1,313 / 1,657
14章
託す想い、集う人 20
しおりを挟む
「ようちゃん、これを見て」
祖母が部屋の本棚から取り出してくれたのは、古いアルバムだった。
古いといっても豪華な作りで、白いシルクの生地で覆われ、沢山のレースとピンクのリボンがついていた。そして表紙には『To You《あなたへ》』と銀色で刺繍がされており……泣けた。
(洋へ―― 洋にも見て欲しくて)
そんな母の言葉が、天上から優しく降ってくるようだ。
「これはね、夕が赤ちゃんの時よ」
「……母さんの」
初めて触れる母さんの過去だった。
天使のような赤ちゃんが、白いベビーカーに並んでいる。一歳、二歳、三歳……アルバムの中で、赤ん坊は少女へと少しずつ成長していく。
双子の赤ん坊、同じ顔が並んでいても雰囲気が全く違っていた。
朝日のような力強い輝き
夕日のような癒やしの灯り
「夕はね……小さい時から身体が丈夫ではくて、風邪を引いては悪化させて……大変だったわ。でも……大人しくて内向的だったけれども優しくて美しい子で、私と一緒によく物語を読み、家で過ごすことが多かったの」
分かる。俺の記憶の中の母もそうだから。
母は物静かで身体が弱く、父さんが生きていた頃もよく寝込んでいた。
そんな時は、父さんが全部御飯を作ってくれたのだ。
あぁ、父さん……どうしてあなたの事を……今まで思い出せなかったのか。
「ねぇ……洋、こんなこと、あなたに聴くのは反則かしら? 夕は……その、」
「……はい、俺が話せることなら何…………」
但し義父以外のことならば……と言う言葉は呑み込んだ。そこは知らなくていい、話さなくてもいいことだ。最初に会った時、かいつまんで再婚した話はしたが、それ以上の話はこの先もしない。
「……あ、あのね……夕と浅岡さんとの結婚生活……洋は覚えているの?」
「はい、俺が七歳の時に亡くなってしまいましたが、おぼろげな記憶を最近よく思い出します」
祖母の瞳は潤んでいた。
「そうなのね……あ、あの子は……幸せだった? 浅岡さんとどんな風に暮らしていたの?」
「はい、父は母をお姫様のように大切にしていました。母が病で寝込むと、家事を全部引き受けて、野菜スープを作り、母の枕元に運び……」
……
「夕、大丈夫か。無理はいけないよ」
「あなた、ごめんなさい」
「いいんだよ。俺のお姫様……さぁ、スープを作ったよ」
「わぁ、嬉しい」
「ほら、あーん」
母は少女のように父を見つめて、甘えていた。
父も……母を少女のように甘やかしていた。
子供心にもそれはとても優美な光景で、おとぎ話の世界のようだと思った。
扉の影から覗いていた俺を、母がすぐに見つけてくれ……呼んでくれる。
「私の洋、あなたのお顔も見せて」
「洋、こっちにおいで。洋にもパパが食べさせてやろう」
輝くように美しい両親が、手を広げて俺を呼んでくれる。
「パパ、ママ、大好き……洋も入れて」
……
俺は本当に両親が好きで好きで溜まらなくて、二人の間に駆け込んだ。
その後……貧しくはなかったはずなのに、父は母にもっと楽をさせてあげようと、翻訳の仕事を増やし、出版社に出向くことも多くなっていった。
「ようちゃん、ありがとう。あの子……彼に大切にしてもらっていたのね。家族三人で仲良く幸せに暮らしていたのね」
その通り、途中までは……本当に幸せだった。
「おばあ様、父のこと……もう怒っていませんか」
「えぇ……こんなに可愛い孫を贈って下さったんですもの。もう全て過去のことよ」
「良かった。ありがとうございます」
祖母の優しい心に触れられて、ホッとした。
俺に流れる血を憎んで欲しくない……だから、嬉しかった。
「洋ちゃん、あなた……お父さんの素性も知りたいんじゃ」
「あ……何故それを」
「人はルーツを求めたくなるものよ。自分が何者か知りたくなるのは当然よ。私が生きているうちに伝えたいの、だから聞いてちょうだい」
祖母の申し出は意外なものだった。
謎に包まれていた、父方のルーツの鍵を渡してくれるというのか。
祖母が部屋の本棚から取り出してくれたのは、古いアルバムだった。
古いといっても豪華な作りで、白いシルクの生地で覆われ、沢山のレースとピンクのリボンがついていた。そして表紙には『To You《あなたへ》』と銀色で刺繍がされており……泣けた。
