重なる月

志生帆 海

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14章

託す想い、集う人 20

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「ようちゃん、これを見て」

 祖母が部屋の本棚から取り出してくれたのは、古いアルバムだった。

 古いといっても豪華な作りで、白いシルクの生地で覆われ、沢山のレースとピンクのリボンがついていた。そして表紙には『To You《あなたへ》』と銀色で刺繍がされており……泣けた。

(洋へ―― 洋にも見て欲しくて)

 そんな母の言葉が、天上から優しく降ってくるようだ。
 
「これはね、夕が赤ちゃんの時よ」
「……母さんの」

 初めて触れる母さんの過去だった。

 天使のような赤ちゃんが、白いベビーカーに並んでいる。一歳、二歳、三歳……アルバムの中で、赤ん坊は少女へと少しずつ成長していく。

 双子の赤ん坊、同じ顔が並んでいても雰囲気が全く違っていた。

 朝日のような力強い輝き
 夕日のような癒やしの灯り

「夕はね……小さい時から身体が丈夫ではくて、風邪を引いては悪化させて……大変だったわ。でも……大人しくて内向的だったけれども優しくて美しい子で、私と一緒によく物語を読み、家で過ごすことが多かったの」

 分かる。俺の記憶の中の母もそうだから。

 母は物静かで身体が弱く、父さんが生きていた頃もよく寝込んでいた。

 そんな時は、父さんが全部御飯を作ってくれたのだ。

 あぁ、父さん……どうしてあなたの事を……今まで思い出せなかったのか。

「ねぇ……洋、こんなこと、あなたに聴くのは反則かしら? 夕は……その、」
「……はい、俺が話せることなら何…………」

 但し義父以外のことならば……と言う言葉は呑み込んだ。そこは知らなくていい、話さなくてもいいことだ。最初に会った時、かいつまんで再婚した話はしたが、それ以上の話はこの先もしない。

「……あ、あのね……夕と浅岡さんとの結婚生活……洋は覚えているの?」
「はい、俺が七歳の時に亡くなってしまいましたが、おぼろげな記憶を最近よく思い出します」

 祖母の瞳は潤んでいた。

「そうなのね……あ、あの子は……幸せだった? 浅岡さんとどんな風に暮らしていたの?」
「はい、父は母をお姫様のように大切にしていました。母が病で寝込むと、家事を全部引き受けて、野菜スープを作り、母の枕元に運び……」

……

「夕、大丈夫か。無理はいけないよ」
「あなた、ごめんなさい」
「いいんだよ。俺のお姫様……さぁ、スープを作ったよ」
「わぁ、嬉しい」
「ほら、あーん」

 母は少女のように父を見つめて、甘えていた。
 父も……母を少女のように甘やかしていた。

 子供心にもそれはとても優美な光景で、おとぎ話の世界のようだと思った。

 扉の影から覗いていた俺を、母がすぐに見つけてくれ……呼んでくれる。

「私の洋、あなたのお顔も見せて」
「洋、こっちにおいで。洋にもパパが食べさせてやろう」

 輝くように美しい両親が、手を広げて俺を呼んでくれる。

「パパ、ママ、大好き……洋も入れて」

……

 俺は本当に両親が好きで好きで溜まらなくて、二人の間に駆け込んだ。

 その後……貧しくはなかったはずなのに、父は母にもっと楽をさせてあげようと、翻訳の仕事を増やし、出版社に出向くことも多くなっていった。

「ようちゃん、ありがとう。あの子……彼に大切にしてもらっていたのね。家族三人で仲良く幸せに暮らしていたのね」

 その通り、途中までは……本当に幸せだった。

「おばあ様、父のこと……もう怒っていませんか」
「えぇ……こんなに可愛い孫を贈って下さったんですもの。もう全て過去のことよ」
「良かった。ありがとうございます」

 祖母の優しい心に触れられて、ホッとした。

 俺に流れる血を憎んで欲しくない……だから、嬉しかった。

「洋ちゃん、あなた……お父さんの素性も知りたいんじゃ」
「あ……何故それを」
「人はルーツを求めたくなるものよ。自分が何者か知りたくなるのは当然よ。私が生きているうちに伝えたいの、だから聞いてちょうだい」

 祖母の申し出は意外なものだった。

 謎に包まれていた、父方のルーツの鍵を渡してくれるというのか。

 
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