上 下
69 / 1,727
発展編

原っぱピクニック 3

しおりを挟む
 ピクニックをする場所に瑞樹が泣いていた公園を選んだのには、理由がある。

 瑞樹にとってはまだ悲しい思い出が留まる場所かもしれないが、俺たち親子との大切な出会いの場所でもある。だから楽しい一日をここで過ごすことで、俺の手でいい思い出に塗り替えてやりたい。

「あっこの公園って……僕がここに来るのは、あれ以来です」

「そうか」

「あれからまだ一カ月も経っていないなんて、なんだか不思議な気持ちです」

 瑞樹は、あの日蹲って泣いた滑り台横の原っぱの辺りを静かに見つめていた。そこは日曜日の公園に不釣り合いな真っ黒な礼服姿で、上質な服が汚れることも構わぬ様子で泣きじゃくっていた瑞樹のことを、俺が見つけた場所でもある。

 目を閉じると今でもあの日の光景が蘇るよ。バス停で密かに見守っていた幸せそうな彼が激しく泣く姿に胸を打たれた。

「実は……あんなに泣いたのは久しぶりだったんです。ずっと泣かない方だったから」

「そうか、君が我慢強いのは知っているよ。でもそのお陰で俺たちは出逢った」

「はい……あの日あのタイミングで声を掛けてもらえてよかったです。僕がひとりで家に戻れたのも翌日ちゃんと会社に行けたのも、全部シロツメグサの指輪と滝沢さんの話のお陰です。四葉のクローバーの生まれた意味と『幸せな復讐』の話がとても印象的でした」

 瑞樹の心を捉える話題を自然にしていたと思うと、嬉しくなる。広告代理店で培った雑学の知識に感謝だ!

「おぉそうか、そう言ってもらえると嬉しいよ」

「ねぇねぇ~パパたちいつまでお話してるの?お兄ちゃんにまたシロツメグサのゆびわをつくってあげる!まだあっちにたくさん咲いているみたい」

 二人で話していると、芽生がグイグイと瑞樹の細腕を引っ張った。

「いいよ!でも作り方が分からないから、教えてくれるかな」

「うん!もちろん!」

 芽生は瑞樹に頼られて嬉しそうに、自信に満ちたいい表情を浮かべていた。

 誰かに頼られるというのは、自分の自信にも繋がるものだな。

 俺と玲子の言い争いを怯えた目で見ていた芽生は、もうここにはいない。玲子と芽生の母子関係は悪くなかった。仲が良かったのに……全部俺が駄目にした。

 それにしても瑞樹はやっぱりいい子だ。

 いつも芽生の目線まで降りて相手をしてくれる。確か瑞樹にも年の離れた弟がいると言っていたな。きっとその弟ともこんな感じで成長してきたのだろうな。瑞樹の優しくおおらかな兄と接したばかりなので、きっと瑞樹は弟のことも溺愛しているだろうと勝手に思ってしまった。

「さぁ昼食の準備をするから、少しふたりで遊んでくるといい」

「うん!パパ、いってきます」

「滝沢さん……あの、僕も準備手伝います」

「いや芽生と沢山遊んでもらえると嬉しいよ。出来たら呼ぶから」

「あっはい!分かりました」

 ペコっと律儀にお辞儀をし、芽生の元に走っていく瑞樹の軽やかな後ろ姿を見送った。

 ふぅ……芽生はいいな。

 偉そうに父親面したことを少し後悔していた。瑞樹が息子と遊んでくれるのはもちろん嬉しい。だが俺も早く瑞樹に触れたくなってしまう。これは小さい子どもがお気に入りのおもちゃを取られたような心境だなと苦笑してしまう。こんな白昼堂々そんな不埒な煩悩に支配されている自分が情けないが。

「まぁ……まずは腹ごしらえだよな」

 滑り台を見下ろす小高い丘の上の木陰にレジャーシートを引いた。それから弁当を並べていく。カニのウインナー、作り過ぎたか。卵焼きに唐揚げも沢山作った。おにぎりも握ったぞ。もしかしたら俺は結構器用な方かもしれないぞ。こんな技を短期間でマスターしたのだから。

 ピクニックにあたりメニューに迷ったが、瑞樹はこういう素朴なものが案外好きな気がした。今日は車で来たから飲めないのが残念だな。瑞樹は結構イケる口のようで、沢山飲ませたら色っぽくなりそうだな。おっと脱線する前に飯だ!飯!

「おーい、準備出来たぞ。手を洗って戻って来い」

「分かりました!」

 瑞樹は手を軽く振り、そのまま芽生の手を引いて手洗い場まで連れて行ってくれた。そんなよく目にする日常的な優しい光景にほっこりした。

 俺は……玲子と離婚するまで公園遊びに付き合ったことがなかったな。

 いつも仕事優先で偉そうな態度の俺に、玲子が早々に愛想をつかしたのも無理はない。最後に玲子から浴びた蔑みの冷たい言葉はしこりとなって心の奥に残っている。だが俺の手元に残された素直で可愛い芽生を見ていると、玲子もあの日までは愛情を注いで芽生を育ててくれたことが分かる。だから憎いけれども……憎みきれない相手だ。

 玲子と今度会ったら……どんな顔をしたらいいのか分からない。

****

「お兄ちゃんといると、すごく楽しい」

「嬉しいことを言ってくれるね。僕も楽しいよ」

「あのね……メイすこしさみしかった」

「どうして?」

「……うーん、パパにいわないでね」

「言わないよ。話してごらん」

「……ママがいなくなっちゃったから」

 胸の奥がズキッとした。まだ四歳の芽生くんが、お母さんを思慕するのはごく自然な感情だ。

「そうか……うん、さみしいよね。すごく分かるよ」

「でもね、お兄ちゃんといるとママといっしょの時みたいに、ぽかぽかになるんよ」

「そうなの?」

 芽生くんの本当のママ代わりは男の僕には無理だけど、温かい気持ちになってくれるのは嬉しい。僕がここにいてもいいと認めてもらっているようでホッとする。

 僕には『母』が二人いる。

 一人はもう今生では二度と会えない所にいる母。

 もう一人は函館でいつも僕のことを心配してくれる母。

 どちらの『母』も大切な存在だ。

 滝沢さんと奥さんの間に何があったのか、どうして離婚することになったのか……詳しいことはまだ何も聞いていない。それはまだ僕が兄のことを実の兄でないと話せないのと一緒だ。弟のことも……滝沢さんに話している弟とは、たった四年しか生きられなかった実弟のことだとも話せないでいた。

 母について考えることの多かった僕だから……芽生くんが幼心に母を慕う気持ちは理解できた。

「またきっと会える日が来るよ。お母さんは元気なのだから……今は離れていても、メイくんのことをちゃんと考えてくれているよ」

「そうかな~そうだとうれしいなぁ」

 なんだか……芽生くんと話していると、腹を痛めた子供でもないのに、他の兄弟と同じように僕を存分に愛してくれた函館の母に無性に会いたくなってしまった。

 

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

婚約者の浮気相手が子を授かったので

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。 ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。 アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。 ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。 自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。 しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。 彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。 ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。 まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。 ※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。 ※完結しました

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

処理中です...