重なる月

志生帆 海

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16章

翠雨の後 18 

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 拓人を山門で見送った。

 見えなくなるまで、見送った。

 拓人は途中で一度だけ振り返って、そのまま一気に国道を走り出した。

「オレだって拓人と一緒に高校生活を送りたかったよ。明日からお前がいないのが不思議だ。でもオレたちの縁、途切れさすつもりはないからな!」

 寂寥とした気持ちを薙ぎ払い、母屋に向かって歩き出した。

 背後の竹林がガサッと音を立てたので振り返ると、洋さんが血相を変えて山門へ走って行く姿が見えた。

 あんに急いで、何かあったのかな?

 いつも物静かな洋さんが珍しい。

 竹藪を駆け抜ける洋さんは、いつもより雄々しくカッコいいと思った。

 思わず目を擦ってしまった。

「ん? ゲームのし過ぎかな? 洋さんが黒い甲冑を身につけた戦国武将に見えるなんて」

 ここにやってきて、まだ2年足らずだ。

 どうやら、まだまだ知らない謎がありそうだ。

 特に洋さんに関しては――

 次々と姿を変える月のような人だから。

 だが無理に暴いたりはしない。

 人には触れてはいけない部分がある。

 オレにも父さんにも、きっと洋さんや丈さんにも……

 この月影寺では、誰もオレたちを脅かさない。

 本当は、この寺に来るまで、父さんのこと良く思ってなかった。義務教育中は厄介になるけど、高校になったら寺を出て自立したいと思っていたんだ。ここを出て行く覚悟だった。鎌倉の山奥なんかじゃなくもっと都会で暮らしたいと願っていた。

 それはもう全部遠い過去になった。

 オレ、この寺が好きだ。
 オレ、父さんが好きだ。

 部屋でゲームの続きをしていると、腹がグゥと鳴った。

「そろそろ夕食かな?」

 ふらりと庫裡に入ると、ジーンズとトレーナーを身につけ、黒いエプロンをした人の背中が見えた。

「え?」
「あ、薙、今呼びに行こうかと思っていたんだ」
「と、父さん!」
「ん? そんなに素っ頓狂な声を出してどうしたの?」
「そ、その服装は一体?」
「あぁ、驚いた? 流が揃えてくれたんだけど若作りだよね、くくっ」

 父さんが、珍しく声に出して明るく笑った。

 なんかいいかも! 

「違和感あるよね。やっぱり和装の方がいい? 今から着替えてこようか」
「駄目だ!」
「え?」
「そのままがいい!」
「薙?」
「父さんってキャッチボール出来る? サッカーは? バスケもいいな! 今度一緒にやって欲しい」

 オレ、何を言って?

 幼い子供みたいに駄々を捏ねて――

 すると父さんがふわりと抱きしめてくれた。

 トレーナーはふわふわな生地で心地良かった。

「なーぎ、何でもしてみよう! 今まで出来なかったこと、父さんもしたいから」



 
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