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第3部 15章
花を咲かせる風 14
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「薙、本当にこんなペラペラな着物でいいの?」
「なんで? 駄目?」
「駄目というか……父さん……ポリエステルの着物は初めてで着慣れないよ」
「だからいいんじゃん! いつもの重たい着物じゃないから、あちこち気軽に行けるし」
「そうか、それもそうだね」
息子の誘いのままに、レンタル着物店で薄くて軽い着物を着付けてもらった。
「まぁまぁお次はお父さんと息子さんなんですね。お母さんと娘さんならよくあるのに、珍しいパターンですね。それにしても男性同士で着物なんて……着慣れていないでしょうし、大丈夫ですか」
「あの、おばさん、オレんちは父子家庭なんで、これはこれで楽しいんですよ」
さらりと言ってのけると、父さんに着付けをしていたおばさんは口を噤んだ。
「薙……」
父さんは眉をハの字にして困り顔。
えっと……オレって気が強い?
「父さん、着心地どう?」
「うーん、なんとも……例えるとしたら何も着ていないみたいに軽い……かな?」
「うわっ! その発言……天然すぎる」
「ん?」
「まぁいいや。早く外に出ようよ。清水寺で写真も撮りたいし」
「分かった。分かった。ちょっと待って」
父さんの着物姿は、かなり様になっていた。
着付けのおばさんなんて、ポカンと口を開けたままだった。
父さんは、洋服よりも着物で過ごす方が多いもんな! 年季が入っているのさ!
「薙、歩くと身体から着物が離れていくようで、スースーして裸みたいだ。これは何とも心許ないね」
「と……父さんは、もう喋らなくていいよ。オレ、あとで流さんに殴られそうだ」
「ん? あ……そうだ。流はきちんとお留守番しているかな? 着物の写真を送ってみよう」
「わー こんな着物を着せたって、怒られそうだよ」
「大丈夫だよ」
父さんが背筋を伸ばし襟元を正し、桜の樹の下に入った。
「桜が着物を引き立ててくれるよ。薙もおいで」
まったく……
オレの父さんなのに。
40歳近い男なのに。
とても地味で安っぽい単色の着物なのに。
桜の樹の下に立つ父さんは、艶やかすぎだ!
****
「もしもし流?」
「翠、どうしたんだ?」
「どうしたって……あ、あのね、清水寺で薙と着物を着たんだ。流に見せたら喜ぶかなと……ごめん、こんなの余計なお世話だった?」
「なぬ? 翠と薙の着物? 見たい!」
「くすっ、今送るね。えっと……薙、写真ってどうやって送るの?」
「やれやれ、父さんは何も出来ないんだな」
薙との会話は、まるで俺との会話のようだった。薙って声だけ聞くと改めて俺に似ているようだ。
「あれ? うーん、もう薙やって」
「はいはい」
暫くすると……
満開の桜の下に佇む翠。
悪戯っ子のような笑顔を浮かべる薙。
並んで自撮りした親子。
三枚の写真が送られてきた。
「どう? 見える?」
「あぁ、それにしても、ずいぶんペラペラな着物だな」
「あぁこれはね、観光地でレンタルしたんだよ。でも軽いから身動きしやすいよ。今日は1日このまま過ごそうと思うよ」
「……そうか。気をつけろよ」
「うん……流、寺は変わりない?」
「あ? あぁ」
「それから、三時になったら小森くんにおやつを忘れないでね」
「はは。今日は焼き団子をどっさり与えたよ」
いかんいかん、つい口が滑るぜ。
「何それ? 珍しいね。まるで賄賂みたいだ。流……頼むから、いい子にお留守番を頼むよ」
「俺はもう子供じゃないって! 翠こそ気をつけろよ」
そんな無防備な姿を晒して……という言葉は呑み込んだ。
「うん、羽目は外さないよ」
「それがいい、翠が羽目を外すのは俺と過ごす時だけでいい」
「流……静かに! じゃ……じゃあ。明日には帰るから、くれぐれも頼むよ」
「分かったよ」
こりゃ速攻、帰らないと、ヤバイな!
