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発展編
帰郷 44
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「葉山さん、朝の検温ですよ。あらまぁ……しっ失礼しました」
宗吾さんと病室で笑い合っていると、突然看護師さんが入ってきたので焦ってしまった。若い女性の看護師さんの方も目のやり場に困っているようだ。
看護師さんの視線が一点で固まってしまっている。一体なんだろう?
不思議に思いその視線を辿ると……宗吾さんの手が布団の上からだけど、いつの間にかちょうど僕の股間あたりに載っていた!
こっ……このせいだ!
あぁもう穴があったら入りたい。だって僕のそこは……昨夜、宗吾さんによって咥えられ舐められて、それから吸われ……あぁまずいな。朦朧としながらも彼の口で何をされたのか、全部覚えている。だからそれを思い出すと耳たぶまで赤くなってしまうよ。
「すみません、どうぞどうぞ。瑞樹、俺は向こうに行ってるからな。ちゃんとシテモラエヨ」
宗吾さんはウィンクしながら楽しそうにカーテンの向こうに行ってしまった。
「えっとコホン。葉山さん具合はどうですか。身体まだ痛みはありますか。立つのが無理そうだったら、これを使いますが」
出た! 宗吾さんが喜ぶヤツ!
「いっいいです、立てます! 自分でトイレに行けます!」
もちろん速攻で断った。
看護師さんが検温をし傷の具合を確認して出て行った後、宗吾さんがまたカーテンの端からヒョイと顔を出して笑った。
「瑞樹~すっきりしたか」
「はぁ……もうっ宗吾さんは……いつも……クスッ」
あんなことがあった後なのに、自分がこんな風に笑っていることが不思議だった。
それというのも宗吾さんのお陰だ。全部彼の明るさに僕がグイグイ引っ張られている。悲しみの底に沈んでいる暇がない程に。
今日は警察が来て事情聴取をされる予定だが、宗吾さんのお陰で冷静になれそうだ。宗吾さんが帰ってしまっても頑張れる。それ程までの勇気と元気を分けてもらった。
「瑞樹、今日も俺がついているから大丈夫だ」
「宗吾さん、でも仕事が……」
「いや……これは俺にとって、とても大事なことなんだ。会社は今日まで休みをもらったよ」
宗吾さんが真剣な眼差しで僕を見つめ……力強く頷いた。
「まぁ宗吾さんが付き添ってくれるのなら安心ね」
「お母さん……」
「瑞樹は……いつの間にかすっかり『大人』になっちゃて。もうこの子ってば……なんだかお赤飯でも炊きたい気分よ」
お……お赤飯? 大人!?
お母さん……何か間違ってるよ……それ。
意味深な言葉に、照れくさくなって布団に埋もれたくなった。
「そういえば、さっき瑞樹宛に手紙が速達で来たのよ」
「えっ誰からだろう」
「ん? これはうちの母の字じゃないか」
宗吾さんが封書の宛書を見た途端に呟いた。毛筆で達筆で、いかにも宗吾さんのお母さんが書きそうな筆文字だった。
「瑞樹、開けてみろよ」
「はい」
開けると画用紙が入っていて、そこにはクレヨンで描いた明るい絵の世界が広がっていた。
草原で小さな男の子がぎゅっと男の人に守られているような絵だった。手にはシロツメクサを握っている。どうやら白い花の冠を持っているようだった。
懐かしい……宗吾さんとの出逢いのシーンを思い出すよ。
僕があの日あの公園まで行かなかったら、あそこで泣き喚かなければ、彼と芽生くんとは出逢っていなかった。
そう考えると、シロツメグサは僕の恩人だ。大沼の野原にも咲き乱れていた白い花が僕を守ってくれたのかな。
「あぁ、なんだ芽生の絵だ」
「みたいですね。嬉しいです。あの……これって僕と宗吾さんでしょうか。僕、母の言う通り本当に五歳児になったみたいですね」
「どれ?」
宗吾さんはその絵をジーッと見た後、あぁぁと声をあげた。
「どうしたんですか」
