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第3部 15章
花を咲かせる風 26
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茂みを掻き分けて、その先に見えたものに……絶句した。
そこに建っているはずの建物は、既に原形を留めていなかった。
もうほぼ更地になっており、廃材が山積みになっていた。
「なっ、何故? どうして、壊れて……」
「これは一体どういうことだ?」
戦慄く唇。
呆然と立ち尽くしていると、建設会社の作業服を着た男性が数人現れた。
どうやら裏手にトラックを停めて、廃材を回収に来たようだ。
丈がすぐに声をかけてくれた。
「あの」
「なんか用ですか」
「あの……どうして……ここを取り壊してしまったのですか」
「あぁ、ここに大鷹屋さんの別荘を建て直すんでね」
「大鷹屋? そんな……っ」
「さぁ、そんなところに突っ立ていると危ないぞ。どいた!どいた!」
もう為す術はないのか。
木造の廃屋は、ここで消えて行く運命だったのか。
既にお墓は全て月影寺に移したので、ここには未練はないはずだったのに……
先程からずっと胸が痛い。
喉元は掻きむしりたくなるほど苦しい。
この悲痛なまでの苦しみは、夕凪……君のものなのか。
湖翠さんと流水さんの魂は浄化されたが、微かに残っているのは『未練』だ。
夕凪、君の未練を感じるよ。
俺に話せよ! 俺に伝えてくれよ! だから君が俺を呼んだのだろう。
そう強く願った!
……
「まこくん……どうして、ここを? 君はここに来ては駄目だ」
「……どうして? やっと思い出したのに、やっと居場所を突き止めたのに」
「君はもう……とっくに養子に出したんだ」
「おれは……ここがよかった。ここでずっとおかあさまと一緒がよかった」
「ちがうっ、俺は男だ。 君の母にはなれない。幼い頃ならともかく、もう、ちゃんと理解出来るだろう」
「せ……性別なんて関係ない!」
「……もうお帰り。もう絶対に来ないで欲しい……もし見つかったら、俺が大変なことになるんだよ」
「そんな……ならば……せめて……これを持っていて下さい。これを……おれだと思って」
「……まこくん。駄目だ……こんな大切な物、もらえないよ」
「おれ……ずっとあなたの息子でいたかった」
夕凪と男子学生が、門扉の前で押し問答している光景が突如見えた。
今、夕凪の手元に置かれたものは何だ?
夕凪はその場で……それを握りしめて泣き崩れた。
青年は、泣きながら山を下りていった。
やがて夕凪は嗚咽を隠しながら、家に駆け込んだ。
畳に這いつくばって、喉を押さえて苦しげに……呼んでいる。
「まこくん……まこくん……」
それから、よろよろと気を取り直したように立ち上がり……箪笥から小さながま口を取り出して、そこに手元に握っていた物を入れて抱きしめた。
「うっ……ううう……まだ幼子のまこくんを預かって……5年間、一緒に暮らした日々を……俺は一生忘れないよ」
あ……鈴の音がする。
夕凪の肩が小刻みに震える度に、可愛い鈴の音がする!
「夕凪、帰ったぞ」
「あ……信二郎」
夕凪はそっと桐箪笥の一番上に、曙色《あけぼのいろ》のがま口をしまった。指の甲で涙も拭き取って……たおやかに微笑んで、玄関に歩いて行った。
……
「洋、どうした?」
「丈! 廃材の中に……箪笥……箪笥はないか? 桐の箪笥だ」
「どうかしたのか」
「夕凪の……大切なものが入っている!」
丈が今にも出発しそうなトラックに駆け寄り、荷台に埋もれていた桐箪笥を見つけてくれた。
「お願いです。大切なものが入っているので見てもらえませんか」
俺も慌てて加勢した。
「……曙色のがま口が、入っていませんか」
「んー 五月蠅いなぁ。あ、これかぁ」
「‼」
夢は夢にあらず。
夕凪の想いが詰まったがま口を、すんでのところで回収出来た。
「洋、間に合ったな」
「ありがとう」
「何が入っている?」
「分からない……まこくんという男子学生が、夕凪に何かを渡していた」
「確認してみよう!」
「あぁ!」
がま口は錆びていてすぐには開かなかったが、丈がこじ開けてくれた。
すると、小さな鈴がカランコロンと音を立てて飛び出してきた。
その奥に眠っていたものを、丈が手のひらに載せて真剣な面持ちで見せてくれた。
「洋……これって」
