重なる月

志生帆 海

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14章

身も心も 11

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  助手席に翠を座らせて、シートベルトをつけさせた。

「さぁ、行くぞ」
「……」

 返事がないのを訝しむと、翠が突然シートベルトを解いた。

「何を?」

  一瞬何が起きたのか分からなかった。

 ただただ……愛しい翠の顔が焦点が合わない程近づいて、視界を塞がれてた。

 今……唇を重ねられたのか。

 柔らかい感触に驚いた。

 俺から仕掛けるのが常なので、翠から積極的に与えてもらう口づけは、いつもより甘く感じ、同時に照れ臭いものだった。

「翠……」
「流、そんなに驚かなくても……顔が赤いよ」

 そうか、暑いと思ったら、俺は赤面していたのか。

 翠の口づけひとつで、心が躍り出すんだ。

 翠を抱きしめると、心細そうに俺の胸に頭を預けてきた。

 不安がっているのだ、口には出さないが。

 だから、もう一度、口づけを深めてやる。

 舌と舌を絡ませ濃厚に。

 抱きしめる翠の肩ごしに、庭の八重桜の花びらが舞っているのが見える。

 もっと降り積もれよ。

 フロントガラスを埋め尽くして、俺たちを今だけ……視界から消して欲しい。

 そんなことを願いたくなってしまった。

 それほどまでに愛おしい人。


****

 入院手続きを済ませ個室に入ると、翠が不安気に呟いた。

「流、僕は何をしたら?」
「パジャマに着替えるんだよ」
「あ、そうか」
「危なっかしいな、荷物整理をするから待っていろ」

 荷物を解いてロッカーに詰めていると、俺のジャージが出てきた。

 本気で着るつもりなのだな。

 洗濯しても落ちた気がしないぞ。

 俺の匂いが染み付いているジャージは、照れ臭くも嬉しい物だった。

「さぁ、これに着替えて」
「ん……」

 一番肌触りの良いパジャマを着せてやると、翠が物足りなさそうな顔をした。

「どうした?」
「……寒いんだ」
「……上を羽織るか」
「そうしたい」

 おいおい、そんなに嬉しそうな顔すんなよ。
 
 また押し倒したくなるだろう。
 
 前回のような検査入院ではない。

 明日、手術をするのだから、安静にしないとダメなのに。
 
  でもさ……上質なパジャマにボロボロのジャージ姿って、心配だな。

 看護師から余計なことを突っ込まれないといいが。

 そんなことを考えていると、白衣姿の丈がやってきた。

「翠兄さん、どうですか」
「丈!」
「ん? そのジャージは?」

 目敏いヤツ……余計なことを突っ込むなよ。

「どうして高校のジャージを? 兄さんならもっといいモノを持っているのに」
「これが、いいんだよ」
「あっ、そうか……」

 お! 気付いたな。

 ポーカーフェイスを崩さないところが憎たらしいな。

「いいですね。不安な時に大切な温もりは……」
「良いことを言うね。丈、いよいよ明日だね」
「はい、ベストを尽くします」
「ありがとう、引き受けてくれて……身内の手術は緊張するだろうに」
「どうか頼む」

 翠がそっと丈の手を握ると、丈は一瞬、驚いた顔をした。

 お? 珍しく狼狽えて赤面しているな。

 まるでさっきの俺のようだな。

 翠はもしかしたら、天然のたらしでは?

 フツフツと疑念が湧くぜ。

「これ……とても着心地いいんだ」

 ほ・ら・な!

「よく似合っていますよ」

 おっと、丈もやるな。

 
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