「これは俺じゃなくてメイだ」
「え? だって大人の男性の絵ですよ」
「いや、ここにちゃんとメイって書いてある。あー瑞樹はモテモテだな~ 心配になるよ」
「そんなことないです」
僕と宗吾さんとのやりとりを母が微笑ましそうな表情で見守ってくれているのが、くすぐったい。
****
東京駅に新幹線が到着した。
俺に出来ることは、やりきった。かなりの荒治療だったよな。急ぎ過ぎたのでは……でも、あれこれ気にしたらキリがない。
とにかくあとは宗吾さん次第だ。瑞樹くんと一緒にこの壁を乗り越えて欲しい。
大仕事をやり終えた疲労感でふらふらしながらホームに降り立ち、外の空気が吸いたくて深々と被っていたキャップとマスクを外して深呼吸した。
ここまでは丈のいいつけ守ったぞ。だから、もういいよな。
相変わらず俺がひとりで行動するのを心配する丈。丈の心配の種を増やしたくないから、言い付け素直に守っている。俺も案外可愛いよな。と苦笑してしまった。
「洋、頑張ったな」
「え……丈」
声の方を振り向くと丈が立っていた。新幹線に乗ったことは伝えていたが、まさか迎えに来てくれるなんて。
「その……仕事が終わったから迎えに来た」
少し照れくさそうに丈が微笑んでいた。
「驚いたよ! 」
「それよりキャップとマスクはどうした?」
「あっ! さっきまではちゃんとしていたよ」
「だが、ここで取ったら意味がないだろう」
「……ごめん」
今日は瑞樹くんと会ってパワーを使ったので、無性に甘えたい気分だった。だからどこまでも素直になってしまうよ。
「ふっ何だか今日の洋はいつもより素直で可愛いな。せっかく都心に来たんだ。少し寄り道して行くか」
「ん……」
歩きながら丈がさりげなく聞いてくれた。
「洋……辛くなかったか。いろいろ昔を思い出してしまったのではと、心配したぞ」
「あぁ……うん、大丈夫……俺はもう大丈夫みたいだ」
「そうか」
「だが……君に甘えたい気分だ」
「おいで、クリスマスプレゼントを選んであげたかったんだ。銀座に行こう」
「いいね」
丈が気遣って気晴らしをしてくれるようだ。正直何度思い出しても辛い俺の過去だが、俺はもうその過去の世界を完全に抜け出だしている。今は前だけを見ているよ。
辛い過去はやりなおせないし消せないから、そのまま素直に過去に置いておけばいい。そこから動かないようにしっかり置いたままにしておく。一度全部吐き出したら、もうそこには戻らなくていい。
「洋、瑞樹くんは1週間後が抜糸の予定か」
「順調にいけばね」
「入院先の病院には詳しい症状を聞いておくから、また話そう」
「ありがとう。実は指先の傷が思ったより深そうで心配している」
「そうか……洋も怪我するなよ。やっぱり君が傍にいないと不安になるよ」
「丈には心配かけたが、やっぱりいち早く駆けつけて良かったと思っているよ」
「あぁ洋にしか出来ないことをやったんだ。頑張ったな」
「……ありがとう。そう言ってくれると嬉しい」
瑞樹くんの受けた性被害について、行きの新幹線で俺が出来ることをじっくり考えた。
男性の方が恥の感情がより強く、なかなかすべてを明るみに相談ができない。「男なのにすごく恥ずかしいことを強いられた。それは自分は弱いから」という気持ちになってしまうからだ。
その負の連鎖に陥ってしまう前に、俺が吐き出させた。同じ目に遭っている俺だから分かるんだ。君が心の中に溜め込もうとしているものが何かが。
羽ばたいてくれ! 宗吾さんと共に大きく。
願うような気持ちで、銀座の雑踏から冬空を見上げた。
軽井沢のふたりの夜に願いを込めて──
宗吾さんと瑞樹くんは、互いに互いが必要な存在だ。
幸せな存在なのだから。
宗吾さんと病室で笑い合っていると、突然看護師さんが入ってきたので焦ってしまった。若い女性の看護師さんの方も目のやり場に困っているようだ。
看護師さんの視線が一点で固まってしまっている。一体なんだろう?
