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発展編
分かり合えること 5
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兄さんの胸元で、こんなに泣くなんて……
引き取られた当初はよく泣いたけれども、本当に久しぶりで自分でも驚いてしまった。でも一度溢れ出した涙はずっと堪えた分もあり、なかなか止まってくれない。
「あーよしよし。全くこれじゃ……瑞樹は小さな子供みたいだなぁ」
「兄さん……うっ……うぅ」
兄さんと血は繋がっていないが、確かな家族の温もりが僕を温めてくれた。
これまで潤との間にあったこと、されたこと……誰にも言えなかったが、察してもらえただけで嬉しかった。もうそれだけも僕には有難すぎるんだ。
交通事故で独り生き残ってしまった罪悪感から、自ら消してしまいたかった命を繋いでくれた僕の大切な二番目の家族だよ、広樹兄さんと母さんは。
温かい広い胸に顔を押し付けて、シクシクと泣き続けてしまった。
いい年のもう社会人の男なのに……まるで小さな子供のように、涙は次から次からと僕を濡らした。
****
「瑞樹……もしかして寝ちゃったのか」
弟の薄い肩を抱き寄せ、ベッドに寝かせ布団をかけてやると、安定した寝息が聞こえてきたのでほっとした。
良かった。落ち着いたようだな。きっと感情を高ぶらせ一気に泣いたせいで、どっと疲れが出たのだろう。そのまま瞼を閉じて眠ってしまった。
引き取られた時から顔立ちだけでなく中身の心も綺麗な弟だった。だがその分成長と共に何かと心配事が多かったのは事実だ。楚々とした美しさを持つ瑞樹を一人にして置くのが、危なっかしいとさえ思う時期もあった。
そんなお前が突然東京に行くなんて言い出して、母さんも俺もショックだった。しかも上京したきり、ろくに帰省もしなくて寂しかったぞ。だがごめんな。俺も母さんもあの頃は家計が苦しく東京に行く余裕がなくて、ただの一度もお前の様子を見に行けなかったことを、今となっては後悔している。
結局、潤との間に何があったかは教えてもらえなかったな。
しばらく高校時代の瑞樹の様子を思い浮かべてみた。記憶が朧気で……なんとも言えないが、ずっと俺より十歳下の弟の潤の面倒を瑞樹に頼んでいた。瑞樹の方が歳も近いし仲良くやっていると思ったのに……何かがひっかかる。まさかな……そんな馬鹿なことがあっては絶対に駄目だ。
俺たち三兄弟だろう?母さんが自慢するような……だがそんな俺の思い込みが、一人だけ血がつながらない瑞樹を追い詰めていたのかもしれないと、今日になってようやく悟った。
駅から離れているが大都会のマンションの一室で、どんな事情があったか知らないが……同居人が去った半分空き家のアンバランスな空間で……瑞樹はひとりで泣いていたんじゃないか。何も知らず呑気にやっていた自分が恥ずかしくなるな。
「う……ん……」
口を半開きにして甘い吐息を漏らす弟の端正な顔を見つめていたら、こんなガサツな大男の俺が隣で眠るのは何だか申し訳なくなって……結局寝袋に潜って眠った。
****
「滝沢さんおはよう。また仕事一緒だね。今日もよろしく!」
「ええ、林さんとの仕事はやりやすいから助かるよ」
朝からスタジオでカメラマンの林さんと会うと、彼は鼻歌を歌いながら撮影の準備をしていた。へぇ……なんだか随分と上機嫌だな。
「何かいいことでもあったのか。恋人と」
周りに誰もいないので、俺の方も軽口を叩いた。
「まぁね。いやぁあいつ沖縄にロケの仕事で十日間もいなかったからさ、昨晩、空港まで迎えに行ってやったら、口ではそっけないけどすごく喜んじゃって、昨日の夜はベッドでサービス良かったんだ。おっと……すまん。下世話な話だったな」
「いや……林さんの相手は確かモデル上がりの子だったよな。彼がモデルをしていた頃のこと覚えているよ。そんな下働きを出来る子には見えなかったのに、人って分からないものだな」
「あーそう言えば、おっとこれは余計なことかな」
「何を?」
「ほらっこの前結婚式場で新郎になる人だと間違えた清楚な男性がいたの覚えているか」
当たり前だ。それは俺の瑞樹のことだろう。
でも何で今頃その話を?しかも何で林さんの口から聞かないといけないのかと不満に思い、不機嫌な口調で返してしまった。
「彼がどうか?」
「いやぁ……あの彼ってフラワーデザイナーだったよな。やっぱり芸術家ってコッチ系が多いのかなぁ」
「え?何でそれを」
なんで瑞樹が男に抱かれる側の人間だってことがバレてんだ!?
瑞樹は清楚で上品な外見なので、あの場で女の子と並んでいる姿はまさに理想の王子様のようだったし、一見して分かるはずはない。現にこの道に卓越している林さんだって、あの時は気が付かなかったのに……何で今更。
「いやぁ、彼が空港でラブシーンかっ飛ばしてくれたからさぁ」
「はっ?空港って?ラッラブシーン?」
一体何のことだか、分からない。なんで瑞樹が空港にいたんだ?しかもラブシーンってなんだよ。
「彼さ、空港で大柄でタフな男にギュッと抱きしめられていたよ。それでさー嬉しそうに頬を寄せ合って、なんかすごく可愛かったよ。クスクス笑い合ってたし。俺の恋人と一緒にその様子を一部始終微笑ましく見守ったんだよ。人は見かけによらないな。いや……彼ならありか。俺だって彼のように清楚で可愛い子なら堕としてみたくなるよ」
「いっいい加減にしてくださいよ!何だそれ……さぁもう仕事に」
明らかに俺は動揺していた。手が震えていたかもしれない。林さんは直接瑞樹に会ったばかりだし、カメラマンの目で見間違いするはずない。でも何で瑞樹が空港で男と抱き合っていたのかが、分からない。理解できなかった。
ついこの前俺と車中で熱いキスをしたばかりだ。
あの時の君の気持ちに偽りなんてあるはずないのに……
ガラガラと崩れそうになる信頼、親愛……それを保つのに必死になった。
引き取られた当初はよく泣いたけれども、本当に久しぶりで自分でも驚いてしまった。でも一度溢れ出した涙はずっと堪えた分もあり、なかなか止まってくれない。
「あーよしよし。全くこれじゃ……瑞樹は小さな子供みたいだなぁ」
「兄さん……うっ……うぅ」
兄さんと血は繋がっていないが、確かな家族の温もりが僕を温めてくれた。
これまで潤との間にあったこと、されたこと……誰にも言えなかったが、察してもらえただけで嬉しかった。もうそれだけも僕には有難すぎるんだ。
交通事故で独り生き残ってしまった罪悪感から、自ら消してしまいたかった命を繋いでくれた僕の大切な二番目の家族だよ、広樹兄さんと母さんは。
温かい広い胸に顔を押し付けて、シクシクと泣き続けてしまった。
いい年のもう社会人の男なのに……まるで小さな子供のように、涙は次から次からと僕を濡らした。
****
「瑞樹……もしかして寝ちゃったのか」
弟の薄い肩を抱き寄せ、ベッドに寝かせ布団をかけてやると、安定した寝息が聞こえてきたのでほっとした。
良かった。落ち着いたようだな。きっと感情を高ぶらせ一気に泣いたせいで、どっと疲れが出たのだろう。そのまま瞼を閉じて眠ってしまった。
引き取られた時から顔立ちだけでなく中身の心も綺麗な弟だった。だがその分成長と共に何かと心配事が多かったのは事実だ。楚々とした美しさを持つ瑞樹を一人にして置くのが、危なっかしいとさえ思う時期もあった。
そんなお前が突然東京に行くなんて言い出して、母さんも俺もショックだった。しかも上京したきり、ろくに帰省もしなくて寂しかったぞ。だがごめんな。俺も母さんもあの頃は家計が苦しく東京に行く余裕がなくて、ただの一度もお前の様子を見に行けなかったことを、今となっては後悔している。
結局、潤との間に何があったかは教えてもらえなかったな。
しばらく高校時代の瑞樹の様子を思い浮かべてみた。記憶が朧気で……なんとも言えないが、ずっと俺より十歳下の弟の潤の面倒を瑞樹に頼んでいた。瑞樹の方が歳も近いし仲良くやっていると思ったのに……何かがひっかかる。まさかな……そんな馬鹿なことがあっては絶対に駄目だ。
