重なる月

志生帆 海

文字の大きさ
上 下
1,506 / 1,657
16章

翠雨の後 39 

しおりを挟む
「ふぅ、やっと全部干し終わったな」
「バスタオルが8枚もあるなんて……大変、お手数お掛けしました」

 空の洗濯カゴを持った涼が、真っ赤な顔で恐縮しているのが、可愛かった。

「気にするな。それよりすっかり元気になったな」
「うん、大好きな兄さんに朝からべったり出来て嬉しいよ」
「ふっ、涼は甘えん坊だな」
「そうかな? 僕が甘えるのは洋兄さん限定だよ」
「ふぅん、俺だけでいいの?」
「あ、あと……安志さんもだよ」

 今度は耳朶まで真っ赤になる。

「はは、涼は耳まで真っ赤だな」
「兄さん~」
「よしよし、素直でいいぞ」

 涼は俺より10歳も年下だから、まだまだ言動が幼い。そこに庇護欲をかきたてられるのかもしれない。

 俺は月影寺に来てから、丈だけでなく、翠さんと流さんにも手厚く守られていたので、誰かを守りたいという気持ちになるのは新鮮だ。

「そういえば、薙くんと仲良くなったようだな」
「うん! 彼、いいね! 気が合いそうだよ」
「よかった。薙くんは大人の中で過ごすことが多いから、年が近い涼がいてくれると心強いよ」
「僕……ちゃんと洋兄さんの役に立っている?」

 涼の澄んだ瞳に真っ直ぐに見つめられたので、俺はコクンと頷いた。

 感情を素直に表現するのは相変わらず苦手だが、涼の素直さに引っ張られる。

「俺は……涼がいてくれるだけで、嬉しいさ」
「兄さん‼ サンキュー! ハグしよ~」

 涼がガバッと抱きついてきたので、勢いに押されて芝生に尻もちをついてしまった。

「イタタ……」
「兄さん、大好きだよ~」
「わっ! 涼くすぐったい」

 まるで洋犬と戯れているようで、俺も声に出して笑ってしまった。

「ははっ!」
「あ……兄さんが白い歯を見せて笑うの、すごくいい。兄さんもっと笑ってよ」
「わ、よせ!」

 コチョコチョと脇腹を擽られて、身を捩った。

 擽ったくて涙が出る。

 丈以外に身体に直接触れられるのは苦手だが、涼は別だ。

 俺の分身のような存在だから。

「兄さーん、僕、洗濯干したら、腹減った~」
「もう?」
「そう! もう!」
「困ったな。今日は流さんがいないのに……」

 適当に近くのコンビニで買ってこようと思っていたとは、言えなかった。

「じゃあ何か作ろうよ! 一緒にみんなの分も作ったら喜ばれるんじゃないかな? 僕、ニューヨークにいた頃はよくサマーキャンプに行って自炊していたんだ。ハンバーガーで良かったら得意だよ」
「涼の手料理なら、期待出来そうだな。おいで、庫裡にはいつもだいたいの材料が揃っているから」

 そんなわけで、俺と涼は仲良くエプロンをつけて、ハンバーガーを作ることにした。

「そうだ! 三人が入学式から帰ってきたら、庭でガーデンパーティーをしようよ!」
「ガーデンパーティー?」
「そっ! アメリカではよくガレージでハンバーガーのパテを焼いて、気軽なパーティーをしたよ」
「あぁ、そういうの……聞いたことがある」

 俺は参加したことはなかった。

 人付き合いが苦手だったし、周りも遠巻きに見ているだけで、誘われることはなかった。

「じゃあ、ここでしようよ!」
「そうか、ここですればいいのか」
「そうだよ! さぁ、準備スタート!」


****

 入学式の後は、校庭に新入生が集まり、クラス毎の集合写真を撮った。

 薙はどこだろう?

 あ、後ろの列にいた。

 いつの間にかあんなに大きくなって。

 月影寺にやってきた時は、まだ幼さも残っており、僕よりずっと背も低かったのに。

 子供の成長は嬉しいものだね。

「これで入学式も無事に終わるね」
「翠、今日はこのまま薙と一緒に帰れるようだが、昼飯どうする? どこかに寄っていくか」
「いや、もう月影寺に戻ろう」

 僕がそう伝えると、流も意を汲んでくれた。

「確かに、腹を空かせた子達がいるしな」
「それに、あんこに飢えた小坊主くんもね」
「チッ! 翠は相変わらず小森に甘いな」
「あの子は健気で可愛いからね。月下庵茶屋に寄ってもいいか」
「よし! 今日はめでたい日だから饅頭でも買うか」
「いいね。晴れの日を皆で賑やかに過ごせるのは嬉しいよ」

 来た道を、来たメンバーで和やかに帰る。

 そんな当たり前のことが、しみじみと嬉しかった。

 遠い昔、叶わなかった夢は、こうやって叶えていくのだ。

  

 

 




 
しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

泣くなといい聞かせて

mahiro
BL
付き合っている人と今日別れようと思っている。 それがきっとお前のためだと信じて。 ※完結いたしました。 閲覧、ブックマークを本当にありがとうございました。

別に、好きじゃなかった。

15
BL
好きな人が出来た。 そう先程まで恋人だった男に告げられる。 でも、でもさ。 notハピエン 短い話です。 ※pixiv様から転載してます。

帰宅

papiko
BL
遊んでばかりいた養子の長男と実子の双子の次男たち。 双子を庇い、拐われた長男のその後のおはなし。 書きたいところだけ書いた。作者が読みたいだけです。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...