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発展編

帰郷 5

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「すんません~遅くなって」
「まったく潤はいつもギリギリだな。さぁ行くぞ」

 ベイエリアの倉庫街の一角にある函館で一番高級なホテルに、親方と一緒に足を踏み入れた。今日はこのホテル内の会議室で現場の安全についての講習会と優良協力業者への表彰があるそうだ。

「そうだ、今日は煙草吸うなよ」
「えーなんで? 」
「若社長が嫌いだから。それとさっきからその言葉遣いなんとかならないのか。とにかく大人しくしてろよ」

 元請けの会社は函館一大きな建設会社だから下手なことは出来ないと、焦る気持ちは分かるが……それとこれとは別だぜ。

「オレ、こういう堅苦しいの慣れないから」
「まぁ俺もだがな」

 親方は肩を竦めて笑っていた。親方は仕事では厳しいが、こういうおおらかなところが、兄貴と似ていて付き合いやすい。

 受付を済まして会議室内に入ろうとした時、突然後ろから厳しい口調で呼び止められた。

「おいっそこのキミ、ちょっと待て!」

 振り返るとビシッとしたスーツ姿のガタイのいい男が立っていた。こんな奴、知り合いにいない。

「あっこれは若社長。お疲れ様です」
「へ? 」
「馬鹿! こちらは元請けの若社長だよ」
「え? 」
「君、ちょっとこっちに来てくれ」
「おいおい……潤、何をしでかした? とっとにかく俺は先に入っているぞ」
「親方~」

 一体何だよ。ただでさえホテルとか研修とか堅苦しいことが大嫌いなのに、こんなスカした奴に呼び止められるなんて、どーなってんだ。


****

 食後、用意しておいたおもちゃを鞄から取り出し、芽生くんに渡した。

「これ、芽生くんにプレゼントだよ」
「いいの? 」
「うん、七五三のお祝いだよ」

 隣にいた宗吾さんが、少し驚いた表情になった。

「瑞樹。それは気を遣わせて悪かったな」
「とんでもないです。僕がしたかったので」
「わーありがとう! おにいちゃんダイスキ! あけてもいい? 」
「もちろんだよ。気に入ってもらえるといいな」

 メイくんが満面の笑みで喜んでくれたので、こちらまで嬉しくなるよ。

 夢中で包装紙をビリビリ破いちゃって可愛いな。楽しみ過ぎて待ちきれない気持ちっていいな。本当に幼い子供の無邪気な仕草は、大人の心を癒してくれる。

「あっーこれ欲しかったのだ! パパっ見て! ベルトになっていて、ココを押すと変身するんだよ」
「本当だ! 瑞樹、これ高かっただろう? 人気で品薄だったみたいなのに、よく手に入ったな。君の気持ちがとても嬉しいよ。俺はこういう気遣いに疎くてごめんな」

 宗吾さんにも喜んでもらえ、更に嬉しくなった。本当に二人と接していると、もう僕も家族の一員になったかのような錯覚に陥ってしまう。

 ここを僕の居場所にしたい。

 今までに抱いたことがない程、今の僕は貪欲になっていた。

 あなたたちと共に幸せになりたい──
 
 そんな望みをもっともっと、抱いてもいいだろうか。

「あっちで遊んでくるね」
「うん、いいよ」
「じゃあ瑞樹はソファに移動しろ。コーヒーを淹れてやるから」

 言われた通りソファに移動すると、すぐに宗吾さんが香りのよいコーヒーを持って現れた。

「ちょっと気が早いがクリスマスブレンドだぞ」
「いい香りですね」

 そのまま肩が触れる距離にドスンっと座ったので、僕の心臓もまるで連動しているかの如く跳ねてしまった。

 わ……距離、近い。でもこういう普段の時間っていいな。やっぱり家族みたいだ。

「何だか瑞樹とこんな風に食後に寛いだりしていると、もう一緒に暮らしている錯覚に陥るよ」
「あ……今、僕も同じことを」
「本当か! なぁ来年には一緒に暮らせているか」

 宗吾さんの手がさりげなく返事を促すように意図を持って僕に触れてくる。何だか手が触れるだけでドキッとしてしまうのは意識し過ぎなのか。

「……そうなりたいです」
「うわっ! やばいっ」

 宗吾さんが突然パッと手を離して、口元を隠した。

「えっ……あの、僕何か変なことを言いましたか」
「いや、そうじゃない。いつもバス停からこっそり見て憧れていた瑞樹が、こうやって俺の家にいるだけでも凄いことなのに、『そうなりたい』と言ってくれるなんて、これはもう奇跡だよな。本当に嬉しいよ。あー顔がニヤける」
「奇跡って……そんな……宗吾さん……僕の方こそ、本当にここを自分の居場所にしてもいいのですか」
「あぁそうだよ。何度も君に告げた通り、君の過去も現在も未来も受け入れたい」
「過去も……ですか」
「あぁそうだ」

 宗吾さんが後ろにいてくれるのなら、僕は函館に戻って母に全てを話せるだろう。それから潤とも本当に久しぶりに顔を合わすことが出来るだろう。

 もし宗吾さんのことを受け入れてもらえず、家から勘当されるようなことになっても、今の僕は昔のように行く場所がないひとりぼっちの……孤独な人間ではない。

 ここがある。ここに戻ってくればいいのだから。

「宗吾さん、僕は来週函館に帰省しようと思っています。すぐに戻って来ますが、向こうで母に宗吾さんとの状況を話そうと思っています」
「……うーん、でもそれ、大丈夫なのか、無理すんなよ。俺のことは気にしなくていいから」
「いえ……僕がそうしたいので。その……宗吾さんから勇気をもらったので頑張りたいのです」
「あーもうそれ駄目だ。君の言葉は優しすぎるよ。今すぐ抱きしめたくなるよ」

 すると芽生くんがトコトコやってきて、「パパーそういう時は迷わずギュっとするのが男だよ」なんて言うから微笑ましくて、笑ってしまった。

「本当だよ。 ブルーレンジャーもいつも助けてあげた子をギュッとするんだよー」
「おお! そうか、じゃあ瑞樹いいか」
「そっ……そんな風に改めて言われるのはちょっと」

 宗吾さんが手を広げて近づいてくるので、なんだか照れくさくなって、後ずさりしてしまった。

 その晩はやっぱり芽生くんのお布団で一緒に眠ることになったが、なかなか寝付けなかった。

 幸せで満ち足りすぎて、興奮していた。
 
 自分の居場所が出来たことへの喜び。幸せになりたいと思う気持ち。

 どちらも初めてで……まだ慣れない感情だから。





 
 
 
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