140 / 1,701
発展編
深まる秋・深まる恋 23
しおりを挟む
「瑞樹、どうした」
東屋に座っている僕の足元に宗吾さんが跪き、スマホを握りしめたまま茫然と膝の上に置いた手をギュッと力強く握ってくれた。
「手が冷たいな」
怪訝そうな顔で、今度は僕の横に座り肩を抱いて温めてくれた。
「もしかして……」
僕の額に手をあて、じっと熱がないか探ってくれる。
「良かった。熱はないな。昨日階段から落ちてどこか打ちどころが悪かったのか。気持ち悪いとか、頭痛はないか」
あれこれと真剣に心配してくれる様子に申し訳なさが募ってしまう。僕は静かに首を横に振った。
「もう……そんなに優しくしないで下さい。何だか申し訳ないです」
「何を言う? 好きな人を心配してはいけないのか」
「僕は本当は……そんな風にしてもらうのに値しない人間ですよ」
「瑞樹? もしかして電話で何か悪い知らせがあったのか。洋くんが心配していたぞ。電話がかかってきた後……様子が変になったと」
その時になって指先が白くなるほどスマホを握りしめていたことに気が付いた。僕は馬鹿だ。もう完全に別れた人に関わることで、こんなにも宗吾さんに心配をかけるなんて。
「すみません……少し散歩して、頭を冷やしてきます」
何をどう宗吾さんに話したらいいのか分からない。だから立ち去ろうとしたのに、宗吾さんが後ろから抱きしめてきた。
「なっ……離してください」
「瑞樹、意地を張るな。何度も話しているだろう。君の悩みを分けて欲しいと。それがたとえ前に付き合っていた奴に関わることでもだ」
「何で……それを」
「君が意地を張るのはいつもそこだろう? 俺もだいぶ分かってきたよ。さぁ俺に話して」
優しい。絶対的に僕に優しすぎるよ。
そんなに甘やかされては……僕はどうしたらいいのか分からなくなる。あなたに似合う人になりたいと願う反面で、相変わらず別れた一馬のことに心を揺さぶられているのだから。最低だ。
「瑞樹、一体何があった」
今度はクルっと躰を反転させられ、正面から宗吾さんと向き合う形にされた。肩を両手で掴まれ真顔で真剣な声で問われて……とうとう我慢出来ず、僕の悩みを吐き出してしまった。
「あ……アイツのお父さん……とうとう亡くなったそうで。この前危篤だって言っていて、どうしたか心配だったのに何も出来ず。さっき同級生から連絡が入って……お香典や弔電は各自の判断でと言われて……でも、僕みたいな立場の奴はどうしたらいいのか分からなくなってしまって途方に暮れていました。すみません。僕、また……あなた以外のことでこんなに取り乱して」
本当にこんな自分が嫌だ。でも……お父さんを亡くしたばかりの一馬の気持ちを思いやると、何か……もう縁もない別れた僕だけれども……僕に何かできないかと思ってしまう。
だってアイツは付き合っている頃、よくお父さんの話をしていたので、どうしても他人事に思えない。父親を亡くすって、寂しいことだ。いつも一馬のお父さんの話に僕の父さんの生前の姿を重ねて聞いていたから余計に辛い。
「そうか……それでこんなに落ち込んで悩んでいたんだな」
「宗吾さん、こんな僕嫌じゃないですか。僕は自分が嫌になります。あなたに愛してもらい、嬉しく感じているのに、その反面いつだってこんなに優柔不断で……」
「馬鹿だな。それは前の彼氏には多少は妬くよ。俺だって人間だからね。だがそれとこれとは別だろう。人の死を悼み、何かをしてあげたいと思うことが罪なものか。俺はそこまで心が狭い人間ではないぞ」
宗吾さんに小さく叱られてしまい、我慢していた涙がとうとう零れてしまった。
「うっ……ごめんなさい」
「あっ馬鹿、泣くな。まるで俺が虐めたみたいだろう」
「うっ……宗吾さんが頼りになり過ぎて、僕……どうしたらいいのか」
「嬉しいことを言ってくれるな。瑞樹の言葉はいつも優しくて、俺はいつもハッとするよ。前の彼を恨んでもいいのに……その真逆でこんなに彼の気持ちにいつも寄り添えて……本当に瑞樹は……俺の心を優しくしてくれる人だ」
