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14章
身も心も 32
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流は僕の着衣を整えた後、「少しクールダウンしてくる」と言って、廊下に出て行った。
クールダウン? それなら僕も必要だ。
病室で僕は何を強請った? 流に何をしてもらった?
思い出せば……とんでもないことを……顔が火照ることばかりしてしまった。
「どうしよう! 身体の内側から沸き起こる気持ちに蓋が出来なくなっているな。ふぅ」
特別室の窓は大きく高い。
手を伸ばせば、天まで届きそうだ。
雲の合間から、あの人の声が聞こえてくるようだ。
「君は今幸せか」
「えぇ、とても満たされています」
「よかったな。僕は生きている間に……ただ一度もそんな風に甘く睦み合えなかったから、羨ましいよ」
「でも……あなた達も……今は天上の世界で結ばれているのですよね」
「ようやくだ……僕たちもやっと幸せになれたんだ」
「じゃあ……お互いに幸せなんですね」
「あぁ、そうだ」
天国の湖翠さんの元に。地上を彷徨っていた流水さんの魂が還っていった。
それを僕と流は、宇治の山荘で見届けたんだ。
あの日から、僕は流との人生を本格的に歩み出した。
あの日から、愛は深まるばかり。
深まれば深まるほど、胸の傷が気になって仕方が無かったんだよ。
一点の曇りもない身体で、流と歩んでいきたくなったんだ。
「思い切って……取ってもらって良かった」
そう確信している。
「これでようやく僕は自由に羽ばたける」
「僕たちが出来なかったことをしておくれ。夏には二人で温泉に行っておいで」
「何故それを?」
この夏、手術の傷が癒えたら流と約束していることだった。
「流水もよくそんなこと強請っていたからね。じゃあ……行くよ。手術成功良かったね。それを伝えたくて」
不思議な対話を終えると、笑い声と共に、僕の二人の弟が部屋に入ってきた。
流の笑い声はよく耳にするが、丈も、そんな風に笑えるんだね。
丈を長い年月抑圧していたのは、僕と流だったのかもしれない。
僕らの煮え切らない、いや煮詰まった関係が暗い影を落としていたのかもしれない。
とにかく……弟二人は立派に成長した。
もう僕が導き、守ってあげなくても大丈夫なのだ。
もう……肩の荷を下ろしてもいい。
ようやく素直にそう思えるようになったよ。
医師としての丈は、その範疇を超えたサービスを僕らに与えてくれた。
「兄さん、じゃあ、今日はゆっくり過ごして下さい。傷が痛むようでしたら呼んで下さい」
「分かった。あの……本当にこの部屋に流が……泊まっても?」
「そうですよ。兄さんのご所望通りに」
「あ、ありがとう……丈」
「私も役に立てて嬉しいのです」
その晩……シャワーを浴びた流が新しい作務衣に着替えて出てきた。
「いつの間に着替えを?」
「こうなればいいと思っていたのさ」
「用意周到だね」
「いつも翠のことばかり考えているからな」
「ふっ」
僕らは見つめ合って、軽く口づけをした。
「傷、痛むだろう?」
「正直……まだ術後2日目だ。痛むことは痛むが、それよりも雲の上にいるようなふわふわした心地なんだ」
「上機嫌だな、翠……」
「そうなんだ、だから、一緒に眠ってくれないか」
「うーん拷問のような、極楽のような誘いだな」
「極楽だよ、流」
「その笑み……参ったな。兄さん」
突然兄さんと呼ばれて、恥ずかしくなった。
「今呼ぶなんて卑怯だ」
「恥ずかしい顔を見たいんだ。そそられる……」
「もう、何を言って!」
「ははっ、何もしないよ。手を繋ごう」
「早く良くなって、お前に抱かれたいよ」
「はぁ……無自覚に煽るな。ギリギリのところなんだ」
「ごめんっ。でも本心だ」
「続きは月影寺に無事に戻ってからだ」
僕らは子供の頃のように手と手と繋いで、横になった。
「兄さん」
「何だい?」
「……翠」
「何?」
「欲張りかもしれないな」
「どうしたの?」
小かった流はもういないのに、今はあの頃のように僕の手を握ってくれている。
「兄さんも翠も手に入れたいんだ。俺をずっと導いて欲しい」
「あぁ、流……心配するな。どこまでも僕たちは一緒だ」
クールダウン? それなら僕も必要だ。
病室で僕は何を強請った? 流に何をしてもらった?
