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16章
翠雨の後 39
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「ふぅ、やっと全部干し終わったな」
「バスタオルが8枚もあるなんて……大変、お手数お掛けしました」
空の洗濯カゴを持った涼が、真っ赤な顔で恐縮しているのが、可愛かった。
「気にするな。それよりすっかり元気になったな」
「うん、大好きな兄さんに朝からべったり出来て嬉しいよ」
「ふっ、涼は甘えん坊だな」
「そうかな? 僕が甘えるのは洋兄さん限定だよ」
「ふぅん、俺だけでいいの?」
「あ、あと……安志さんもだよ」
今度は耳朶まで真っ赤になる。
「はは、涼は耳まで真っ赤だな」
「兄さん~」
「よしよし、素直でいいぞ」
涼は俺より10歳も年下だから、まだまだ言動が幼い。そこに庇護欲をかきたてられるのかもしれない。
俺は月影寺に来てから、丈だけでなく、翠さんと流さんにも手厚く守られていたので、誰かを守りたいという気持ちになるのは新鮮だ。
「そういえば、薙くんと仲良くなったようだな」
「うん! 彼、いいね! 気が合いそうだよ」
「よかった。薙くんは大人の中で過ごすことが多いから、年が近い涼がいてくれると心強いよ」
「僕……ちゃんと洋兄さんの役に立っている?」
涼の澄んだ瞳に真っ直ぐに見つめられたので、俺はコクンと頷いた。
感情を素直に表現するのは相変わらず苦手だが、涼の素直さに引っ張られる。
「俺は……涼がいてくれるだけで、嬉しいさ」
「兄さん‼ サンキュー! ハグしよ~」
涼がガバッと抱きついてきたので、勢いに押されて芝生に尻もちをついてしまった。
「イタタ……」
「兄さん、大好きだよ~」
「わっ! 涼くすぐったい」
まるで洋犬と戯れているようで、俺も声に出して笑ってしまった。
「ははっ!」
「あ……兄さんが白い歯を見せて笑うの、すごくいい。兄さんもっと笑ってよ」
「わ、よせ!」
コチョコチョと脇腹を擽られて、身を捩った。
擽ったくて涙が出る。
丈以外に身体に直接触れられるのは苦手だが、涼は別だ。
俺の分身のような存在だから。
「兄さーん、僕、洗濯干したら、腹減った~」
「もう?」
「そう! もう!」
「困ったな。今日は流さんがいないのに……」
適当に近くのコンビニで買ってこようと思っていたとは、言えなかった。
「じゃあ何か作ろうよ! 一緒にみんなの分も作ったら喜ばれるんじゃないかな? 僕、ニューヨークにいた頃はよくサマーキャンプに行って自炊していたんだ。ハンバーガーで良かったら得意だよ」
「涼の手料理なら、期待出来そうだな。おいで、庫裡にはいつもだいたいの材料が揃っているから」
そんなわけで、俺と涼は仲良くエプロンをつけて、ハンバーガーを作ることにした。
「そうだ! 三人が入学式から帰ってきたら、庭でガーデンパーティーをしようよ!」
「ガーデンパーティー?」
「そっ! アメリカではよくガレージでハンバーガーのパテを焼いて、気軽なパーティーをしたよ」
「あぁ、そういうの……聞いたことがある」
俺は参加したことはなかった。
人付き合いが苦手だったし、周りも遠巻きに見ているだけで、誘われることはなかった。
「じゃあ、ここでしようよ!」
「そうか、ここですればいいのか」
「そうだよ! さぁ、準備スタート!」
****
入学式の後は、校庭に新入生が集まり、クラス毎の集合写真を撮った。
薙はどこだろう?