「うっ……うう」
「さぁもう泣くな。その……お香典や弔電のことは、正直俺にもどうしていいのか分からない。だが俺たちは今どこにいると思う? 」
「え? どういう意味ですか」
意図が分からず、宗吾さんの顔をじっと見つめてしまった。
「ここにはその道のプロがいるってことだよ。もしかしたら助言しえもらえるのでは」
「あっ……ここはお寺……」
「そうだ。翠さんや流さんに聞いてみたらどうだ? こういう時、君の立場で何が出来るか。何が一番相手が癒すことになるのか導いてもらえるかもしれないぞ」
「あっハイ!」
「ふっやっと瑞樹らしい返事が出たな」
宗吾さんが微笑んでくれたのにホッとした。それから僕も大きく深呼吸した。少し落ち着こう。
「ふぅ……僕、取り乱して恥ずかしいです」
「いや、可愛かったよ。困った顔もいいな。君は……」
愛おしそうに僕を見つめる宗吾さんの熱い視線に、さっきまでの冷え切った心が春の日差しを浴びたように解けていくのを感じた。
「俺は少しはまともなアドバイスを出来たかな? 」
「えぇ、宗吾さんはすごく頼りになります」
「じゃあ、お礼をもら えそうか」
「あの……?」
「君からのキスが欲しい」
「……はい」
甘く囁かれて、僕たちは東屋の陰でそっと唇を重ねた。
それは……優しい、そよ風のようなキスだった。
「あの……今から翠さん達に相談してみます。それで僕に出来そうなことがあったら、やってみてもいいですか」
「あぁ瑞樹が悔いのないようにするといい。俺も傍で見ているから安心しろ」
東屋に座っている僕の足元に宗吾さんが跪き、スマホを握りしめたまま茫然と膝の上に置いた手をギュッと力強く握ってくれた。
「手が冷たいな」
怪訝そうな顔で、今度は僕の横に座り肩を抱いて温めてくれた。
「もしかして……」
僕の額に手をあて、じっと熱がないか探ってくれる。
「良かった。熱はないな。昨日階段から落ちてどこか打ちどころが悪かったのか。気持ち悪いとか、頭痛はないか」
あれこれと真剣に心配してくれる様子に申し訳なさが募ってしまう。僕は静かに首を横に振った。
「もう……そんなに優しくしないで下さい。何だか申し訳ないです」
「何を言う? 好きな人を心配してはいけないのか」
「僕は本当は……そんな風にしてもらうのに値しない人間ですよ」
「瑞樹? もしかして電話で何か悪い知らせがあったのか。洋くんが心配していたぞ。電話がかかってきた後……様子が変になったと」
その時になって指先が白くなるほどスマホを握りしめていたことに気が付いた。僕は馬鹿だ。もう完全に別れた人に関わることで、こんなにも宗吾さんに心配をかけるなんて。
「すみません……少し散歩して、頭を冷やしてきます」
何をどう宗吾さんに話したらいいのか分からない。だから立ち去ろうとしたのに、宗吾さんが後ろから抱きしめてきた。
「なっ……離してください」
「瑞樹、意地を張るな。何度も話しているだろう。君の悩みを分けて欲しいと。それがたとえ前に付き合っていた奴に関わることでもだ」
「何で……それを」
「君が意地を張るのはいつもそこだろう? 俺もだいぶ分かってきたよ。さぁ俺に話して」
優しい。絶対的に僕に優しすぎるよ。
そんなに甘やかされては……僕はどうしたらいいのか分からなくなる。あなたに似合う人になりたいと願う反面で、相変わらず別れた一馬のことに心を揺さぶられているのだから。最低だ。
「瑞樹、一体何があった」
今度はクルっと躰を反転させられ、正面から宗吾さんと向き合う形にされた。肩を両手で掴まれ真顔で真剣な声で問われて……とうとう我慢出来ず、僕の悩みを吐き出してしまった。
「あ……アイツのお父さん……とうとう亡くなったそうで。この前危篤だって言っていて、どうしたか心配だったのに何も出来ず。さっき同級生から連絡が入って……お香典や弔電は各自の判断でと言われて……でも、僕みたいな立場の奴はどうしたらいいのか分からなくなってしまって途方に暮れていました。すみません。僕、また……あなた以外のことでこんなに取り乱して」
