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第3部 15章
花を咲かせる風 28
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薙に、グイッと手を引っ張られた。
「父さん、そっちじゃなくて、こっちだよ」
「あ、そっち?」
「もう~! 父さんってば、大丈夫?」
「ごめん、ごめん。えーっと、流に任せてばかりで勘が鈍ったみたいだ」
「ふーん」
薙がフフンと笑う。
僕が元々方向音痴なの、すっかり見透かされているようで、苦笑してしまった。
「それにしても、父さんがこんなに子供っぽいなんて思わなかったよ」
「……僕自信も驚いているよ。もっとカッコイイ父さんでいたいと思っていたのに……どうも駄目だね」
「あ、それってさ、オレが頼りになるから?」
「……んっ、そうかもしれないよ」
素直に答えた。
それが事実だから。
もう無理はしない。
そう誓っているから。
薙には、もう虚勢を張らない。
強がらず、ありのままの自分を見せておきたい。
「しょうがないなー でも、父さんとの距離が近づいていいね」
「そう言ってくれるのは有り難いよ。あ、薙、着いたみたいだよ。父さんが入場料を払ってくるね」
「ありがと」
銀閣寺は方丈の前庭の白砂を盛った向月台と、波紋を表現した銀沙灘が見事だ。銀閣の前の錦鏡池を中心に庭園が静かに広がっており、わび、さびの世界を存分に感じられた。
「いいね……こういう静かな場所が好きだ」
「うん、父さんに似合うよ」
そこから哲学の道を散策した。
息子と肩を並べて歩くのが嬉しくて、つい口角が上がってしまう。
桜が降り注ぐような道。
春爛漫。
僕の心も華やいでいた。
「そうだ! 父さん、流さんに何かお土産買わなくていいの?」
「そうだね、何がいいかな?」
「アレなんてどう?」
「ぬいぐるみ?」
「可愛いじゃん! オレ、柴犬、好きなんだ」
そこは柴犬グッズを扱っている、可愛らしいお土産物屋さんだった。
「薙、寄ってみる?」
「うん!」
ぬいぐるみに文房具、風呂敷にタオルと所狭しと置かれている。
「あ、これ、どうかな?」
赤地に柴犬の顔のマークが散りばめられた和柄の手拭いを手に取ると、薙が笑った。
「流さんっぽい!」
「ふふ、じゃあこれを買うね。薙はぬいぐるみにする?」
「え?」
薙が無意識のうちに抱っこしていた柴犬のぬいぐるみを買ってあげると、幼い頃と同じ笑顔で笑ってくれた。
「父さん、ありがとう! 可愛いよなー コイツ」
「くすっ、戻ったら犬でも飼う?」
「えー、いいよ、洋さんのところの猫がいるし」
「そう?」
暫く歩いていると、今度は『永観堂』に到着した。
ここは紅葉の名所だが、参道や庭園に桜の木が植えられているので、春の景色も良い。ご本尊の『見返り阿弥陀様』を拝み、また歩き出した。
「薙、次はどこへ行くの?」
「えっと南禅寺だよ。父さん、昼は湯豆腐にしよ!」
「いいけど、それで足りるの?」
「あとで甘味も食べるよ。そうそう、留守番を頼んだ小森くんにも、お土産を買わないとな」
「薙はいろいろ気が回るんだね。偉いね」
手放しに褒めてやると、素直に嬉しそうな顔をしてくれた。
そうか……こんな感じで過ごせば良かったんだ。
離れてからどう接していいのか分からなくなっていたが……やっと掴めたよ。
僕、息子ととても和やかな時間を過ごしている。
やがて南禅寺の境内にある琵琶湖の水を京都の街へ運ぶ為に作られた『水路橋』という場所に、辿り着いた。
「薙、ここで写真を撮ってあげるよ」
「うん!」
アーチ型のレトロなレンガ造りの前でシャッターを切ろうとしたら、またどこからか懐かしい鈴の音がした。
チリン、チリン――
鈴の音のする方向を振り返ると……学生服の青年が横切っていった。
「あ……待って!」
目に留まったのは、彼の瞳に浮かぶ大粒の涙と、学ランのボタンだった。
どうして泣いている?
どうしてボタン……4番目だけないんだ?
4番目の意味は……確か『家族』だった。
「父さん、どうしたの?」
「あ……薙、あの学生服の青年を呼び止めて」
「え?」
「どうしても聞きたいことがあるんだ」
人混みに紛れて消えて行く青年の名は、もしかしたら……
「まこくん?」
「はぁ? 違いますけど」
「えっ?」
薙と必死に呼び止めた相手は、先ほど見た青年とは顔が違っていた。学ランのボタンも全部ついている。
どういうことだ? あの子は幻で、この子は現実なのか。
「父さん、どうしたの?」
「あ……」
薙にも聞かれて困惑した。しかしその時、その子の学ランのボタンに目が留まって、驚いた。あれは……洋くんに見せてもらったボタンと同じ刻印では?
「あの……何か用ですか」
「突然ですまないが、君が通っている学校名を教えてくれないか」
「は?……見ず知らずの人に教えるわけには」
「そこを何とか」
「……教えられません。失礼します」
その青年は不愉快そうな顔で去って行った。でも彼が斜めがけにしている白い鞄に『月西館高等学校』と刺繍されていたのが目に入った。そこにはボタンと同じ校章がハッキリと!
見つけた!
