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16章
天つ風 34
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「もぐもぐ、もぐもぐ、もぐもぐ」
ふぅ、これが最後の1個ですね。
やった! おはぎもお饅頭も完食です!
あんこでエネルギーをしっかりチャージしましたよ。
「さてとお勤めの時間ですよ」
お腹をさすりながら箒を持って外に出ると、だいぶ日が傾いていました。
そろそろお戻りになる頃ですね。
月影寺は、今日も満月のように満ちていますよ。
翠さんが張り巡らせた結界は、留守の間もびくともせずに無事です。
僕も気を張って、精一杯お守りしています。
夕焼けが月影寺の庭を染めあげていく様子に、思わず目を細めてしまいました。
今日も、穏やかな1日でした。
ご住職さま、流さん、洋さん、体育祭は楽しかったですか。
薙くんはどんな競技に出られたのでしょう?
きっと大活躍だったでしょうね。
応援団の学ラン、似合っていましたよね。
僕も中学生の時、体育祭は好きでした。
毎年、パン食い競争が楽しみで……
あぁ、体育祭でかぶりついたあんパンは美味しかったです。
また食べたいです。
自分の力で得たからなのか、輝いて見えました。
でも中学三年生の時に、つい欲張って勝手に2周目を走ってしまい先生にこっぴどく叱られ、同級生からは白い目で見られました。
あの頃から僕は少し風変わりな人間だと認識されて、先生とクラスメイトとの間に深い溝が出来てしまいました。
(小森風太って、人と違って変な奴、危ない奴)
そんな風に周囲から囁かれるようになり、とても寂しかったです。
僕は人の心に敏感なので辛かったです。
(ここではないどこかへ行けばいい。僕がそうしたように)
そんな不思議な声は聞こえたのは、その時でした。
あの頃ずっと浴びていた蔑むような視線は、ここでは全く感じません。
月影寺は本当に良い場所です。
僕にとっては極楽浄土のような場所です。
だから僕はこのお寺のお役に立ちたいです。
もっともっと――
お留守番以外にも出来ることがあるといいのですが。
小森風太ももう二十歳を超えました。
恋人もいる大人です(たぶん)
もっと頼って欲しいです。
黙々と庭掃除をしていると、辺りが暗くなってきました。
「あれれ? 夜になってしまいますよ。流石に遅いですね。少し心配ですよ」
すると急勾配の迂回路を使って、一台のタクシーが上がってきました。
こんな時間に、母屋に乗り付けるなんて、一体どなたでしょう?
タクシーから降りてきたのは、翠さん、流さん、そして……
「おぅ、小森はいるか」
「はい。ここです」
ちらりと見ると、薙くんの右足首に白いギブスが!
「ほら、薙、抱っこしてやる」
流さんが薙くんを横抱きにしようとすると、薙くんは照れまくっていました。
「いっ、いいよ。一人で歩けるって、松葉杖あるし」
「まだ慣れてないだろう。我が家は段差が多いから無理はするな。それに今、転んだらもっと大変なことになる」
「そうだよ、薙、流にだっこしてもらおう。ねっ」
ご住職さまが、まるで小さな子供に接するように優しく諭しています。
「……はずっ、お……おんぶがいい」
「ははっ、お年頃だもんな。そうか、そうか、じゃあほら背中に乗れ」
「ごめん、流さん」
「いちいち謝るな」
「うん」
流さんの広い背中に薙くんはおんぶされ、ご住職さまは両手に荷物を持ってタクシーを見送っていました。
僕はハラハラとその様子を見守ります。
「小森、悪いが、居間まで誘導してくれ」
「あ、はい! 僕は何をしたらいいでしょうか」
「先に歩いて扉を開けてくれるか」
「はい!」
「薙はリレーで転んで骨折しちまったんだ。小森にも世話になる」
「そうだったのですね。僕でよければ薙くんの足となります」
「ありがとう」
どうやら僕にも『役目』があるようです。
もう見ているだけではなく、僕もみんなの輪の中に入っていいのですね。
荷物を部屋に運んだご住職さまが、ニコニコと僕の頭を撫でて下さいました。
「小森くん、お留守番をありがとう。帰宅がこんな事情があったので遅くなってしまって悪かったね。さぁこれを、お留守番のご褒美だよ」
「わぁぁぁ」
「これね、病院の売店で売っていたんだ。体育祭のお土産っぽいかな?」
ご住職さまは、僕をどこまでも甘やかして下さいます。
僕の手に平に置かれたのは、ビニールの袋に入ったあんパンでした。
「ご住職さまぁ、大好きです」
「可愛いねぇ、君は月影寺の秘蔵っ子だよ」
僕は、今……大事に、大事にされています。
「あんこばかり食べていても?」
「それが君の個性だよ、何か不都合でも?」
「い、いえ」
僕は、にっこりと微笑みました。
「あの……薙くんのお世話、僕にもさせて下さい」
「うん、頼りにしているよ、よろしく頼む」
「はい!」
自然と笑顔が溢れます。
ふぅ、これが最後の1個ですね。
やった! おはぎもお饅頭も完食です!
あんこでエネルギーをしっかりチャージしましたよ。
「さてとお勤めの時間ですよ」
お腹をさすりながら箒を持って外に出ると、だいぶ日が傾いていました。
そろそろお戻りになる頃ですね。
月影寺は、今日も満月のように満ちていますよ。
翠さんが張り巡らせた結界は、留守の間もびくともせずに無事です。
僕も気を張って、精一杯お守りしています。
夕焼けが月影寺の庭を染めあげていく様子に、思わず目を細めてしまいました。
今日も、穏やかな1日でした。
ご住職さま、流さん、洋さん、体育祭は楽しかったですか。
薙くんはどんな競技に出られたのでしょう?
きっと大活躍だったでしょうね。
応援団の学ラン、似合っていましたよね。
僕も中学生の時、体育祭は好きでした。
毎年、パン食い競争が楽しみで……
あぁ、体育祭でかぶりついたあんパンは美味しかったです。
また食べたいです。
自分の力で得たからなのか、輝いて見えました。
でも中学三年生の時に、つい欲張って勝手に2周目を走ってしまい先生にこっぴどく叱られ、同級生からは白い目で見られました。
あの頃から僕は少し風変わりな人間だと認識されて、先生とクラスメイトとの間に深い溝が出来てしまいました。
(小森風太って、人と違って変な奴、危ない奴)
そんな風に周囲から囁かれるようになり、とても寂しかったです。
僕は人の心に敏感なので辛かったです。
(ここではないどこかへ行けばいい。僕がそうしたように)
そんな不思議な声は聞こえたのは、その時でした。
あの頃ずっと浴びていた蔑むような視線は、ここでは全く感じません。
月影寺は本当に良い場所です。
僕にとっては極楽浄土のような場所です。
だから僕はこのお寺のお役に立ちたいです。
もっともっと――
お留守番以外にも出来ることがあるといいのですが。
小森風太ももう二十歳を超えました。
恋人もいる大人です(たぶん)
もっと頼って欲しいです。
黙々と庭掃除をしていると、辺りが暗くなってきました。
「あれれ? 夜になってしまいますよ。流石に遅いですね。少し心配ですよ」
すると急勾配の迂回路を使って、一台のタクシーが上がってきました。
こんな時間に、母屋に乗り付けるなんて、一体どなたでしょう?
タクシーから降りてきたのは、翠さん、流さん、そして……
「おぅ、小森はいるか」
「はい。ここです」
ちらりと見ると、薙くんの右足首に白いギブスが!
「ほら、薙、抱っこしてやる」
流さんが薙くんを横抱きにしようとすると、薙くんは照れまくっていました。
「いっ、いいよ。一人で歩けるって、松葉杖あるし」
「まだ慣れてないだろう。我が家は段差が多いから無理はするな。それに今、転んだらもっと大変なことになる」
「そうだよ、薙、流にだっこしてもらおう。ねっ」
ご住職さまが、まるで小さな子供に接するように優しく諭しています。
「……はずっ、お……おんぶがいい」
「ははっ、お年頃だもんな。そうか、そうか、じゃあほら背中に乗れ」
「ごめん、流さん」
「いちいち謝るな」
「うん」
流さんの広い背中に薙くんはおんぶされ、ご住職さまは両手に荷物を持ってタクシーを見送っていました。
僕はハラハラとその様子を見守ります。
「小森、悪いが、居間まで誘導してくれ」
「あ、はい! 僕は何をしたらいいでしょうか」
「先に歩いて扉を開けてくれるか」
「はい!」
「薙はリレーで転んで骨折しちまったんだ。小森にも世話になる」
「そうだったのですね。僕でよければ薙くんの足となります」
「ありがとう」
どうやら僕にも『役目』があるようです。
もう見ているだけではなく、僕もみんなの輪の中に入っていいのですね。
荷物を部屋に運んだご住職さまが、ニコニコと僕の頭を撫でて下さいました。
「小森くん、お留守番をありがとう。帰宅がこんな事情があったので遅くなってしまって悪かったね。さぁこれを、お留守番のご褒美だよ」
「わぁぁぁ」
「これね、病院の売店で売っていたんだ。体育祭のお土産っぽいかな?」
ご住職さまは、僕をどこまでも甘やかして下さいます。
僕の手に平に置かれたのは、ビニールの袋に入ったあんパンでした。
「ご住職さまぁ、大好きです」
「可愛いねぇ、君は月影寺の秘蔵っ子だよ」
僕は、今……大事に、大事にされています。
「あんこばかり食べていても?」
「それが君の個性だよ、何か不都合でも?」
「い、いえ」
僕は、にっこりと微笑みました。
「あの……薙くんのお世話、僕にもさせて下さい」
「うん、頼りにしているよ、よろしく頼む」
「はい!」
自然と笑顔が溢れます。
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