本当にこんな自分が嫌だ。でも……お父さんを亡くしたばかりの一馬の気持ちを思いやると、何か……もう縁もない別れた僕だけれども……僕に何かできないかと思ってしまう。
だってアイツは付き合っている頃、よくお父さんの話をしていたので、どうしても他人事に思えない。父親を亡くすって、寂しいことだ。いつも一馬のお父さんの話に僕の父さんの生前の姿を重ねて聞いていたから余計に辛い。
「そうか……それでこんなに落ち込んで悩んでいたんだな」
「宗吾さん、こんな僕嫌じゃないですか。僕は自分が嫌になります。あなたに愛してもらい、嬉しく感じているのに、その反面いつだってこんなに優柔不断で……」
「馬鹿だな。それは前の彼氏には多少は妬くよ。俺だって人間だからね。だがそれとこれとは別だろう。人の死を悼み、何かをしてあげたいと思うことが罪なものか。俺はそこまで心が狭い人間ではないぞ」
宗吾さんに小さく叱られてしまい、我慢していた涙がとうとう零れてしまった。
「うっ……ごめんなさい」
「あっ馬鹿、泣くな。まるで俺が虐めたみたいだろう」
「うっ……宗吾さんが頼りになり過ぎて、僕……どうしたらいいのか」
「嬉しいことを言ってくれるな。瑞樹の言葉はいつも優しくて、俺はいつもハッとするよ。前の彼を恨んでもいいのに……その真逆でこんなに彼の気持ちにいつも寄り添えて……本当に瑞樹は……俺の心を優しくしてくれる人だ」
「うっ……うう」
「さぁもう泣くな。その……お香典や弔電のことは、正直俺にもどうしていいのか分からない。だが俺たちは今どこにいると思う? 」
「え? どういう意味ですか」
意図が分からず、宗吾さんの顔をじっと見つめてしまった。
「ここにはその道のプロがいるってことだよ。もしかしたら助言しえもらえるのでは」
「あっ……ここはお寺……」
「そうだ。翠さんや流さんに聞いてみたらどうだ? こういう時、君の立場で何が出来るか。何が一番相手が癒すことになるのか導いてもらえるかもしれないぞ」
「あっハイ!」
「ふっやっと瑞樹らしい返事が出たな」
宗吾さんが微笑んでくれたのにホッとした。それから僕も大きく深呼吸した。少し落ち着こう。
「ふぅ……僕、取り乱して恥ずかしいです」
「いや、可愛かったよ。困った顔もいいな。君は……」
愛おしそうに僕を見つめる宗吾さんの熱い視線に、さっきまでの冷え切った心が春の日差しを浴びたように解けていくのを感じた。
「俺は少しはまともなアドバイスを出来たかな? 」
「えぇ、宗吾さんはすごく頼りになります」
「じゃあ、お礼をもら えそうか」
「あの……?」
「君からのキスが欲しい」
「……はい」
甘く囁かれて、僕たちは東屋の陰でそっと唇を重ねた。
それは……優しい、そよ風のようなキスだった。
「あの……今から翠さん達に相談してみます。それで僕に出来そうなことがあったら、やってみてもいいですか」
「あぁ瑞樹が悔いのないようにするといい。俺も傍で見ているから安心しろ」
15
お気に入りに追加
824
あなたにおすすめの小説
【完結】身売りした妖精姫は氷血公爵に溺愛される
鈴木かなえ
恋愛
第17回恋愛小説大賞にエントリーしています。
レティシア・マークスは、『妖精姫』と呼ばれる社交界随一の美少女だが、実際は亡くなった前妻の子として家族からは虐げられていて、過去に起きたある出来事により男嫌いになってしまっていた。
社交界デビューしたレティシアは、家族から逃げるために条件にあう男を必死で探していた。
そんな時に目についたのが、女嫌いで有名な『氷血公爵』ことテオドール・エデルマン公爵だった。
レティシアは、自分自身と生まれた時から一緒にいるメイドと護衛を救うため、テオドールに決死の覚悟で取引をもちかける。