「な……薙、洋くんに電話をしてもいい?」
「どうしたの?」
「洋くんに、一刻も早く知らせてあげたいんだ」
「父さん、ちょっと落ち着いて、深呼吸して」
「う……うん」
落ち着かないと。
そう思うのに、洋くんの声を聞いた途端、叫んでいた。
「洋くん! 大変だ!」
「父さん、そっちじゃなくて、こっちだよ」
「あ、そっち?」
「もう~! 父さんってば、大丈夫?」
「ごめん、ごめん。えーっと、流に任せてばかりで勘が鈍ったみたいだ」
「ふーん」
薙がフフンと笑う。
僕が元々方向音痴なの、すっかり見透かされているようで、苦笑してしまった。
「それにしても、父さんがこんなに子供っぽいなんて思わなかったよ」
「……僕自信も驚いているよ。もっとカッコイイ父さんでいたいと思っていたのに……どうも駄目だね」
「あ、それってさ、オレが頼りになるから?」
「……んっ、そうかもしれないよ」
素直に答えた。
それが事実だから。
もう無理はしない。
そう誓っているから。
薙には、もう虚勢を張らない。
強がらず、ありのままの自分を見せておきたい。
「しょうがないなー でも、父さんとの距離が近づいていいね」
「そう言ってくれるのは有り難いよ。あ、薙、着いたみたいだよ。父さんが入場料を払ってくるね」
「ありがと」
銀閣寺は方丈の前庭の白砂を盛った向月台と、波紋を表現した銀沙灘が見事だ。銀閣の前の錦鏡池を中心に庭園が静かに広がっており、わび、さびの世界を存分に感じられた。
「いいね……こういう静かな場所が好きだ」
「うん、父さんに似合うよ」
そこから哲学の道を散策した。
息子と肩を並べて歩くのが嬉しくて、つい口角が上がってしまう。
桜が降り注ぐような道。
春爛漫。
僕の心も華やいでいた。
「そうだ! 父さん、流さんに何かお土産買わなくていいの?」
「そうだね、何がいいかな?」
「アレなんてどう?」
「ぬいぐるみ?」
「可愛いじゃん! オレ、柴犬、好きなんだ」
そこは柴犬グッズを扱っている、可愛らしいお土産物屋さんだった。
「薙、寄ってみる?」
「うん!」
ぬいぐるみに文房具、風呂敷にタオルと所狭しと置かれている。
「あ、これ、どうかな?」
赤地に柴犬の顔のマークが散りばめられた和柄の手拭いを手に取ると、薙が笑った。
「流さんっぽい!」
「ふふ、じゃあこれを買うね。薙はぬいぐるみにする?」
「え?」
薙が無意識のうちに抱っこしていた柴犬のぬいぐるみを買ってあげると、幼い頃と同じ笑顔で笑ってくれた。
「父さん、ありがとう! 可愛いよなー コイツ」
「くすっ、戻ったら犬でも飼う?」
「えー、いいよ、洋さんのところの猫がいるし」
「そう?」
暫く歩いていると、今度は『永観堂』に到着した。
ここは紅葉の名所だが、参道や庭園に桜の木が植えられているので、春の景色も良い。ご本尊の『見返り阿弥陀様』を拝み、また歩き出した。
「薙、次はどこへ行くの?」
「えっと南禅寺だよ。父さん、昼は湯豆腐にしよ!」
「いいけど、それで足りるの?」
「あとで甘味も食べるよ。そうそう、留守番を頼んだ小森くんにも、お土産を買わないとな」
「薙はいろいろ気が回るんだね。偉いね」
手放しに褒めてやると、素直に嬉しそうな顔をしてくれた。
そうか……こんな感じで過ごせば良かったんだ。
離れてからどう接していいのか分からなくなっていたが……やっと掴めたよ。
僕、息子ととても和やかな時間を過ごしている。
やがて南禅寺の境内にある琵琶湖の水を京都の街へ運ぶ為に作られた『水路橋』という場所に、辿り着いた。
「薙、ここで写真を撮ってあげるよ」
「うん!」
アーチ型のレトロなレンガ造りの前でシャッターを切ろうとしたら、またどこからか懐かしい鈴の音がした。
チリン、チリン――
鈴の音のする方向を振り返ると……学生服の青年が横切っていった。
「あ……待って!」
目に留まったのは、彼の瞳に浮かぶ大粒の涙と、学ランのボタンだった。
どうして泣いている?
どうしてボタン……4番目だけないんだ?
4番目の意味は……確か『家族』だった。
「父さん、どうしたの?」
「あ……薙、あの学生服の青年を呼び止めて」
「え?」
「どうしても聞きたいことがあるんだ」
人混みに紛れて消えて行く青年の名は、もしかしたら……
「まこくん?」
「はぁ? 違いますけど」
「えっ?」
薙と必死に呼び止めた相手は、先ほど見た青年とは顔が違っていた。学ランのボタンも全部ついている。
どういうことだ? あの子は幻で、この子は現実なのか。
「父さん、どうしたの?」
「あ……」
薙にも聞かれて困惑した。しかしその時、その子の学ランのボタンに目が留まって、驚いた。あれは……洋くんに見せてもらったボタンと同じ刻印では?
「あの……何か用ですか」
「突然ですまないが、君が通っている学校名を教えてくれないか」
「は?……見ず知らずの人に教えるわけには」
「そこを何とか」
「……教えられません。失礼します」
その青年は不愉快そうな顔で去って行った。でも彼が斜めがけにしている白い鞄に『月西館高等学校』と刺繍されていたのが目に入った。そこにはボタンと同じ校章がハッキリと!
見つけた!
「な……薙、洋くんに電話をしてもいい?」
「どうしたの?」
「洋くんに、一刻も早く知らせてあげたいんだ」
「父さん、ちょっと落ち着いて、深呼吸して」
「う……うん」
落ち着かないと。
そう思うのに、洋くんの声を聞いた途端、叫んでいた。
「洋くん! 大変だ!」
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