思い出せば……とんでもないことを……顔が火照ることばかりしてしまった。
「どうしよう! 身体の内側から沸き起こる気持ちに蓋が出来なくなっているな。ふぅ」
特別室の窓は大きく高い。
手を伸ばせば、天まで届きそうだ。
雲の合間から、あの人の声が聞こえてくるようだ。
「君は今幸せか」
「えぇ、とても満たされています」
「よかったな。僕は生きている間に……ただ一度もそんな風に甘く睦み合えなかったから、羨ましいよ」
「でも……あなた達も……今は天上の世界で結ばれているのですよね」
「ようやくだ……僕たちもやっと幸せになれたんだ」
「じゃあ……お互いに幸せなんですね」
「あぁ、そうだ」
天国の湖翠さんの元に。地上を彷徨っていた流水さんの魂が還っていった。
それを僕と流は、宇治の山荘で見届けたんだ。
あの日から、僕は流との人生を本格的に歩み出した。
あの日から、愛は深まるばかり。
深まれば深まるほど、胸の傷が気になって仕方が無かったんだよ。
一点の曇りもない身体で、流と歩んでいきたくなったんだ。
「思い切って……取ってもらって良かった」
そう確信している。
「これでようやく僕は自由に羽ばたける」
「僕たちが出来なかったことをしておくれ。夏には二人で温泉に行っておいで」
「何故それを?」
この夏、手術の傷が癒えたら流と約束していることだった。
「流水もよくそんなこと強請っていたからね。じゃあ……行くよ。手術成功良かったね。それを伝えたくて」
不思議な対話を終えると、笑い声と共に、僕の二人の弟が部屋に入ってきた。
流の笑い声はよく耳にするが、丈も、そんな風に笑えるんだね。
丈を長い年月抑圧していたのは、僕と流だったのかもしれない。
僕らの煮え切らない、いや煮詰まった関係が暗い影を落としていたのかもしれない。
とにかく……弟二人は立派に成長した。
もう僕が導き、守ってあげなくても大丈夫なのだ。
もう……肩の荷を下ろしてもいい。
ようやく素直にそう思えるようになったよ。
医師としての丈は、その範疇を超えたサービスを僕らに与えてくれた。
「兄さん、じゃあ、今日はゆっくり過ごして下さい。傷が痛むようでしたら呼んで下さい」
「分かった。あの……本当にこの部屋に流が……泊まっても?」
「そうですよ。兄さんのご所望通りに」
「あ、ありがとう……丈」
「私も役に立てて嬉しいのです」
その晩……シャワーを浴びた流が新しい作務衣に着替えて出てきた。
「いつの間に着替えを?」
「こうなればいいと思っていたのさ」
「用意周到だね」
「いつも翠のことばかり考えているからな」
「ふっ」
僕らは見つめ合って、軽く口づけをした。
「傷、痛むだろう?」
「正直……まだ術後2日目だ。痛むことは痛むが、それよりも雲の上にいるようなふわふわした心地なんだ」
「上機嫌だな、翠……」
「そうなんだ、だから、一緒に眠ってくれないか」
「うーん拷問のような、極楽のような誘いだな」
「極楽だよ、流」
「その笑み……参ったな。兄さん」
突然兄さんと呼ばれて、恥ずかしくなった。
「今呼ぶなんて卑怯だ」
「恥ずかしい顔を見たいんだ。そそられる……」
「もう、何を言って!」
「ははっ、何もしないよ。手を繋ごう」
「早く良くなって、お前に抱かれたいよ」
「はぁ……無自覚に煽るな。ギリギリのところなんだ」
「ごめんっ。でも本心だ」
「続きは月影寺に無事に戻ってからだ」
僕らは子供の頃のように手と手と繋いで、横になった。
「兄さん」
「何だい?」
「……翠」
「何?」
「欲張りかもしれないな」
「どうしたの?」
小かった流はもういないのに、今はあの頃のように僕の手を握ってくれている。
「兄さんも翠も手に入れたいんだ。俺をずっと導いて欲しい」
「あぁ、流……心配するな。どこまでも僕たちは一緒だ」
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