R18シーンがある場合、サブタイトルに※がつけてあります。
ムーンライトで公開してあるものを、少しずつ改稿しながら投稿していきます。
婚約者を追いかけるのはやめました
カレイ
恋愛
公爵令嬢クレアは婚約者に振り向いて欲しかった。だから頑張って可愛くなれるように努力した。
しかし、きつい縦巻きロール、ゴリゴリに巻いた髪、匂いの強い香水、婚約者に愛されたいがためにやったことは、全て侍女たちが嘘をついてクロアにやらせていることだった。
でも前世の記憶を取り戻した今は違う。髪もメイクもそのままで十分。今さら手のひら返しをしてきた婚約者にももう興味ありません。
王子が何かにつけて絡んできますが、目立ちたく無いので私には構わないでください
Rila
恋愛
■ストーリー■
幼い頃の記憶が一切なく、自分の名前すら憶えていなかった。
傷だらけで倒れている所を助けてくれたのは平民出身の優しい夫婦だった。
そして名前が無いので『シンリー』と名付けられ、本当の娘の様に育ててくれた。
それから10年後。
魔力を持っていることから魔法学園に通う事になる。魔法学園を無事卒業出来れば良い就職先に就くことが出来るからだ。今まで本当の娘の様に育ててくれた両親に恩返しがしたかった。
そして魔法学園で、どこかで会ったような懐かしい雰囲気を持つルカルドと出会う。
***補足説明***
R18です。ご注意ください。(R18部分には※/今回は後半までありません)
基本的に前戯~本番に※(軽いスキンシップ・キスには入れてません)
後半の最後にざまぁ要素が少しあります。
主人公が記憶喪失の話です。
主人公の素性は後に明らかになっていきます。
茶番には付き合っていられません
わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。
婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。
これではまるで私の方が邪魔者だ。
苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。
どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。
彼が何をしたいのかさっぱり分からない。
もうこんな茶番に付き合っていられない。
そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。
いらないと言ったのはあなたの方なのに
水谷繭
恋愛
精霊師の名門に生まれたにも関わらず、精霊を操ることが出来ずに冷遇されていたセラフィーナ。
セラフィーナは、生家から救い出して王宮に連れてきてくれた婚約者のエリオット王子に深く感謝していた。
エリオットに尽くすセラフィーナだが、関係は歪つなままで、セラよりも能力の高いアメリアが現れると完全に捨て置かれるようになる。
ある日、エリオットにお前がいるせいでアメリアと婚約できないと言われたセラは、二人のために自分は死んだことにして隣国へ逃げようと思いつく。
しかし、セラがいなくなればいいと言っていたはずのエリオットは、実際にセラが消えると血相を変えて探しに来て……。
◆表紙画像はGirly drop様からお借りしました🍬
◇いいね、エールありがとうございます!
【完結】俺が一目惚れをした人は、血の繋がった父親でした。
モカ
BL
俺の倍はある背丈。
陽に照らされて艶めく漆黒の髪。
そして、漆黒の奥で煌めく黄金の瞳。
一目惚れだった。
初めて感じる恋の胸の高鳴りに浮ついた気持ちになったのは一瞬。
「初めまして、テオン。私は、テオドール・インフェアディア。君の父親だ」
その人が告げた事実に、母親が死んだと聞いた時よりも衝撃を受けて、絶望した。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる