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発展編
北の大地で 18
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月日はあっという間に流れ、もう三月下旬になっていた。
三月になってすぐに、広樹兄さんと潤、そしてお母さんが一度様子を見に来てくれたので、ペンションで家族団らんの時を持てた。セイが腕を振るってご馳走を作ってくれ、皆で賑やかに食事をしたのもいい思い出だ。
その翌日に……まだ雪深い中、家族で僕の両親の墓参りをして、きちんと供養させてもらった。宗吾さんにその事を話すと、次はぜひ一緒にと言ってくれたので、また訪れようと思う。
あれからセイの赤ちゃんもスクスクと成長し生後三カ月を迎えた。最近首も据わり、ぐっと扱いやすくなった。僕もたまに抱っこさせてもらっている。日増しに成長する様子に、僕も前向きな気持ちをもらえた。セイの奥さんも少しずつ動けるようになり、最近、仕事にも復帰した。
少しづつ僕が大沼でやりたかった事が消化され、やることも減ってきた。
そんな生活の中……僕の中では宗吾さんに会いたい気持ちが高まるばかりだった。
セイの家庭を垣間見たり、幸せそうな宿泊客と接する度に、僕の心は少しだけチクリとしていた。
(僕も大切な人の傍に……宗吾さんが、恋しいよ)
二月の大沼ではワカサギ釣りやスノーモービルなど冬ならではの楽しみがあるので、宗吾さんと芽生くんに遊びに来てもらおうかとも考えたが、こちらの寒さは都会育ちの宗吾さんたちには厳しいので断念した。二月の平均気温は氷点下2.1度、最高気温は1.5度、最低気温は氷点下5.9度にもなる。都内とは比べものにならない程の極寒の地だ。
一度宗吾さんだけという話もあったら、芽生くんがインフルエンザになってしまい中止になってしまった。まだ咳が残っているそうだ。可哀想に……まだまだ小さな子供だ。こじらせたりしたら大変だ。それに病気の時はやっぱりお父さんが傍にいた方がいい。
無理して今でなくても、僕たちには未来があるのだから。
来年、再来年……長い時間をかけて、いろんな所に旅してみたいな。三人で。
「瑞樹、午後は嫁さんがフロントに入れるからフリータイムな。ゆっくりしてくれ」
「ありがとう。じゃあちょっと散歩してくるよ」
「おっまた撮影か」
「うん。今日の景色を見せたい人がいるから」
「ふぅん……前に話した大事な人にか」
「うん、そうだよ」
セイには相手が同性だとは話せなかったが、東京で大切な人が待っているとは伝えてある。
「なんか、いいな。そうだ、最近指の調子はどうだ? 」
「うん、かなりいいよ。あと一歩かな」
「きっともうすぐだよ。お前、ここに来たときよりもずっと顔色もいいし、健康的になった」
「そう? 毎日散歩しているからかな」
「幸せそうだ」
「ありがとう! 行ってくるよ」
セイが眩しそうに僕を見つめていた。
僕はダウンを着込み、帽子にマフラーにブーツ。宗吾さんのお母さんが編んでくれた手袋をつけて完全防備で外に出た。首には母の遺品の一眼レフカメラをかけている。
「ふぅ……まだまだ寒いな、でもいつもよりマシかな」
吐く息はまだ白いが大沼国定公園は少しずつ雪解けが進み、ようやく春の気配が少しずつ感じられるようになってきた。
「あっ氷が解け出している! じゃあ……いよいよだな」
この光景をずっと待っていた。
一緒に見たいと願った人は、今は傍にいないけれども……
大沼湖の湖に張っていた氷が一気に解け始めていた。最近は日差しがあたたかく感じられるようになっていたので、とうとう厚く張っていた小沼湖の氷が緩み、湧き水が噴出している様子が湖面に見え出していた。
ギシリと氷の軋む音がした。
それを合図に冬の間羽を休めていた白鳥たちが、バサッと音を立ててシベリアへ旅立ち始めた。
大空を埋め尽くすような白鳥の群れ。
大地に鳥の影が映る。
この瞬間だ!
今、撮りたい!
白鳥は大空を飛翔する。高く高く飛び立っていく。
そうだその調子だ。天高く飛んでいけ!
気が付くと手袋を外し夢中でシャッターを押していた。羽ばたく白鳥の躍動感を撮るために、もっと早くシャッターを切らないと。
「あっ……え……動く! 指が……自由に!」
白鳥の飛翔と共に、僕の指が滑らかに動き出した。
自分の意志通りに動き出す指先……この感覚をずっと求めていた!