不思議に思いその視線を辿ると……宗吾さんの手が布団の上からだけど、いつの間にかちょうど僕の股間あたりに載っていた!
こっ……このせいだ!
あぁもう穴があったら入りたい。だって僕のそこは……昨夜、宗吾さんによって咥えられ舐められて、それから吸われ……あぁまずいな。朦朧としながらも彼の口で何をされたのか、全部覚えている。だからそれを思い出すと耳たぶまで赤くなってしまうよ。
「すみません、どうぞどうぞ。瑞樹、俺は向こうに行ってるからな。ちゃんとシテモラエヨ」
宗吾さんはウィンクしながら楽しそうにカーテンの向こうに行ってしまった。
「えっとコホン。葉山さん具合はどうですか。身体まだ痛みはありますか。立つのが無理そうだったら、これを使いますが」
出た! 宗吾さんが喜ぶヤツ!
「いっいいです、立てます! 自分でトイレに行けます!」
もちろん速攻で断った。
看護師さんが検温をし傷の具合を確認して出て行った後、宗吾さんがまたカーテンの端からヒョイと顔を出して笑った。
「瑞樹~すっきりしたか」
「はぁ……もうっ宗吾さんは……いつも……クスッ」
あんなことがあった後なのに、自分がこんな風に笑っていることが不思議だった。
それというのも宗吾さんのお陰だ。全部彼の明るさに僕がグイグイ引っ張られている。悲しみの底に沈んでいる暇がない程に。
今日は警察が来て事情聴取をされる予定だが、宗吾さんのお陰で冷静になれそうだ。宗吾さんが帰ってしまっても頑張れる。それ程までの勇気と元気を分けてもらった。
「瑞樹、今日も俺がついているから大丈夫だ」
「宗吾さん、でも仕事が……」
「いや……これは俺にとって、とても大事なことなんだ。会社は今日まで休みをもらったよ」
宗吾さんが真剣な眼差しで僕を見つめ……力強く頷いた。
「まぁ宗吾さんが付き添ってくれるのなら安心ね」
「お母さん……」
「瑞樹は……いつの間にかすっかり『大人』になっちゃて。もうこの子ってば……なんだかお赤飯でも炊きたい気分よ」
お……お赤飯? 大人!?
お母さん……何か間違ってるよ……それ。
意味深な言葉に、照れくさくなって布団に埋もれたくなった。
「そういえば、さっき瑞樹宛に手紙が速達で来たのよ」
「えっ誰からだろう」
「ん? これはうちの母の字じゃないか」
宗吾さんが封書の宛書を見た途端に呟いた。毛筆で達筆で、いかにも宗吾さんのお母さんが書きそうな筆文字だった。
「瑞樹、開けてみろよ」
「はい」
開けると画用紙が入っていて、そこにはクレヨンで描いた明るい絵の世界が広がっていた。
草原で小さな男の子がぎゅっと男の人に守られているような絵だった。手にはシロツメクサを握っている。どうやら白い花の冠を持っているようだった。
懐かしい……宗吾さんとの出逢いのシーンを思い出すよ。
僕があの日あの公園まで行かなかったら、あそこで泣き喚かなければ、彼と芽生くんとは出逢っていなかった。
そう考えると、シロツメグサは僕の恩人だ。大沼の野原にも咲き乱れていた白い花が僕を守ってくれたのかな。
「あぁ、なんだ芽生の絵だ」
「みたいですね。嬉しいです。あの……これって僕と宗吾さんでしょうか。僕、母の言う通り本当に五歳児になったみたいですね」
「どれ?」
宗吾さんはその絵をジーッと見た後、あぁぁと声をあげた。
「どうしたんですか」
「これは俺じゃなくてメイだ」
「え? だって大人の男性の絵ですよ」
「いや、ここにちゃんとメイって書いてある。あー瑞樹はモテモテだな~ 心配になるよ」
「そんなことないです」