「なんで? 駄目?」
「駄目というか……父さん……ポリエステルの着物は初めてで着慣れないよ」
「だからいいんじゃん! いつもの重たい着物じゃないから、あちこち気軽に行けるし」
「そうか、それもそうだね」
息子の誘いのままに、レンタル着物店で薄くて軽い着物を着付けてもらった。
「まぁまぁお次はお父さんと息子さんなんですね。お母さんと娘さんならよくあるのに、珍しいパターンですね。それにしても男性同士で着物なんて……着慣れていないでしょうし、大丈夫ですか」
「あの、おばさん、オレんちは父子家庭なんで、これはこれで楽しいんですよ」
さらりと言ってのけると、父さんに着付けをしていたおばさんは口を噤んだ。
「薙……」
父さんは眉をハの字にして困り顔。
えっと……オレって気が強い?
「父さん、着心地どう?」
「うーん、なんとも……例えるとしたら何も着ていないみたいに軽い……かな?」
「うわっ! その発言……天然すぎる」
「ん?」
「まぁいいや。早く外に出ようよ。清水寺で写真も撮りたいし」
「分かった。分かった。ちょっと待って」
父さんの着物姿は、かなり様になっていた。
着付けのおばさんなんて、ポカンと口を開けたままだった。
父さんは、洋服よりも着物で過ごす方が多いもんな! 年季が入っているのさ!
「薙、歩くと身体から着物が離れていくようで、スースーして裸みたいだ。これは何とも心許ないね」
「と……父さんは、もう喋らなくていいよ。オレ、あとで流さんに殴られそうだ」
「ん? あ……そうだ。流はきちんとお留守番しているかな? 着物の写真を送ってみよう」
「わー こんな着物を着せたって、怒られそうだよ」
「大丈夫だよ」
父さんが背筋を伸ばし襟元を正し、桜の樹の下に入った。
「桜が着物を引き立ててくれるよ。薙もおいで」
まったく……
オレの父さんなのに。
40歳近い男なのに。
とても地味で安っぽい単色の着物なのに。
桜の樹の下に立つ父さんは、艶やかすぎだ!
****
「もしもし流?」
「翠、どうしたんだ?」
「どうしたって……あ、あのね、清水寺で薙と着物を着たんだ。流に見せたら喜ぶかなと……ごめん、こんなの余計なお世話だった?」
「なぬ? 翠と薙の着物? 見たい!」
「くすっ、今送るね。えっと……薙、写真ってどうやって送るの?」
「やれやれ、父さんは何も出来ないんだな」
薙との会話は、まるで俺との会話のようだった。薙って声だけ聞くと改めて俺に似ているようだ。
「あれ? うーん、もう薙やって」
「はいはい」
暫くすると……
満開の桜の下に佇む翠。
悪戯っ子のような笑顔を浮かべる薙。
並んで自撮りした親子。
三枚の写真が送られてきた。
「どう? 見える?」
「あぁ、それにしても、ずいぶんペラペラな着物だな」
「あぁこれはね、観光地でレンタルしたんだよ。でも軽いから身動きしやすいよ。今日は1日このまま過ごそうと思うよ」
「……そうか。気をつけろよ」
「うん……流、寺は変わりない?」
「あ? あぁ」
「それから、三時になったら小森くんにおやつを忘れないでね」
「はは。今日は焼き団子をどっさり与えたよ」
いかんいかん、つい口が滑るぜ。
「何それ? 珍しいね。まるで賄賂みたいだ。流……頼むから、いい子にお留守番を頼むよ」
「俺はもう子供じゃないって! 翠こそ気をつけろよ」
そんな無防備な姿を晒して……という言葉は呑み込んだ。
「うん、羽目は外さないよ」
「それがいい、翠が羽目を外すのは俺と過ごす時だけでいい」
「流……静かに! じゃ……じゃあ。明日には帰るから、くれぐれも頼むよ」
「分かったよ」
こりゃ速攻、帰らないと、ヤバイな!
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