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第3部 15章
花を咲かせる風 37
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風呂敷から出て来たのは、古びた学生服だった。
俺はこれを知っている。
まこくん……君はこれを着て……ようやく見つけた夕凪の元に駆けつけた。
それが、あの日だったのか。
もしそれが正解なら、四番目のボタン……家族のボタンがないはずだ。
「触れても……広げてもいいですか」
「……父が生きていた頃は大事にしていたが、もうその父もいない。私には手に余るものだ。自由にしてもらっていい。それごと持って行ってくれてもいい」
「……見せていただきます」
今すぐ、この目で確認しないと気が済まない。
目の前できちんと畳まれていた学ランを広げると……
「え……あ?」
「どうした?」
「ボタンが……」
「あぁ、そこは最初からなかったよ」
四番目のボタンはまこくんが夕凪にあげたので、ないのは想定内だった。
だが……この学ランには一番下の第五ボタンしかついていなかった。
「まさか……」
「洋、出してみろ」
「あ、あぁ」
慌てて俺は二つのボタンを取り出した。
父の遺品と夕凪の宝物。
二つのボタンを黒い学ランに並べると、しっくりと収まった。
まさか……父のボタンは、まこくんのボタンだったのか。
てっきり俺の父の、学ランのボタンだと思っていたのに。
でも、そうだとしたら……残りのボタンはどこへ?
また謎が深まってしまった。
「どういうことだ? まこの制服のボタンを何故、君が持って……」
大鷹屋の主人も、明らかに怪訝な顔をしている。
「それは……まだ分かりません……あの、まこくんの行方を知りませんか。どうしても聞きたいことがあるんです」
「……君は不思議な子だな……そうだ……嵯峨野だったな、あれは。たった一度だけ……嵯峨野の竹林で似た青年とすれ違ったことがある」
「嵯峨野!」
またしても嵯峨野だ。
「まこくんではなかったのですか。話し掛けなかったのですか」
「慌てて呼び止めようとしたのに、一瞬で見失ってしまったのだ。幻だったのかもな」
「そんなっ、早く嵯峨野に行かないと」
急に呼ばれた気がした。
「ありがとうございます」
「参考になりました。最後に一つお願いが……まこくんの写真はありますか」
「……成人式の写真があるよ」
「見せていただけますか」
「あぁ、父が後生大事にしていてから、仏壇に飾ってあるんだ」
まこくんは、律矢さんには愛されていたのかもしれない。それでも義母や義兄弟たちからの疎外感は半端なかっただろう。夕凪と仲睦まじく暮らしていた時への想いは生涯消えなかっただろう。
まこくんの寂しい心を思えば、胸が塞がる。
「これだ」
「まこくん……」
もはや他人とは思えなかった。
邂逅した時に見た映像は、夢でも幻でもなかったことが証明された。
「洋くん、この着物姿、さっき僕が見たまこくんと全く同じだ」
「洋、行くぞ。もう一度嵯峨野に行こう」
「翠さん……丈……」
立ち上がろうとすると、翠さんが突然不思議な申し出をした。
「あの、無理なお願いかもしれませんが……彼に『夕顔の系譜を継ぐ薫』の着物がまだあれば……着せてやってくれませんか」
「……参ったな。何もかも父の遺言通りで怖くなるよ」
大鷹屋の主人は、翠さんの唐突な申し出に、何故か二つ返事で頷いた。
「翠さん……あの……」
「洋くん! 夕凪の出で立ちで嵯峨野に行こう。きっと君が会いたい人に逢えるよ」
誰に……? という問いかけは、呑み込んだ。
「父さん、次は嵯峨野観光なの?」
「そうだよね。薙、道案内を頼むよ」
「任せて。洋さんの女装、もう一度見られるなんてラッキーだな」
薙くんがいてよかった、場が和む。
「宜しくお願いします」
「洋、いいのか」
「あぁ、夕凪の姿で、嵯峨野を歩いてみよう」
俺の力で呼ぼう。
夕凪……君と話したい!