(洋へ―― 洋にも見て欲しくて)
そんな母の言葉が、天上から優しく降ってくるようだ。
「これはね、夕が赤ちゃんの時よ」
「……母さんの」
初めて触れる母さんの過去だった。
天使のような赤ちゃんが、白いベビーカーに並んでいる。一歳、二歳、三歳……アルバムの中で、赤ん坊は少女へと少しずつ成長していく。
双子の赤ん坊、同じ顔が並んでいても雰囲気が全く違っていた。
朝日のような力強い輝き
夕日のような癒やしの灯り
「夕はね……小さい時から身体が丈夫ではくて、風邪を引いては悪化させて……大変だったわ。でも……大人しくて内向的だったけれども優しくて美しい子で、私と一緒によく物語を読み、家で過ごすことが多かったの」
分かる。俺の記憶の中の母もそうだから。
母は物静かで身体が弱く、父さんが生きていた頃もよく寝込んでいた。
そんな時は、父さんが全部御飯を作ってくれたのだ。
あぁ、父さん……どうしてあなたの事を……今まで思い出せなかったのか。
「ねぇ……洋、こんなこと、あなたに聴くのは反則かしら? 夕は……その、」
「……はい、俺が話せることなら何…………」
但し義父以外のことならば……と言う言葉は呑み込んだ。そこは知らなくていい、話さなくてもいいことだ。最初に会った時、かいつまんで再婚した話はしたが、それ以上の話はこの先もしない。
「……あ、あのね……夕と浅岡さんとの結婚生活……洋は覚えているの?」
「はい、俺が七歳の時に亡くなってしまいましたが、おぼろげな記憶を最近よく思い出します」
祖母の瞳は潤んでいた。
「そうなのね……あ、あの子は……幸せだった? 浅岡さんとどんな風に暮らしていたの?」
「はい、父は母をお姫様のように大切にしていました。母が病で寝込むと、家事を全部引き受けて、野菜スープを作り、母の枕元に運び……」
……
「夕、大丈夫か。無理はいけないよ」
「あなた、ごめんなさい」
「いいんだよ。俺のお姫様……さぁ、スープを作ったよ」
「わぁ、嬉しい」
「ほら、あーん」
母は少女のように父を見つめて、甘えていた。
父も……母を少女のように甘やかしていた。
子供心にもそれはとても優美な光景で、おとぎ話の世界のようだと思った。
扉の影から覗いていた俺を、母がすぐに見つけてくれ……呼んでくれる。
「私の洋、あなたのお顔も見せて」
「洋、こっちにおいで。洋にもパパが食べさせてやろう」
輝くように美しい両親が、手を広げて俺を呼んでくれる。
「パパ、ママ、大好き……洋も入れて」
……
俺は本当に両親が好きで好きで溜まらなくて、二人の間に駆け込んだ。
その後……貧しくはなかったはずなのに、父は母にもっと楽をさせてあげようと、翻訳の仕事を増やし、出版社に出向くことも多くなっていった。
「ようちゃん、ありがとう。あの子……彼に大切にしてもらっていたのね。家族三人で仲良く幸せに暮らしていたのね」
その通り、途中までは……本当に幸せだった。
「おばあ様、父のこと……もう怒っていませんか」
「えぇ……こんなに可愛い孫を贈って下さったんですもの。もう全て過去のことよ」
「良かった。ありがとうございます」
祖母の優しい心に触れられて、ホッとした。
俺に流れる血を憎んで欲しくない……だから、嬉しかった。
「洋ちゃん、あなた……お父さんの素性も知りたいんじゃ」
「あ……何故それを」
「人はルーツを求めたくなるものよ。自分が何者か知りたくなるのは当然よ。私が生きているうちに伝えたいの、だから聞いてちょうだい」
祖母の申し出は意外なものだった。
謎に包まれていた、父方のルーツの鍵を渡してくれるというのか。
10
お気に入りに追加
443
あなたにおすすめの小説
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
紹介なんてされたくありません!
mahiro
BL
普通ならば「家族に紹介したい」と言われたら、嬉しいものなのだと思う。
けれど僕は男で目の前で平然と言ってのけたこの人物も男なわけで。
断りの言葉を言いかけた瞬間、来客を知らせるインターフォンが鳴り響き……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる