重なる月

志生帆 海

文字の大きさ
上 下
1,512 / 1,657
16章

翠雨の後 45

しおりを挟む
 そろそろ眠ろうと布団を捲ると、真っ白な雑巾が出て来た。

「あれ? あっ、そういえば昨日……」

 流さんが「薙、ここに置いておくぞ」って言っていたな。

 あれって、学校に持っていく雑巾のことだったのか。

 オレ、ちゃんと見てなくて、てっきりまだ準備してないと父さんに甘えちゃったな。

 でも、まぁいいか。

 流さんは今宵はアトリエに籠って衣装作りに励んでいて、父さん少し寂しそうだったから。

 結果的に『親孝行』出来たのか。

 父さんと流さん、二人は恋人だ。

 どうして、こんな異例な関係をすんなり受け入れられるのか分からないが、オレは驚くほど自然に受け入れていた。

 あの事件がなかったら、この境地にはならなかっただろう。

 あの日、身体を張ってオレを守ってくれた父さん。

 父さんには絶対に幸せになって欲しいんだ。

 オレは……あの時はまだ子供で全然役に立たなかったが、今後父さんを脅かす奴がまた現れたら、オレが薙ぎ払う!

 オレは父さんの子だ。

 だから父さんを守る!




 窓の外には、いつのまにか雨がしとしと降っていた。

 春の雨は静かなんだな。

 布団に入るが……なかなか眠れない。

 誰かと話したい気分だ。

 オレの高校生活のスタートは順調だったと言えるかな?

 拓人、お前はどうだった? 直接話したいな。

 よし! 電話をしてみるか。



 拓人に電話をかけるとワンコールで出た。

「お! 早いな」
「いや、実は今俺からかけようか迷ってた」
「いいタイミングだったんだな」
「そういうことだ。あのさ……薙、高校入学おめでとう」
「拓人もだろ? おめでとう!」
「ありがとう」

 今日は初対面の人とばかり喋ったので、少し気疲れしていたようだ。

 だから、拓人と話せてほっとした。

「薙、友だち出来たか」
「まぁ、何人かとは話したよ」
「俺も同じだ。薙、ついに高校のスタートだな」
「大人に近づけるのが嬉しいよ。父さんはまだまだ甘えて欲しいみたいだけどね」
「分かる! 同じだよ。どこの父さんも息子に甘いのかな?」
「さぁ、オレたちの父さんは特別なのかな?」

 拓人と、お互いの父さんの話を明るく出来るのも嬉しかった。

「薙、眠いんじゃ?」
「分かる? 拓人と話してほっとしたせいかな」
「ははっ、褒められているのか」
「あぁ、褒めてるよ」
「……」
「……」

 無言の時間も、苦ではない。

 拓人とは苦楽を共にしたからか、お互いのどん底を知っているから、何も怖くない。

「拓人ー 風呂に入ったのか いい湯だったぞ~」
「あ、お父さんが呼んでる! 薙、またな」
「じゃ、おやすみ」
「うん、電話ありがとう」

 電話を切って、安堵した。

 拓人、達哉さんに随分可愛がってもらっているんだな。

 本当に……本当によかった。

 そのまま目を瞑った。

 雨音に耳を澄ますと……昔、父さんが歌ってくれた童謡を思い出す。

『あめふりくまさん……』

 あれ好きだったな。

 オレが父さんの手を引いて探検している気分になった。

 今宵も、いい夢が見られそうだ。

 幼いオレがどんなに父さんに愛されていたか、もっともっと思い出したい。


****

「おはよーございます!」

 あれれ? 

 どなたもいらっしゃらないのですか。

 朝のお勤めは?

 薙くんのお弁当は?

 皆さんの朝ごはんは?

 庫裡を覗いても誰もいませんね。

 時計を見ってびっくりしました。

「あれれ、僕、1時間も早く来てしまったのですね」

 最近、日の出が早くなったから気付きませんでしたよ。

 家にいると、少しだけ窮屈なんです。

 特に朝は皆忙しく、僕はお邪魔で居場所がありません。

 東京までお勤めに出るお父さん、妹のお弁当を作るお母さん。

 朝から身支度に余念がない高校生の妹。

 高校に上がらず仏門に入った僕だけが異端児のようですね。

 家族に疎まれているわけではないのですが、皆、僕の扱いに困っているようです。

 仏門にはなんの関心もない家なので、僕の世界が理解できないようです。

「風太……あなた若いのにいつもお坊さんのかっこうばかりして。たまには普通の格好をしてみたら?」
「お母さん、でも僕はこれが好きなんです」
「……お洒落な今時の服を買ってあげる楽しみもないのね」
「……ごめんなさい」

 だから、無意識のうちに、いつもより早く家を出たのかも。

 山門の階段に腰掛けて、皆さんが起きていらっしゃるのを待ちましょう。

 ここはいいです。

 桜の花びらが舞い、僕の大好きなあんこもいつも戸棚に入っています。

 そうそう、ご住職さまが冬にあたたかい衣を作って下さったのです。

 お優しいご住職さま。

 大好きです。

 流さんも僕を可愛がってくれているの、ちゃんと伝わってきます。

 丈さんも洋くんも、薙くんも仲良くしてくれます。

 ここでは普通でなくてもいいのです。

 だから、僕はここが好きです。

 今日もここで過ごせるのが幸せです。

 すると背後から声を掛けられました。

「よう! 小森、もう来ていたのか」
「あっ、流さん、おはようございます」
「ちょうどよかった。こっちに来いよ」
「なんでしょうか。あんこですか」
「惜しい!」
「ワクワクします」

 僕はその後、感激で泣きそうになりました。

 流さんが僕に羽織らせてくれたのは、桜餅色の衣装でした。

「やっぱ似合うな。翠が作ってやれっていうからさぁ~」
「わわわ、これ、僕が着てもいいんですか」
「あぁ、お前以外似合わん」
「ううう、うれしいです」

 流さんに抱きつくと、流さんは満更でもないようで、快活に笑ってくれた。

「小森がそんなに喜んでくれるなら、夜鍋して作った甲斐あったな」
「夜鍋して下さったのですか」
「いや早起きに変更になったんだった」
「どちらでもいいです。流さん、ありがとうございます。流さんに御利益がありますように。流さん、今生では……ようやく逢いたかった人と巡り逢えてよかったですね。もう離れません。もう何も起きませんよ」

 流さんの気から感じ取ったことを伝えると、流さんは一際嬉しそうに笑って下さいましたよ。

 全部、本当のことですよ。







 
 

しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

執着攻めと平凡受けの短編集

松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。 疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。 基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

もう、いいのです。

千 遊雲
恋愛
婚約者の王子殿下に、好かれていないと分かっていました。 けれど、嫌われていても構わない。そう思い、放置していた私が悪かったのでしょうか?

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

彼女にも愛する人がいた

まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。 「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」 そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。 餓死だと? この王宮で?  彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。 俺の背中を嫌な汗が流れた。 では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…? そんな馬鹿な…。信じられなかった。 だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。 「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。 彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。 俺はその報告に愕然とした。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

処理中です...