まこくんの行方もきっと掴める。
そんな強い願いと希望を抱き、歩んで行く。
俺の力の限りに――
補足……
『夕凪の系譜を継ぐ薫』の着物のやりとりは
こちらを踏まえています。
『重なる月』解けていく10
俺はこれを知っている。
まこくん……君はこれを着て……ようやく見つけた夕凪の元に駆けつけた。
それが、あの日だったのか。
もしそれが正解なら、四番目のボタン……家族のボタンがないはずだ。
「触れても……広げてもいいですか」
「……父が生きていた頃は大事にしていたが、もうその父もいない。私には手に余るものだ。自由にしてもらっていい。それごと持って行ってくれてもいい」
「……見せていただきます」
今すぐ、この目で確認しないと気が済まない。
目の前できちんと畳まれていた学ランを広げると……
「え……あ?」
「どうした?」
「ボタンが……」
「あぁ、そこは最初からなかったよ」
四番目のボタンはまこくんが夕凪にあげたので、ないのは想定内だった。
だが……この学ランには一番下の第五ボタンしかついていなかった。
「まさか……」
「洋、出してみろ」
「あ、あぁ」
慌てて俺は二つのボタンを取り出した。
父の遺品と夕凪の宝物。
二つのボタンを黒い学ランに並べると、しっくりと収まった。
まさか……父のボタンは、まこくんのボタンだったのか。
てっきり俺の父の、学ランのボタンだと思っていたのに。
でも、そうだとしたら……残りのボタンはどこへ?
また謎が深まってしまった。
「どういうことだ? まこの制服のボタンを何故、君が持って……」
大鷹屋の主人も、明らかに怪訝な顔をしている。
「それは……まだ分かりません……あの、まこくんの行方を知りませんか。どうしても聞きたいことがあるんです」
「……君は不思議な子だな……そうだ……嵯峨野だったな、あれは。たった一度だけ……嵯峨野の竹林で似た青年とすれ違ったことがある」
「嵯峨野!」
またしても嵯峨野だ。
「まこくんではなかったのですか。話し掛けなかったのですか」
「慌てて呼び止めようとしたのに、一瞬で見失ってしまったのだ。幻だったのかもな」
「そんなっ、早く嵯峨野に行かないと」
急に呼ばれた気がした。
「ありがとうございます」
「参考になりました。最後に一つお願いが……まこくんの写真はありますか」
「……成人式の写真があるよ」
「見せていただけますか」
「あぁ、父が後生大事にしていてから、仏壇に飾ってあるんだ」
まこくんは、律矢さんには愛されていたのかもしれない。それでも義母や義兄弟たちからの疎外感は半端なかっただろう。夕凪と仲睦まじく暮らしていた時への想いは生涯消えなかっただろう。
まこくんの寂しい心を思えば、胸が塞がる。
「これだ」
「まこくん……」
もはや他人とは思えなかった。
邂逅した時に見た映像は、夢でも幻でもなかったことが証明された。
「洋くん、この着物姿、さっき僕が見たまこくんと全く同じだ」
「洋、行くぞ。もう一度嵯峨野に行こう」
「翠さん……丈……」
立ち上がろうとすると、翠さんが突然不思議な申し出をした。
「あの、無理なお願いかもしれませんが……彼に『夕顔の系譜を継ぐ薫』の着物がまだあれば……着せてやってくれませんか」
「……参ったな。何もかも父の遺言通りで怖くなるよ」
大鷹屋の主人は、翠さんの唐突な申し出に、何故か二つ返事で頷いた。
「翠さん……あの……」
「洋くん! 夕凪の出で立ちで嵯峨野に行こう。きっと君が会いたい人に逢えるよ」
誰に……? という問いかけは、呑み込んだ。
「父さん、次は嵯峨野観光なの?」
「そうだよね。薙、道案内を頼むよ」
「任せて。洋さんの女装、もう一度見られるなんてラッキーだな」
薙くんがいてよかった、場が和む。
「宜しくお願いします」
「洋、いいのか」
「あぁ、夕凪の姿で、嵯峨野を歩いてみよう」
俺の力で呼ぼう。
夕凪……君と話したい!
まこくんの行方もきっと掴める。
そんな強い願いと希望を抱き、歩んで行く。
俺の力の限りに――
補足……
『夕凪の系譜を継ぐ薫』の着物のやりとりは
こちらを踏まえています。
『重なる月』解けていく10
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