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第3部 15章
蛍雪の窓 11
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「そう言えば、洋さんの高校時代って、どんなだった? どこの高校だったの?」
「えっ……」
あれ? 洋さんが途端に黙りこくってしまった。
顔色もどんどん青ざめていく。
オレ、もしかして、まずいことを聞いた?
すると、丈さんがフォローしてくれた。
「私は全寮制の高校だったし、洋は外国で暮らしていたから、普通の高校生活を知らない。だが薙は地元密着で、楽しみだな。流兄さんの後輩になるわけだし」
「そうだ! 流さんって、どんなんだった?」
「それはもう……伝説の人だろう」
「え? 伝説って、どんな偉業を?」
「……あーコホン、それはだな、ありとあらゆる悪戯をした偉人だ」
「悪戯? ははっ、流兄さんらしいや」
「授業を抜け出して波乗りをしたとか、砂浜で干物を焼いて昼食にしたとか」
「何それ?」
確かに学校は、海に面して建っているが……
「くくっ、流兄さんの顔は割れているから、気をつけろ」
「何だか楽しくなってきたよ」
「薙は流兄さんに似たところがあるから心配だ」
「くくっ、丈の心配、当たるかもね」
ようやく洋さんも調子を取り戻して、会話に参加してくれた。
不用意な言葉で古傷を抉るようなことはしたくない。
誰だって心に多かれ少なかれ傷を負っているのだ。
「ところで薙の高校の制服はいつ届くんだ? この前、皆で作りに行ったようだが……何故か流兄さんまでくっついて」
「混んでいるから、卒業式の後だって」
「楽しみだな」
「そういえば、その時、父さんと流兄さんが少しもめておかしかったな」
「何があった?」
「流兄さんが知り合いの女性に会ってお茶をしていたのを父さんが見て、ヤキモチっていうの?」
あの時の父さん、あんなに感情を露わにして……
驚いたけれど、父さんも人の子なんだよなってホッとしたよ。
「なっ、笑えるよね?」
「……いや、笑えない」
「……俺も笑えない」
「ええっ?」
丈さんと洋さんが共通の何かを思いだしたようで、サッと真顔になった。
げげっ、オレ……また地雷を踏んだ?
「そ、そろそろ寝ようかな~」
「あぁ、そうしろ」
「薙くん、お休み」
****
薙くんを母屋に見送って戻って来ると、洋がふくれていた。
「丈、俺、いろいろ思い出したよ」
「すまなかった。あの時は」
似たような状況で、洋を誤解させた過去がある。
前科? いや、ただの過去だ。
「まぁ……最終的には俺が勝手に誤解して怒っただけなんだけどさ」
「紛らわしいことをした」
洋の機嫌を手っ取り早く直してやることが、出来ないだろうか。
「そうだ。洋……私の高校時代の制服を見たくないか」
「え? あるのか」
洋の声のトーンが上がる。
「……封印しようと思ったが、母さんに押しつけられた。兄さんの制服と一緒に発掘したと喜び勇んで持ってきたのさ」
「お母さんらしいね。で……どれ?」
洋がわくわくした顔になった。
そうなればもうこっちのものだ。
「これだ」
「ブレザーだったのか」
「全寮制で、敷地内の寮と学校の往復だけだったから、あまり痛んでないだろう」
「あぁ、今でも着られそうだ」
ニヤリ。
「じゃあ着てみないか」
「え? 俺が」
「そうだ。洋に着せてみたい。なぁ駄目か」
「うっ、翠さんの真似はやめろ」
「じゃあ、着ろ」
「それも狡い!」
洋を私の言葉で絡め捕っていく。
羽ばたくアゲハ蝶を捕らえる蜘蛛のようだと苦笑してしまった。
「意地が悪いな、丈……でも着てあげてもいいぞ?」
蠱惑的な洋。
君に捕らわれているのは、私の方なのかもしれない。
「えっ……」
あれ? 洋さんが途端に黙りこくってしまった。
顔色もどんどん青ざめていく。
オレ、もしかして、まずいことを聞いた?
すると、丈さんがフォローしてくれた。
「私は全寮制の高校だったし、洋は外国で暮らしていたから、普通の高校生活を知らない。だが薙は地元密着で、楽しみだな。流兄さんの後輩になるわけだし」
「そうだ! 流さんって、どんなんだった?」
「それはもう……伝説の人だろう」
「え? 伝説って、どんな偉業を?」
「……あーコホン、それはだな、ありとあらゆる悪戯をした偉人だ」
「悪戯? ははっ、流兄さんらしいや」
「授業を抜け出して波乗りをしたとか、砂浜で干物を焼いて昼食にしたとか」
「何それ?」
確かに学校は、海に面して建っているが……
「くくっ、流兄さんの顔は割れているから、気をつけろ」
「何だか楽しくなってきたよ」
「薙は流兄さんに似たところがあるから心配だ」
「くくっ、丈の心配、当たるかもね」
ようやく洋さんも調子を取り戻して、会話に参加してくれた。
不用意な言葉で古傷を抉るようなことはしたくない。
誰だって心に多かれ少なかれ傷を負っているのだ。
「ところで薙の高校の制服はいつ届くんだ? この前、皆で作りに行ったようだが……何故か流兄さんまでくっついて」
「混んでいるから、卒業式の後だって」
「楽しみだな」
「そういえば、その時、父さんと流兄さんが少しもめておかしかったな」
「何があった?」
「流兄さんが知り合いの女性に会ってお茶をしていたのを父さんが見て、ヤキモチっていうの?」
あの時の父さん、あんなに感情を露わにして……
驚いたけれど、父さんも人の子なんだよなってホッとしたよ。
「なっ、笑えるよね?」
「……いや、笑えない」
「……俺も笑えない」
「ええっ?」
丈さんと洋さんが共通の何かを思いだしたようで、サッと真顔になった。
げげっ、オレ……また地雷を踏んだ?
「そ、そろそろ寝ようかな~」
「あぁ、そうしろ」
「薙くん、お休み」
****
薙くんを母屋に見送って戻って来ると、洋がふくれていた。
「丈、俺、いろいろ思い出したよ」
「すまなかった。あの時は」
似たような状況で、洋を誤解させた過去がある。
前科? いや、ただの過去だ。
「まぁ……最終的には俺が勝手に誤解して怒っただけなんだけどさ」
「紛らわしいことをした」
洋の機嫌を手っ取り早く直してやることが、出来ないだろうか。
「そうだ。洋……私の高校時代の制服を見たくないか」
「え? あるのか」
洋の声のトーンが上がる。
「……封印しようと思ったが、母さんに押しつけられた。兄さんの制服と一緒に発掘したと喜び勇んで持ってきたのさ」
「お母さんらしいね。で……どれ?」
洋がわくわくした顔になった。
そうなればもうこっちのものだ。
「これだ」
「ブレザーだったのか」
「全寮制で、敷地内の寮と学校の往復だけだったから、あまり痛んでないだろう」
「あぁ、今でも着られそうだ」
ニヤリ。
「じゃあ着てみないか」
「え? 俺が」
「そうだ。洋に着せてみたい。なぁ駄目か」
「うっ、翠さんの真似はやめろ」
「じゃあ、着ろ」
「それも狡い!」
洋を私の言葉で絡め捕っていく。
羽ばたくアゲハ蝶を捕らえる蜘蛛のようだと苦笑してしまった。
「意地が悪いな、丈……でも着てあげてもいいぞ?」
蠱惑的な洋。
君に捕らわれているのは、私の方なのかもしれない。
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