俺たち三兄弟だろう?母さんが自慢するような……だがそんな俺の思い込みが、一人だけ血がつながらない瑞樹を追い詰めていたのかもしれないと、今日になってようやく悟った。
駅から離れているが大都会のマンションの一室で、どんな事情があったか知らないが……同居人が去った半分空き家のアンバランスな空間で……瑞樹はひとりで泣いていたんじゃないか。何も知らず呑気にやっていた自分が恥ずかしくなるな。
「う……ん……」
口を半開きにして甘い吐息を漏らす弟の端正な顔を見つめていたら、こんなガサツな大男の俺が隣で眠るのは何だか申し訳なくなって……結局寝袋に潜って眠った。
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「滝沢さんおはよう。また仕事一緒だね。今日もよろしく!」
「ええ、林さんとの仕事はやりやすいから助かるよ」
朝からスタジオでカメラマンの林さんと会うと、彼は鼻歌を歌いながら撮影の準備をしていた。へぇ……なんだか随分と上機嫌だな。
「何かいいことでもあったのか。恋人と」
周りに誰もいないので、俺の方も軽口を叩いた。
「まぁね。いやぁあいつ沖縄にロケの仕事で十日間もいなかったからさ、昨晩、空港まで迎えに行ってやったら、口ではそっけないけどすごく喜んじゃって、昨日の夜はベッドでサービス良かったんだ。おっと……すまん。下世話な話だったな」
「いや……林さんの相手は確かモデル上がりの子だったよな。彼がモデルをしていた頃のこと覚えているよ。そんな下働きを出来る子には見えなかったのに、人って分からないものだな」
「あーそう言えば、おっとこれは余計なことかな」
「何を?」
「ほらっこの前結婚式場で新郎になる人だと間違えた清楚な男性がいたの覚えているか」
当たり前だ。それは俺の瑞樹のことだろう。
でも何で今頃その話を?しかも何で林さんの口から聞かないといけないのかと不満に思い、不機嫌な口調で返してしまった。
「彼がどうか?」
「いやぁ……あの彼ってフラワーデザイナーだったよな。やっぱり芸術家ってコッチ系が多いのかなぁ」
「え?何でそれを」
なんで瑞樹が男に抱かれる側の人間だってことがバレてんだ!?
瑞樹は清楚で上品な外見なので、あの場で女の子と並んでいる姿はまさに理想の王子様のようだったし、一見して分かるはずはない。現にこの道に卓越している林さんだって、あの時は気が付かなかったのに……何で今更。
「いやぁ、彼が空港でラブシーンかっ飛ばしてくれたからさぁ」
「はっ?空港って?ラッラブシーン?」
一体何のことだか、分からない。なんで瑞樹が空港にいたんだ?しかもラブシーンってなんだよ。
「彼さ、空港で大柄でタフな男にギュッと抱きしめられていたよ。それでさー嬉しそうに頬を寄せ合って、なんかすごく可愛かったよ。クスクス笑い合ってたし。俺の恋人と一緒にその様子を一部始終微笑ましく見守ったんだよ。人は見かけによらないな。いや……彼ならありか。俺だって彼のように清楚で可愛い子なら堕としてみたくなるよ」
「いっいい加減にしてくださいよ!何だそれ……さぁもう仕事に」
明らかに俺は動揺していた。手が震えていたかもしれない。林さんは直接瑞樹に会ったばかりだし、カメラマンの目で見間違いするはずない。でも何で瑞樹が空港で男と抱き合っていたのかが、分からない。理解できなかった。
ついこの前俺と車中で熱いキスをしたばかりだ。
あの時の君の気持ちに偽りなんてあるはずないのに……
ガラガラと崩れそうになる信頼、親愛……それを保つのに必死になった。
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