとって、 それ以上の知らせはない。 「いいえ。  私ね、  フィリップの子供を  妊娠したの。 」 「え、、、?」  側室である貴方がが、 正妃である私より先に妊娠したら、 私はどうなるの、、? 「ああ、  そんなにびっくりしないで。  ソラは正妃としての仕事を  そのまま続けてくれていいのよ。」 私は助かったの、かな、、? 「お飾りの正妃として、  このまま頑張ってね。  ソラ。」 その言葉は私を絶望させた。

側妃は捨てられましたので

なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」 現王、ランドルフが呟いた言葉。 周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。 ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。 別の女性を正妃として迎え入れた。 裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。 あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。 だが、彼を止める事は誰にも出来ず。 廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。 王妃として教育を受けて、側妃にされ 廃妃となった彼女。 その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。 実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。 それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。 屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。 ただコソコソと身を隠すつまりはない。 私を軽んじて。 捨てた彼らに自身の価値を示すため。 捨てられたのは、どちらか……。 後悔するのはどちらかを示すために。

大好きな騎士団長様が見ているのは、婚約者の私ではなく姉のようです。

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
18歳の誕生日を迎える数日前に、嫁いでいた異母姉妹の姉クラリッサが自国に出戻った。それを出迎えるのは、オレーリアの婚約者である騎士団長のアシュトンだった。その姿を目撃してしまい、王城に自分の居場所がないと再確認する。  魔法塔に認められた魔法使いのオレーリアは末姫として常に悪役のレッテルを貼られてした。魔法術式による功績を重ねても、全ては自分の手柄にしたと言われ誰も守ってくれなかった。  つねに姉クラリッサに意地悪をするように王妃と宰相に仕組まれ、婚約者の心離れを再確認して国を出る覚悟を決めて、婚約者のアシュトンに別れを告げようとするが──? ※R15は保険です。 ※騎士団長ヒーロー企画に参加しています。

[完結]嫁に出される俺、政略結婚ですがなんかイイ感じに収まりそうです。

BBやっこ
BL
実家は商家。 3男坊の実家の手伝いもほどほど、のんべんだらりと暮らしていた。 趣味の料理、読書と交友関係も少ない。独り身を満喫していた。 そのうち、結婚するかもしれないが大した理由もないんだろうなあ。 そんなおれに両親が持ってきた結婚話。というか、政略結婚だろ?!

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

英雄になった夫が妻子と帰還するそうです

白野佑奈
恋愛
初夜もなく戦場へ向かった夫。それから5年。 愛する彼の為に必死に留守を守ってきたけれど、戦場で『英雄』になった彼には、すでに妻子がいて、王命により離婚することに。 好きだからこそ王命に従うしかない。大人しく離縁して、実家の領地で暮らすことになったのに。 今、目の前にいる人は誰なのだろう? ヤンデレ激愛系ヒーローと、周囲に翻弄される流され系ヒロインです。 珍しくもちょっとだけ切ない系を目指してみました(恥) ざまぁが少々キツイので、※がついています。苦手な方はご注意下さい。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

処理中です...