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14章
それぞれの想い 24
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「いってらっしゃい!」
病院の駐車場。
運転席から明るく送り出すと、丈が眩しそうに目を細めて、俺を見下ろした。
「洋、気をつけて」
丈の手には海里先生の愛用されていた聴診器が、確かに受け継がれていた。
朝から由比ヶ浜に行ったせいなのか。
何だか離れ難い。
「なぁ……今日は迎えに来てもいいか。丈の車は家だし」
もうじっと家で待つだけでは嫌だ。だから思い切って俺もずっとしたかったことを申し出てみた。
「嬉しいよ。頼む」
丈が俺の肩に手を置いて、男気たっぷりに微笑んでくれた。
「了解!」
男らしい会話だった。丈もお嫁さんに頼むような雰囲気ではなく、俺を対等の同士のように見つめてくれるのが、嬉しい。
「俺たち一皮剥けたようだな」
「あぁ……脱皮したんだろうな」
「何から?」
「……過去から!」
****
洋に見送られて病院に入った。
今日から忙しくなるぞ。
開業となると先輩にノウハウを仰ぎたいし、資金繰りのことも考えねばな。
それから今予約の入っている手術はもちろんこなすが……その後は受けない方がいい。早めに人事に相談すべきか。
私は勤務医でずっとやってきた。実家が病院でないので、私は定年まで勤務医で行くつもりだったが、ここに来て考えが大きく変わった。
洋と病院をやっていく。
洋と過ごせるだけでなく、一緒に働けるのだ。
海里先生がそうであったように、診療所が我が子のように愛おしくなるだろう。
愛を育て、診療所を育て、地域の人の支えになっていきたい。
そんな夢を……空を駆ける虹のように、綺麗に描けていた。
「丈先生、なんだか太りました?」
「ん?」
ナースステーションに入るなり、第一声がこれだ。やれやれ……
「違うか~ あ、急に貫禄が、そうだ! 聴診器を替えました?」
「なかなか目敏いね。これは大切な先生の遺品でね」
「味が出ていて素敵ですね」
「ありがとう」
なんだ、見る目はあるのか。
穿った目で見てしまい悪かったな。
「ふふふ、じゃあ~今度外でランチでもどうですか♡」
「いや、いい」
やはり洋が心配するのも無理ないか。
鏡に映る私の顔。
洋には昔も今も変わっていないように見えるか。
洋は歳を取るのを忘れたかのような美貌を振りまいているが、私はどうだろう?
少し前までは笑顔がぎこちない陰湿な雰囲気だったが……うーむ。
「いい笑顔ですよ。丈先生もやっと自分に自信が持てるようになったんですね」
「……ありがとう」
的は射ているのか。
確かに最近の私は自信を持っている。過去からの運命に押し潰されそうだった私はもういない。
そんな運命や縁は関係なくとも、洋を愛している。
当たり前だが、しっかり確信を持てるようになった。
だから眠っていた……朗らかな私を受け入れた。
するとようやくこの歳になって、自分というものが完成したのだ。
「丈先生もそろそろ開業ですか」
年配の看護師に話かけられた。
「え……?」
「開業間近の先生は、皆そんな表情を浮かべていますよ」
「そうか……どんな顔だ?
「豊かな顔です。ご自分が何物か知り、自分に自信を持っています」
「そうか……ありがとう」
「開業される時は、私を雇ってくださいませ。私もそろそろ……ゆったりと町の人と触れ合っていきたいんですよ」
笑窪の浮かぶふっくらした看護師の笑顔は、母の灯のようだった。
「その時は、是非頼むよ」
この人なら、きっと洋を受け入れてくれる。
そんな予感だった。
病院の駐車場。
運転席から明るく送り出すと、丈が眩しそうに目を細めて、俺を見下ろした。
「洋、気をつけて」
丈の手には海里先生の愛用されていた聴診器が、確かに受け継がれていた。
朝から由比ヶ浜に行ったせいなのか。
何だか離れ難い。
「なぁ……今日は迎えに来てもいいか。丈の車は家だし」
もうじっと家で待つだけでは嫌だ。だから思い切って俺もずっとしたかったことを申し出てみた。
「嬉しいよ。頼む」
丈が俺の肩に手を置いて、男気たっぷりに微笑んでくれた。
「了解!」
男らしい会話だった。丈もお嫁さんに頼むような雰囲気ではなく、俺を対等の同士のように見つめてくれるのが、嬉しい。
「俺たち一皮剥けたようだな」
「あぁ……脱皮したんだろうな」
「何から?」
「……過去から!」
****
洋に見送られて病院に入った。
今日から忙しくなるぞ。
開業となると先輩にノウハウを仰ぎたいし、資金繰りのことも考えねばな。
それから今予約の入っている手術はもちろんこなすが……その後は受けない方がいい。早めに人事に相談すべきか。
私は勤務医でずっとやってきた。実家が病院でないので、私は定年まで勤務医で行くつもりだったが、ここに来て考えが大きく変わった。
洋と病院をやっていく。
洋と過ごせるだけでなく、一緒に働けるのだ。
海里先生がそうであったように、診療所が我が子のように愛おしくなるだろう。
愛を育て、診療所を育て、地域の人の支えになっていきたい。
そんな夢を……空を駆ける虹のように、綺麗に描けていた。
「丈先生、なんだか太りました?」
「ん?」
ナースステーションに入るなり、第一声がこれだ。やれやれ……
「違うか~ あ、急に貫禄が、そうだ! 聴診器を替えました?」
「なかなか目敏いね。これは大切な先生の遺品でね」
「味が出ていて素敵ですね」
「ありがとう」
なんだ、見る目はあるのか。
穿った目で見てしまい悪かったな。
「ふふふ、じゃあ~今度外でランチでもどうですか♡」
「いや、いい」
やはり洋が心配するのも無理ないか。
鏡に映る私の顔。
洋には昔も今も変わっていないように見えるか。
洋は歳を取るのを忘れたかのような美貌を振りまいているが、私はどうだろう?
少し前までは笑顔がぎこちない陰湿な雰囲気だったが……うーむ。
「いい笑顔ですよ。丈先生もやっと自分に自信が持てるようになったんですね」
「……ありがとう」
的は射ているのか。
確かに最近の私は自信を持っている。過去からの運命に押し潰されそうだった私はもういない。
そんな運命や縁は関係なくとも、洋を愛している。
当たり前だが、しっかり確信を持てるようになった。
だから眠っていた……朗らかな私を受け入れた。
するとようやくこの歳になって、自分というものが完成したのだ。
「丈先生もそろそろ開業ですか」
年配の看護師に話かけられた。
「え……?」
「開業間近の先生は、皆そんな表情を浮かべていますよ」
「そうか……どんな顔だ?
「豊かな顔です。ご自分が何物か知り、自分に自信を持っています」
「そうか……ありがとう」
「開業される時は、私を雇ってくださいませ。私もそろそろ……ゆったりと町の人と触れ合っていきたいんですよ」
笑窪の浮かぶふっくらした看護師の笑顔は、母の灯のようだった。
「その時は、是非頼むよ」
この人なら、きっと洋を受け入れてくれる。
そんな予感だった。
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