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第3部 15章
花を咲かせる風 11
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「洋は窓際に座れ」
「あぁそうするよ」
新幹線の中で、洋は移りゆく景色を熱心に眺めていた。
「丈、あっという間に静岡を通り過ぎてしまったな。窓の外は一面、緑色だ」
「そんなに珍しいか」
「あ……うん、久しぶりに遠出するからね」
相変わらず洋は、月影寺に籠っている。
彼のたぐいまれな美貌は、老若男女を惹き付けて止まない。年を重ねるほど、美しさに更なる磨きがかかり深みも出て来たようだ。
今日も車内を通り過ぎる人が皆、洋の横顔に見惚れて立ち止まる始末だ。あからさまな視線にはもう慣れたのか、洋はあまり意識していないようにも見えた。それでも他人から不躾な視線を浴び続けるのは、やはり苦痛だろう。
「丈……ごめんな」
「どうして謝る?」
「俺のせいで、ずっと落ち着かないだろう」
「そんなことは気にするな」
「……」
ふっと微笑んだ洋の瞳には暗い影がさしこみ、そのまま長めに伸ばした髪で顔を隠すように俯いてしまった。
顔を上げて欲しい。
堂々として欲しい。
君は何も悪くない。
その美貌は、お母さんからの贈りものだ。
「そうだ、そろそろ流兄さんが作ってくれた弁当を食べないか」
「あ……いいね」
「今日は、二つの具入りのおにぎりか」
「すっかり流さんの十八番にもなったね」
「洋のお手製も、また食べたい」
「また作るよ。旅行準備でバタバタだったから」
不器用な洋は、旅支度だけで精一杯だ。そんなところも可愛いのだ。
「そういえば、翠さんと薙くんも今日から旅行だったよな」
「あぁ」
「丈は、彼らが何処に行くのか知っている?」
「さぁ? 結局教えてもらえなかったな」
「ふぅん、一緒に京都に来たら良かったのに」
「またか」
「ははっ、あの宮崎旅行をまだ根に持っているのか」
「いや……あれは結果的には楽しかったからよしとする」
おにぎりを食べ終えた洋が今度は小さな欠伸をしたので、持っていたジャケットを胸元までかけてやった。
「昨日はなかなか寝付けなかったようだし、今日は早起きして眠いのだろう」
「……ちょっと待てよ、それは寝かしてもらえなかったの間違いだ」
洋が小声で頬を膨らませる様子も、可愛いだけだ。ようやく乗り慣れない新幹線にも慣れたようで、洋らしい蠱惑的な笑みが零れた。
「私にもたれていいから、少し眠れ」
「……久しぶりの外出で疲れたみたいだ。いいのか」
「もちろん」
こんな風に洋の重みを、肩にずしりと受け止める瞬間が好きだ。
ジャケットの中に隠れて、私は洋の手を握り、1本1本、丁寧に絡ませていく。
「丈……それ、落ち着くな」
「旅先では離れるな。何があっても」
「あぁ」
****
アイスを食べる父さんの横顔を、そっと見つめた。
父さんって本当に綺麗な顔立ちだな。さっきから横を通り過ぎる人がハッと息を呑んでいるの気付いている?
楚々とした清廉さが滲み出る人。この人がオレの父さんだなんて、思わず自慢したくなるよ。
「どうした?」
「ん……いや、いつぶりだろうって思って。父さんと旅行に行くの」
「最後に行ったのは……まだ薙が3歳の頃だったかな」
「ごめん。何も覚えていなくて」
「いいんだよ。これからは一緒に旅行に行こう」
「うん! あ、そうだ、京都で着物を着てもいい?」
「ん? そんな場所があるのか」
「修学旅行で女子が着ていてさ、男物もあるみたいだから」
父さんがふわりと笑う。
「それは観光地ならではだね。薙の着物姿、父さんも見たいよ」
「父さんも一緒に着ようよ」
「え? 僕まで」
「恥ずかしい?」
「うーん、でも親子で着る機会なんて珍しいし、いいかもしれないね」
「やった! 京都でやりたいことの一つだよ」
「まだあるの?」
「いろいろ考えて来たんだ。全部、付き合って欲しい」
「頑張るよ」
一昨年、夏の終わりに月影寺にやってきた時には、父さんとまた和やかな時間を持てるとは、思いもしなかったよ。父さんも同じ気持ちなのか、オレによりかかるように身体を近づけて、優しく教えてくれた。
「薙と旅行出来て、父さん……嬉しいよ。子供みたいにワクワクしている」
月影寺では見せない表情……オレだけの父さんの顔だ。
****
「おーい! 小森、ちょっと来い」
「なんですかぁ~」
小坊主姿の小森が、たたっと軽やかに走ってくる。
「これは餌だ」
「餌?」
「違った、賄賂だ」
「なんだかほんのり温かくて香ばしい……こ、こえは焼き饅頭では!」
くんくんと包みに鼻を近づけて匂いを嗅ぐ様子は、相変わらず小動物のようだ。
「流石鼻がきくな。 これをやるから今日は留守番を頼まれてくれるか」
「いただきまーす! あのあの、どこに行かれるのですか。今日は住職さまもいらっしゃらないのに」
「ちょっくら野暮用さ」
「ふぅん……でも賄賂をもらったので、いいですよぅ。ごゆっくり~」
小森はチョロいな。焼き饅頭を胸元に抱きしめて口角上げている。
「じゃ、行くぞ」
「はーい。僕は庭を掃いていますね」
「頼む」
流石月影寺のマスコット! 可愛いヤツ!