「えっ! ……ま、まさか!」
それは、古びた学ランのボタンだった。
「どうして……これが……」
そこに建っているはずの建物は、既に原形を留めていなかった。
もうほぼ更地になっており、廃材が山積みになっていた。
「なっ、何故? どうして、壊れて……」
「これは一体どういうことだ?」
戦慄く唇。
呆然と立ち尽くしていると、建設会社の作業服を着た男性が数人現れた。
どうやら裏手にトラックを停めて、廃材を回収に来たようだ。
丈がすぐに声をかけてくれた。
「あの」
「なんか用ですか」
「あの……どうして……ここを取り壊してしまったのですか」
「あぁ、ここに大鷹屋さんの別荘を建て直すんでね」
「大鷹屋? そんな……っ」
「さぁ、そんなところに突っ立ていると危ないぞ。どいた!どいた!」
もう為す術はないのか。
木造の廃屋は、ここで消えて行く運命だったのか。
既にお墓は全て月影寺に移したので、ここには未練はないはずだったのに……
先程からずっと胸が痛い。
喉元は掻きむしりたくなるほど苦しい。
この悲痛なまでの苦しみは、夕凪……君のものなのか。
湖翠さんと流水さんの魂は浄化されたが、微かに残っているのは『未練』だ。
夕凪、君の未練を感じるよ。
俺に話せよ! 俺に伝えてくれよ! だから君が俺を呼んだのだろう。
そう強く願った!
……
「まこくん……どうして、ここを? 君はここに来ては駄目だ」
「……どうして? やっと思い出したのに、やっと居場所を突き止めたのに」
「君はもう……とっくに養子に出したんだ」
「おれは……ここがよかった。ここでずっとおかあさまと一緒がよかった」
「ちがうっ、俺は男だ。 君の母にはなれない。幼い頃ならともかく、もう、ちゃんと理解出来るだろう」
「せ……性別なんて関係ない!」
「……もうお帰り。もう絶対に来ないで欲しい……もし見つかったら、俺が大変なことになるんだよ」
「そんな……ならば……せめて……これを持っていて下さい。これを……おれだと思って」
「……まこくん。駄目だ……こんな大切な物、もらえないよ」
「おれ……ずっとあなたの息子でいたかった」
夕凪と男子学生が、門扉の前で押し問答している光景が突如見えた。
今、夕凪の手元に置かれたものは何だ?
夕凪はその場で……それを握りしめて泣き崩れた。
青年は、泣きながら山を下りていった。
やがて夕凪は嗚咽を隠しながら、家に駆け込んだ。
畳に這いつくばって、喉を押さえて苦しげに……呼んでいる。
「まこくん……まこくん……」
それから、よろよろと気を取り直したように立ち上がり……箪笥から小さながま口を取り出して、そこに手元に握っていた物を入れて抱きしめた。
「うっ……ううう……まだ幼子のまこくんを預かって……5年間、一緒に暮らした日々を……俺は一生忘れないよ」
あ……鈴の音がする。
夕凪の肩が小刻みに震える度に、可愛い鈴の音がする!
「夕凪、帰ったぞ」
「あ……信二郎」
夕凪はそっと桐箪笥の一番上に、曙色《あけぼのいろ》のがま口をしまった。指の甲で涙も拭き取って……たおやかに微笑んで、玄関に歩いて行った。
……
「洋、どうした?」
「丈! 廃材の中に……箪笥……箪笥はないか? 桐の箪笥だ」
「どうかしたのか」
「夕凪の……大切なものが入っている!」
丈が今にも出発しそうなトラックに駆け寄り、荷台に埋もれていた桐箪笥を見つけてくれた。
「お願いです。大切なものが入っているので見てもらえませんか」
俺も慌てて加勢した。
「……曙色のがま口が、入っていませんか」
「んー 五月蠅いなぁ。あ、これかぁ」
「‼」
夢は夢にあらず。
夕凪の想いが詰まったがま口を、すんでのところで回収出来た。
「洋、間に合ったな」
「ありがとう」
「何が入っている?」
「分からない……まこくんという男子学生が、夕凪に何かを渡していた」
「確認してみよう!」
「あぁ!」
がま口は錆びていてすぐには開かなかったが、丈がこじ開けてくれた。
すると、小さな鈴がカランコロンと音を立てて飛び出してきた。
その奥に眠っていたものを、丈が手のひらに載せて真剣な面持ちで見せてくれた。
「洋……これって」
「えっ! ……ま、まさか!」
それは、古びた学ランのボタンだった。
「どうして……これが……」
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