棘を抜かれたように麻痺が、指先からすっと消えていた。
治ったんだ……本当に。
それからは夢中でファインダーを覗き、シャッターを切った。
カシャカシャとリズミカルな音が耳に響き、心地良い。
夢中になって空を、大地を、撮り続けていると、ファインダー越しの雪解けの世界に、突然僕の大事な人の姿が現れた。
焦げ茶のロングコートにマフラーを巻いて、黒髪がさらさらと北国の風に揺れている。大人っぽく艶めいた笑顔で、僕の心を一気に鷲掴みする。
「えっ……」
思わずカメラを落としそうになってしまった。それ程までに驚いた。
「な……んで、宗吾さん」
「瑞樹を迎えに来た」
「そんな……聞いてない。今日だ……なんて」
「東京で……とうとう桜が開花したんだ」
宗吾さんが、どんどん近づいてくる。
驚いて呆然と立ち尽くす僕を、その逞しい腕で力強く抱きしめてくれた。
北の大地から僕の足が浮くほどに強くしっかりと、抱きしめてくれた。
「宗吾さん!」
三月になってすぐに、広樹兄さんと潤、そしてお母さんが一度様子を見に来てくれたので、ペンションで家族団らんの時を持てた。セイが腕を振るってご馳走を作ってくれ、皆で賑やかに食事をしたのもいい思い出だ。
その翌日に……まだ雪深い中、家族で僕の両親の墓参りをして、きちんと供養させてもらった。宗吾さんにその事を話すと、次はぜひ一緒にと言ってくれたので、また訪れようと思う。
あれからセイの赤ちゃんもスクスクと成長し生後三カ月を迎えた。最近首も据わり、ぐっと扱いやすくなった。僕もたまに抱っこさせてもらっている。日増しに成長する様子に、僕も前向きな気持ちをもらえた。セイの奥さんも少しずつ動けるようになり、最近、仕事にも復帰した。
少しづつ僕が大沼でやりたかった事が消化され、やることも減ってきた。
そんな生活の中……僕の中では宗吾さんに会いたい気持ちが高まるばかりだった。
セイの家庭を垣間見たり、幸せそうな宿泊客と接する度に、僕の心は少しだけチクリとしていた。
(僕も大切な人の傍に……宗吾さんが、恋しいよ)
二月の大沼ではワカサギ釣りやスノーモービルなど冬ならではの楽しみがあるので、宗吾さんと芽生くんに遊びに来てもらおうかとも考えたが、こちらの寒さは都会育ちの宗吾さんたちには厳しいので断念した。二月の平均気温は氷点下2.1度、最高気温は1.5度、最低気温は氷点下5.9度にもなる。都内とは比べものにならない程の極寒の地だ。
一度宗吾さんだけという話もあったら、芽生くんがインフルエンザになってしまい中止になってしまった。まだ咳が残っているそうだ。可哀想に……まだまだ小さな子供だ。こじらせたりしたら大変だ。それに病気の時はやっぱりお父さんが傍にいた方がいい。
無理して今でなくても、僕たちには未来があるのだから。
来年、再来年……長い時間をかけて、いろんな所に旅してみたいな。三人で。
「瑞樹、午後は嫁さんがフロントに入れるからフリータイムな。ゆっくりしてくれ」
「ありがとう。じゃあちょっと散歩してくるよ」
「おっまた撮影か」
「うん。今日の景色を見せたい人がいるから」
「ふぅん……前に話した大事な人にか」
「うん、そうだよ」
セイには相手が同性だとは話せなかったが、東京で大切な人が待っているとは伝えてある。
「なんか、いいな。そうだ、最近指の調子はどうだ? 」
「うん、かなりいいよ。あと一歩かな」
「きっともうすぐだよ。お前、ここに来たときよりもずっと顔色もいいし、健康的になった」
「そう? 毎日散歩しているからかな」
「幸せそうだ」
「ありがとう! 行ってくるよ」
セイが眩しそうに僕を見つめていた。
僕はダウンを着込み、帽子にマフラーにブーツ。宗吾さんのお母さんが編んでくれた手袋をつけて完全防備で外に出た。首には母の遺品の一眼レフカメラをかけている。
「ふぅ……まだまだ寒いな、でもいつもよりマシかな」
吐く息はまだ白いが大沼国定公園は少しずつ雪解けが進み、ようやく春の気配が少しずつ感じられるようになってきた。
「あっ氷が解け出している! じゃあ……いよいよだな」
この光景をずっと待っていた。
一緒に見たいと願った人は、今は傍にいないけれども……
大沼湖の湖に張っていた氷が一気に解け始めていた。最近は日差しがあたたかく感じられるようになっていたので、とうとう厚く張っていた小沼湖の氷が緩み、湧き水が噴出している様子が湖面に見え出していた。
ギシリと氷の軋む音がした。
それを合図に冬の間羽を休めていた白鳥たちが、バサッと音を立ててシベリアへ旅立ち始めた。
大空を埋め尽くすような白鳥の群れ。
大地に鳥の影が映る。
この瞬間だ!
今、撮りたい!
白鳥は大空を飛翔する。高く高く飛び立っていく。
そうだその調子だ。天高く飛んでいけ!
気が付くと手袋を外し夢中でシャッターを押していた。羽ばたく白鳥の躍動感を撮るために、もっと早くシャッターを切らないと。
「あっ……え……動く! 指が……自由に!」
白鳥の飛翔と共に、僕の指が滑らかに動き出した。
自分の意志通りに動き出す指先……この感覚をずっと求めていた!
棘を抜かれたように麻痺が、指先からすっと消えていた。
治ったんだ……本当に。
それからは夢中でファインダーを覗き、シャッターを切った。
カシャカシャとリズミカルな音が耳に響き、心地良い。
夢中になって空を、大地を、撮り続けていると、ファインダー越しの雪解けの世界に、突然僕の大事な人の姿が現れた。
焦げ茶のロングコートにマフラーを巻いて、黒髪がさらさらと北国の風に揺れている。大人っぽく艶めいた笑顔で、僕の心を一気に鷲掴みする。
「えっ……」
思わずカメラを落としそうになってしまった。それ程までに驚いた。
「な……んで、宗吾さん」
「瑞樹を迎えに来た」
「そんな……聞いてない。今日だ……なんて」
「東京で……とうとう桜が開花したんだ」
宗吾さんが、どんどん近づいてくる。
驚いて呆然と立ち尽くす僕を、その逞しい腕で力強く抱きしめてくれた。
北の大地から僕の足が浮くほどに強くしっかりと、抱きしめてくれた。
「宗吾さん!」
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