重なる月

志生帆 海

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17章

月光の岬、光の矢 52

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「では、キャンドルグラスのお色をお選び下さい」
「はい、そうですね……」

 目の前に開かれた分厚いカタログには、明るい色からくすんだ色、静かな色、様々なテイストのグラスの写真が並んでいた。

 流石『RーGray』社だ。
 
 有名な英国のスキンケアブランドのオーナーが、この二人だなんて驚いた。

 俺と丈もメンズスキンケアシリーズが気に入って、愛用している。

 そんな有名な会社が、俺たちだけの香りを作ってくれるなんて、夢のようだ。

 俺が母のルーツを辿らなかったら、祖母と和解することを諦めていたら、この縁には巡り逢えなかった。

 世の中には不思議な縁があるものだ。

「あ……これだ。これです」

 色の洪水から、迷わず探し出したのは、夜空の青。

「あぁ、これはUltramarine Blueですね」
「ウルトラマリンブルー?」
「はい、ウルトラマリンブルーは濃い紫がかった青で、鉱物のラピスラズリから生まれた色です。原料のラピスラズリがヨーロッパでは産出しないため、海外から輸入していたことから『海を超えた』を意味するウルトラマリンという名前がつけられたのですよ」

 海を越えた色か。

 丈の診療所は、目の前に海が広がっている、

 どこまでも続く広い海を見ていると、俺はいつもこう思う。

 時代を超えて、海を越えて、俺たちの記憶はここに集まったのだと。

 そっと心臓の上に手を置くと、規則正しい鼓動を感じた。

 開業したら……

 俺たちは夜な夜な、海の上に浮かぶ月を眺める。

 そんな世界をキャンドルに込めてみたい。

「これにします」
「了解致しました。ラベルは何色にされますか」
「ラベルはこの色でお願いします」

 ボトルの色が決まれば、具体的にイメージが湧いてきた。

「月白色ですね」
「はい、海と月のイメージで仕上げていただけますか」
「洋さんと丈さんの雰囲気にぴったりですね。洋さんは月の王子様のようですから」

 アーサーさんと瑠衣さんの言葉は誠実なので、俺も素直に受け止められる。

 普段この手の褒め言葉は苦手なのに、今日は違った。

「ありがとうございます。アーサーさんと瑠衣さんは、薔薇の王様と王子様のようです」
「へぇ、洋くんは気が利いているな。その通り、俺の瑠衣は『Rose』だ。永遠に俺のRoseだ」
 
 アーサーさんの力強い発言に、『The Rose』という洋楽を思い出した。

 曲の内容は「愛」で、一途に溺れる「愛」もあれば、じっと耐える「愛」もあると歌っていた。

 お二人の愛は、耐える愛だったのでは?

 この二人の道のりも決して平坦ではなかったはずだ。

 俺だけではない。

 波瀾万丈の人生を送ったのは、俺以外にも沢山いる。

 何度も困難や挫折に立ち向かうことで、強く成長出来たのだ。

「ちょっとアーサー、お客様の前で何を言うんだ」
「瑠衣、そう怒るなって。洋くんはお客様ではあるが、白江さんのお孫さんで……俺たちの友だろう?」
「友?」

 思わず聞き返してしまった。

「そうだよ。俺たちは由比ヶ浜のお隣さんともっと仲良くなりたいと思っているが、こんな年寄りでは駄目か」

 アーサーさんがウインクする。

 艶やかな笑顔と共に――

「嬉しいです。アーサーさんと瑠衣さんは俺の憧れです。あなたたちのように年を重ねたい……」

 対人恐怖症だった俺が……こんなに柔らかく言葉をキャッチボールできるようになったのは、丈と出逢ってから交流した人のおかげだ。

 そこにおばあ様がやってきた。

「洋ちゃん、とっても楽しそうね。おばあちゃまも入れて頂戴」
「おばあ様、ありがとうございます。俺に香りを贈って下さって」
「洋ちゃんは大切なお孫ちゃんだもの。何かしてあげたくなるのは当たり前でしょう」

 こんなにも愛されて……

 母の分も愛されて……

 母を恨みたくなったこともあったが、今は感謝しかない。
 
 ありがとう、母さん。

 俺に幸せを残してくれて。

「あの……診療所の開業を記念してパーティーを予定しています。おばあ様、アーサーさんと瑠衣さん、是非いらして下さい」
「是非喜んで」
「もちろんよ。お誘いを待っていたわ」
「楽しみだな。お隣さん」


 丈に、この成果を一刻も早く伝えたくなった。

 俺一人で、ここまで出来た。

 お前が授けてくれた勇気のおかげだ。


 


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