あ、後ろの列にいた。
いつの間にかあんなに大きくなって。
月影寺にやってきた時は、まだ幼さも残っており、僕よりずっと背も低かったのに。
子供の成長は嬉しいものだね。
「これで入学式も無事に終わるね」
「翠、今日はこのまま薙と一緒に帰れるようだが、昼飯どうする? どこかに寄っていくか」
「いや、もう月影寺に戻ろう」
僕がそう伝えると、流も意を汲んでくれた。
「確かに、腹を空かせた子達がいるしな」
「それに、あんこに飢えた小坊主くんもね」
「チッ! 翠は相変わらず小森に甘いな」
「あの子は健気で可愛いからね。月下庵茶屋に寄ってもいいか」
「よし! 今日はめでたい日だから饅頭でも買うか」
「いいね。晴れの日を皆で賑やかに過ごせるのは嬉しいよ」
来た道を、来たメンバーで和やかに帰る。
そんな当たり前のことが、しみじみと嬉しかった。
遠い昔、叶わなかった夢は、こうやって叶えていくのだ。
「バスタオルが8枚もあるなんて……大変、お手数お掛けしました」
空の洗濯カゴを持った涼が、真っ赤な顔で恐縮しているのが、可愛かった。
「気にするな。それよりすっかり元気になったな」
「うん、大好きな兄さんに朝からべったり出来て嬉しいよ」
「ふっ、涼は甘えん坊だな」
「そうかな? 僕が甘えるのは洋兄さん限定だよ」
「ふぅん、俺だけでいいの?」
「あ、あと……安志さんもだよ」
今度は耳朶まで真っ赤になる。
「はは、涼は耳まで真っ赤だな」
「兄さん~」
「よしよし、素直でいいぞ」
涼は俺より10歳も年下だから、まだまだ言動が幼い。そこに庇護欲をかきたてられるのかもしれない。
俺は月影寺に来てから、丈だけでなく、翠さんと流さんにも手厚く守られていたので、誰かを守りたいという気持ちになるのは新鮮だ。
「そういえば、薙くんと仲良くなったようだな」
「うん! 彼、いいね! 気が合いそうだよ」
「よかった。薙くんは大人の中で過ごすことが多いから、年が近い涼がいてくれると心強いよ」
「僕……ちゃんと洋兄さんの役に立っている?」
涼の澄んだ瞳に真っ直ぐに見つめられたので、俺はコクンと頷いた。
感情を素直に表現するのは相変わらず苦手だが、涼の素直さに引っ張られる。
「俺は……涼がいてくれるだけで、嬉しいさ」
「兄さん‼ サンキュー! ハグしよ~」
涼がガバッと抱きついてきたので、勢いに押されて芝生に尻もちをついてしまった。
「イタタ……」
「兄さん、大好きだよ~」
「わっ! 涼くすぐったい」
まるで洋犬と戯れているようで、俺も声に出して笑ってしまった。
「ははっ!」
「あ……兄さんが白い歯を見せて笑うの、すごくいい。兄さんもっと笑ってよ」
「わ、よせ!」
コチョコチョと脇腹を擽られて、身を捩った。
擽ったくて涙が出る。
丈以外に身体に直接触れられるのは苦手だが、涼は別だ。
俺の分身のような存在だから。
「兄さーん、僕、洗濯干したら、腹減った~」
「もう?」
「そう! もう!」
「困ったな。今日は流さんがいないのに……」
適当に近くのコンビニで買ってこようと思っていたとは、言えなかった。
「じゃあ何か作ろうよ! 一緒にみんなの分も作ったら喜ばれるんじゃないかな? 僕、ニューヨークにいた頃はよくサマーキャンプに行って自炊していたんだ。ハンバーガーで良かったら得意だよ」
「涼の手料理なら、期待出来そうだな。おいで、庫裡にはいつもだいたいの材料が揃っているから」
そんなわけで、俺と涼は仲良くエプロンをつけて、ハンバーガーを作ることにした。
「そうだ! 三人が入学式から帰ってきたら、庭でガーデンパーティーをしようよ!」
「ガーデンパーティー?」
「そっ! アメリカではよくガレージでハンバーガーのパテを焼いて、気軽なパーティーをしたよ」
「あぁ、そういうの……聞いたことがある」
俺は参加したことはなかった。
人付き合いが苦手だったし、周りも遠巻きに見ているだけで、誘われることはなかった。
「じゃあ、ここでしようよ!」
「そうか、ここですればいいのか」
「そうだよ! さぁ、準備スタート!」
****
入学式の後は、校庭に新入生が集まり、クラス毎の集合写真を撮った。
薙はどこだろう?
あ、後ろの列にいた。
いつの間にかあんなに大きくなって。
月影寺にやってきた時は、まだ幼さも残っており、僕よりずっと背も低かったのに。
子供の成長は嬉しいものだね。
「これで入学式も無事に終わるね」
「翠、今日はこのまま薙と一緒に帰れるようだが、昼飯どうする? どこかに寄っていくか」
「いや、もう月影寺に戻ろう」
僕がそう伝えると、流も意を汲んでくれた。
「確かに、腹を空かせた子達がいるしな」
「それに、あんこに飢えた小坊主くんもね」
「チッ! 翠は相変わらず小森に甘いな」
「あの子は健気で可愛いからね。月下庵茶屋に寄ってもいいか」
「よし! 今日はめでたい日だから饅頭でも買うか」
「いいね。晴れの日を皆で賑やかに過ごせるのは嬉しいよ」
来た道を、来たメンバーで和やかに帰る。
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遠い昔、叶わなかった夢は、こうやって叶えていくのだ。
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