俺は手早く作務衣から洋服に着替えて、月影寺を飛び出した。
「あぁそうするよ」
新幹線の中で、洋は移りゆく景色を熱心に眺めていた。
「丈、あっという間に静岡を通り過ぎてしまったな。窓の外は一面、緑色だ」
「そんなに珍しいか」
「あ……うん、久しぶりに遠出するからね」
相変わらず洋は、月影寺に籠っている。
彼のたぐいまれな美貌は、老若男女を惹き付けて止まない。年を重ねるほど、美しさに更なる磨きがかかり深みも出て来たようだ。
今日も車内を通り過ぎる人が皆、洋の横顔に見惚れて立ち止まる始末だ。あからさまな視線にはもう慣れたのか、洋はあまり意識していないようにも見えた。それでも他人から不躾な視線を浴び続けるのは、やはり苦痛だろう。
「丈……ごめんな」
「どうして謝る?」
「俺のせいで、ずっと落ち着かないだろう」
「そんなことは気にするな」
「……」
ふっと微笑んだ洋の瞳には暗い影がさしこみ、そのまま長めに伸ばした髪で顔を隠すように俯いてしまった。
顔を上げて欲しい。
堂々として欲しい。
君は何も悪くない。
その美貌は、お母さんからの贈りものだ。
「そうだ、そろそろ流兄さんが作ってくれた弁当を食べないか」
「あ……いいね」
「今日は、二つの具入りのおにぎりか」
「すっかり流さんの十八番にもなったね」
「洋のお手製も、また食べたい」
「また作るよ。旅行準備でバタバタだったから」
不器用な洋は、旅支度だけで精一杯だ。そんなところも可愛いのだ。
「そういえば、翠さんと薙くんも今日から旅行だったよな」
「あぁ」
「丈は、彼らが何処に行くのか知っている?」
「さぁ? 結局教えてもらえなかったな」
「ふぅん、一緒に京都に来たら良かったのに」
「またか」
「ははっ、あの宮崎旅行をまだ根に持っているのか」
「いや……あれは結果的には楽しかったからよしとする」
おにぎりを食べ終えた洋が今度は小さな欠伸をしたので、持っていたジャケットを胸元までかけてやった。
「昨日はなかなか寝付けなかったようだし、今日は早起きして眠いのだろう」
「……ちょっと待てよ、それは寝かしてもらえなかったの間違いだ」
洋が小声で頬を膨らませる様子も、可愛いだけだ。ようやく乗り慣れない新幹線にも慣れたようで、洋らしい蠱惑的な笑みが零れた。
「私にもたれていいから、少し眠れ」
「……久しぶりの外出で疲れたみたいだ。いいのか」
「もちろん」
こんな風に洋の重みを、肩にずしりと受け止める瞬間が好きだ。
ジャケットの中に隠れて、私は洋の手を握り、1本1本、丁寧に絡ませていく。
「丈……それ、落ち着くな」
「旅先では離れるな。何があっても」
「あぁ」
****
アイスを食べる父さんの横顔を、そっと見つめた。
父さんって本当に綺麗な顔立ちだな。さっきから横を通り過ぎる人がハッと息を呑んでいるの気付いている?
楚々とした清廉さが滲み出る人。この人がオレの父さんだなんて、思わず自慢したくなるよ。
「どうした?」
「ん……いや、いつぶりだろうって思って。父さんと旅行に行くの」
「最後に行ったのは……まだ薙が3歳の頃だったかな」
「ごめん。何も覚えていなくて」
「いいんだよ。これからは一緒に旅行に行こう」
「うん! あ、そうだ、京都で着物を着てもいい?」
「ん? そんな場所があるのか」
「修学旅行で女子が着ていてさ、男物もあるみたいだから」
父さんがふわりと笑う。
「それは観光地ならではだね。薙の着物姿、父さんも見たいよ」
「父さんも一緒に着ようよ」
「え? 僕まで」
「恥ずかしい?」
「うーん、でも親子で着る機会なんて珍しいし、いいかもしれないね」
「やった! 京都でやりたいことの一つだよ」
「まだあるの?」
「いろいろ考えて来たんだ。全部、付き合って欲しい」
「頑張るよ」
一昨年、夏の終わりに月影寺にやってきた時には、父さんとまた和やかな時間を持てるとは、思いもしなかったよ。父さんも同じ気持ちなのか、オレによりかかるように身体を近づけて、優しく教えてくれた。
「薙と旅行出来て、父さん……嬉しいよ。子供みたいにワクワクしている」
月影寺では見せない表情……オレだけの父さんの顔だ。
****
「おーい! 小森、ちょっと来い」
「なんですかぁ~」
小坊主姿の小森が、たたっと軽やかに走ってくる。
「これは餌だ」
「餌?」
「違った、賄賂だ」
「なんだかほんのり温かくて香ばしい……こ、こえは焼き饅頭では!」
くんくんと包みに鼻を近づけて匂いを嗅ぐ様子は、相変わらず小動物のようだ。
「流石鼻がきくな。 これをやるから今日は留守番を頼まれてくれるか」
「いただきまーす! あのあの、どこに行かれるのですか。今日は住職さまもいらっしゃらないのに」
「ちょっくら野暮用さ」
「ふぅん……でも賄賂をもらったので、いいですよぅ。ごゆっくり~」
小森はチョロいな。焼き饅頭を胸元に抱きしめて口角上げている。
「じゃ、行くぞ」
「はーい。僕は庭を掃いていますね」
「頼む」
流石月影寺のマスコット! 可愛いヤツ!
俺は手早く作務衣から洋服に着替えて、月影寺を飛び出した。
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