僕と宗吾さんとのやりとりを母が微笑ましそうな表情で見守ってくれているのが、くすぐったい。
****
東京駅に新幹線が到着した。
俺に出来ることは、やりきった。かなりの荒治療だったよな。急ぎ過ぎたのでは……でも、あれこれ気にしたらキリがない。
とにかくあとは宗吾さん次第だ。瑞樹くんと一緒にこの壁を乗り越えて欲しい。
大仕事をやり終えた疲労感でふらふらしながらホームに降り立ち、外の空気が吸いたくて深々と被っていたキャップとマスクを外して深呼吸した。
ここまでは丈のいいつけ守ったぞ。だから、もういいよな。
相変わらず俺がひとりで行動するのを心配する丈。丈の心配の種を増やしたくないから、言い付け素直に守っている。俺も案外可愛いよな。と苦笑してしまった。
「洋、頑張ったな」
「え……丈」
声の方を振り向くと丈が立っていた。新幹線に乗ったことは伝えていたが、まさか迎えに来てくれるなんて。
「その……仕事が終わったから迎えに来た」
少し照れくさそうに丈が微笑んでいた。
「驚いたよ! 」
「それよりキャップとマスクはどうした?」
「あっ! さっきまではちゃんとしていたよ」
「だが、ここで取ったら意味がないだろう」
「……ごめん」
今日は瑞樹くんと会ってパワーを使ったので、無性に甘えたい気分だった。だからどこまでも素直になってしまうよ。
「ふっ何だか今日の洋はいつもより素直で可愛いな。せっかく都心に来たんだ。少し寄り道して行くか」
「ん……」
歩きながら丈がさりげなく聞いてくれた。
「洋……辛くなかったか。いろいろ昔を思い出してしまったのではと、心配したぞ」
「あぁ……うん、大丈夫……俺はもう大丈夫みたいだ」
「そうか」
「だが……君に甘えたい気分だ」
「おいで、クリスマスプレゼントを選んであげたかったんだ。銀座に行こう」
「いいね」
丈が気遣って気晴らしをしてくれるようだ。正直何度思い出しても辛い俺の過去だが、俺はもうその過去の世界を完全に抜け出だしている。今は前だけを見ているよ。
辛い過去はやりなおせないし消せないから、そのまま素直に過去に置いておけばいい。そこから動かないようにしっかり置いたままにしておく。一度全部吐き出したら、もうそこには戻らなくていい。
「洋、瑞樹くんは1週間後が抜糸の予定か」
「順調にいけばね」
「入院先の病院には詳しい症状を聞いておくから、また話そう」
「ありがとう。実は指先の傷が思ったより深そうで心配している」
「そうか……洋も怪我するなよ。やっぱり君が傍にいないと不安になるよ」
「丈には心配かけたが、やっぱりいち早く駆けつけて良かったと思っているよ」
「あぁ洋にしか出来ないことをやったんだ。頑張ったな」
「……ありがとう。そう言ってくれると嬉しい」
瑞樹くんの受けた性被害について、行きの新幹線で俺が出来ることをじっくり考えた。
男性の方が恥の感情がより強く、なかなかすべてを明るみに相談ができない。「男なのにすごく恥ずかしいことを強いられた。それは自分は弱いから」という気持ちになってしまうからだ。
その負の連鎖に陥ってしまう前に、俺が吐き出させた。同じ目に遭っている俺だから分かるんだ。君が心の中に溜め込もうとしているものが何かが。
羽ばたいてくれ! 宗吾さんと共に大きく。
願うような気持ちで、銀座の雑踏から冬空を見上げた。
軽井沢のふたりの夜に願いを込めて──
宗吾さんと瑞樹くんは、互いに互いが必要な存在だ。
幸せな存在なのだから。
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