重なる月

志生帆 海

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第3部 15章

花を咲かせる風 1

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「お疲れさん」
「達哉、さっきは助け船をありがとう」
「いや、俺は別に何もしてないさ」

 達哉は照れ臭そうに、明後日の方向を向いてしまった。

 彼はいつだってこんな風に、僕を助けてくれる。

 あの日も、あの日も……

 僕にいい風が吹くように、盾になってくれた大切な友人だ。

「お陰で説法が出来たよ。いい機会だった」

 達哉の肩に手を置くと、朗らかに笑ってくれた。

「そうだ、翠たちの家族写真を撮ってやるよ」
「ありがとう、流、薙、こっちで一緒に撮ろう」
「いいのか」

 流が少し戸惑っている。

「当たり前だよ」

 薙を囲んで、僕と流は並んだ。

「父さんと伯父さんに囲まれて……えっと、こういうの両手に花って言うの?」
「ふふ、父さんを花と? あれ、薙……髪がボサボサだよ。よほど揉みくちゃにされたんだね」
「そうなんだよ。女子が殺気立ってた」
「あーあ、こんなことなら僕が先に薙のボタンをもらえばよかったなぁ」
「……父さん、あのさ、これは避けておいたんだ」
「え?」

 薙がポケットから取り出したのは、学ランのボタンだった。

「え?」
「朝、拓人と調べたんだけど、第4ボタンは家族を表しているんだって」
「えっ……いいの?」
「オレさ……父さんと暮らせるようになって良かったよ」
「薙……ありがとう。これは父さんの宝物になるよ」
「いつも大袈裟だな」

 薙を囲んで、卒業写真を撮った。

「父さん、流さん、今日は来てくれてありがとう」

 薙の優しさが身に沁みた。
 言葉に出してもらえるのって、こんなにも安心できるものなのか。

 その時、木陰に隠れるように立つ、拓人くんの姿が見えた。
 もしかして僕に遠慮しているのだろうか、近づいてこない。

 君に罪はない。
 大丈夫だよ。

「拓人! 拓人、写真を撮ってもらおうよ」

 薙が垣根を越えてくれる。
 僕の出来なかったことをしてくれる。

「今度は僕が撮るよ。二人とも並んで」
「あれ? 拓人もボタン全部取られたのか、袈裟姿のお父さんがカッコよかったから、将来有望って言われなかったか」
「……まぁな」
「拓人もカッコよくなるよ」
「そうかな?」
「そうさ!」
「薙……いろいろ世話になったな」
「馬鹿! そうじゃないだろう。これからもずっとずっと、よろしくだよ!」

 いいね、薙。
 そうやってグイグイ引っぱっておやり。
 君の言葉にはパワーがあるよ。

 僕の名付けた通りだ。
 薙ぎ払え……負の感情を!

「ちょっと待って。達哉と家族写真を撮ってあげる」
「家族写真……ですか」
「そうだよ」

 すかさず達哉が拓人くんの肩を抱き寄せた。

「拓人、父さんとも撮ってくれよ。片手の花で悪いが」
「と……と……うさんの袈裟姿はカッコいいから、ひとりで充分だよ」

 ようやく達哉を「父さん」と呼べたようだね。

「じゃあ撮るよ」

 カシャッ。

 この時のシャッター音は、まるでパズルのピースが当てはまったように爽快だった。

 それぞれが、それぞれの場所に落ち着いた。

 そんな合図のようだった。

 中学卒業は人生において、一つの通過点に過ぎないかもしれないが、僕らにとっては、大切な節目だった。

「あ、あの……これ……」
「え? 俺にもあるのか」

 振り返れば、真っ赤に耳朶を染めた拓人くんが、達哉にボタンを渡していた。

 きっと制服の第四ボタンだろう。

 僕たちの周りには、いい風が吹いているね。

 僕たちは前に進もう。

 君と薙の縁は、別々の高校になってもきっと続くよ。

 だから前を見て進もう。



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