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14章
それぞれの想い 22
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時計を見ると、もういい時間だった。
丈の出勤時間にかかるので、そろそろお暇しないと。
「あの、こんな朝早くから、すみませんでした」
「いえ、私達は早起きなので。それより夕さんの忘れ形見、洋くんに
会えてうれしかったです。そして丈さん……本当に海里の診療所を継いで下さるんですね。あぁ……見届けたくなります。もう充分歳を重ねたと思っていましたが、変な欲が出てしまいますね」
日本と英国、二人の老紳士が穏やかな笑顔を浮かべている。
生前の母を知る人との邂逅が、どんなに嬉しいことか。
「ぜひ、見届けて欲しいです」
「そうですね。アーサー、また生きる楽しみが出来たね」
「あぁ……海里の命日に合わせて思い切って数年ぶりに帰国した甲斐があったな。あいつにも墓参りで報告しよう」
命日? 墓参り……!
それって! 俺が言い出すより先に丈が申し出ていた。
「よかったら海里先生のお墓の場所を教えて下さいますか。私達も挨拶に行きたいです」
「ありがとうございます。白金のお寺と、実は、ここから近い場所にも分骨しています。兄、海里は……海が見える場所に眠っています」
「ありがとうございます。あの、また来ても? まだいて下さいますか」
「明日の命日を過ごしたら……冬郷家に寄り、そのまま成田から英国に帰るつもりだったけれども……アーサーどうしよう?」
「瑠衣、俺はいいが、セオは学校があるからなぁ」
そうか。セオさんはまだ学生さんなのか。ならば……
「あの、俺でよければ車の運転など出来ますし、暫くはこの由比ヶ浜の屋敷に通って屋敷を整理しようと思っているので、何でも申しつけてください。母が昔お世話になった恩返しを、させて下さい」
自分でも驚くほど積極的な申し出だった。
アーサーさんと瑠衣さんも、キョトンとして顔を見合わせていた。
そこに丈が背中を押してくれる。
「私からも頼みます。由比ヶ浜の家に洋ひとりを通わせるのも不安ですので、ぜひ私達ともっと交流を」
「いいんじゃないかな! 大叔父さん、オレも安心して帰国できるよ」
「そうだな。夕さんとのご縁に甘えるか」
「アーサー、僕もそう思っていた」
思いがけない展開だ。
アーサーさんと瑠衣さんは隠居生活中で、ゆったりとした時間を過ごしているようだ。ならば……もう少し聞かせて欲しい。もう少し教えて欲しい。あなたたちの記憶に残る母の姿を。
俺の記憶はおぼろげで好くな過ぎるから。
あの日のショックでかなり抜け落ちてしまっているのだ。
「あ……洋くん、早速ですが……今度、運転を頼んでもいいですか」
「もちろんです! あの、どこへ?」
「週末になったら白金の冬郷家に顔を出すつもりです。私達を連れて行ってもらえないでしょうか」
「あ……ちょうど俺たちも行く予定でした」
縁があった人との縁が繋がっていく。
それが嬉しくて……やはりこの出逢いは、天国の母がかけてくれた魔法のようだ。
すると……本当に久しぶりに母の声が聞えた。
記憶が……鮮明に蘇ってきた。
……
『ようちゃん、ママが小さい頃は、おとぎ話の世界が近くにあったのよ』
『おとぎ話? この絵本みたいな?』
『そうよ。白薔薇の咲くお屋敷には王子さまとお姫様が暮らしていて……それから時々騎士さんともうひとりのお姫様が英国から遊びに来て……ママはその人たちが大好きだったの。あそこは愛が溢れていて豊かな場所だったわ。懐かしい……また行きたいわ……また彼らに会いたいわ』
『ママ?』
……
あ……それで……俺を連れて一度だけあのお屋敷に行ったのか。
入る勇気はなかったようで、暫く立ち尽くして、帰ったのを覚えている。
母さん、俺があなたの夢を引き継いでもいいですか。
その世界を見て来てもいいですか。
一度雪也さんの家で休ませてもらったことがあったが、あの時はおばあさまに受け入れてもらえなかったショックで消沈し、あまり記憶がない。
ならば……もう一度行ってみよう。
今度は俺の兄さんたちと恋人を連れて――
母さんの夢を叶えに。
丈の出勤時間にかかるので、そろそろお暇しないと。
「あの、こんな朝早くから、すみませんでした」
「いえ、私達は早起きなので。それより夕さんの忘れ形見、洋くんに
会えてうれしかったです。そして丈さん……本当に海里の診療所を継いで下さるんですね。あぁ……見届けたくなります。もう充分歳を重ねたと思っていましたが、変な欲が出てしまいますね」
日本と英国、二人の老紳士が穏やかな笑顔を浮かべている。
生前の母を知る人との邂逅が、どんなに嬉しいことか。
「ぜひ、見届けて欲しいです」
「そうですね。アーサー、また生きる楽しみが出来たね」
「あぁ……海里の命日に合わせて思い切って数年ぶりに帰国した甲斐があったな。あいつにも墓参りで報告しよう」
命日? 墓参り……!
それって! 俺が言い出すより先に丈が申し出ていた。
「よかったら海里先生のお墓の場所を教えて下さいますか。私達も挨拶に行きたいです」
「ありがとうございます。白金のお寺と、実は、ここから近い場所にも分骨しています。兄、海里は……海が見える場所に眠っています」
「ありがとうございます。あの、また来ても? まだいて下さいますか」
「明日の命日を過ごしたら……冬郷家に寄り、そのまま成田から英国に帰るつもりだったけれども……アーサーどうしよう?」
「瑠衣、俺はいいが、セオは学校があるからなぁ」
そうか。セオさんはまだ学生さんなのか。ならば……
「あの、俺でよければ車の運転など出来ますし、暫くはこの由比ヶ浜の屋敷に通って屋敷を整理しようと思っているので、何でも申しつけてください。母が昔お世話になった恩返しを、させて下さい」
自分でも驚くほど積極的な申し出だった。
アーサーさんと瑠衣さんも、キョトンとして顔を見合わせていた。
そこに丈が背中を押してくれる。
「私からも頼みます。由比ヶ浜の家に洋ひとりを通わせるのも不安ですので、ぜひ私達ともっと交流を」
「いいんじゃないかな! 大叔父さん、オレも安心して帰国できるよ」
「そうだな。夕さんとのご縁に甘えるか」
「アーサー、僕もそう思っていた」
思いがけない展開だ。
アーサーさんと瑠衣さんは隠居生活中で、ゆったりとした時間を過ごしているようだ。ならば……もう少し聞かせて欲しい。もう少し教えて欲しい。あなたたちの記憶に残る母の姿を。
俺の記憶はおぼろげで好くな過ぎるから。
あの日のショックでかなり抜け落ちてしまっているのだ。
「あ……洋くん、早速ですが……今度、運転を頼んでもいいですか」
「もちろんです! あの、どこへ?」
「週末になったら白金の冬郷家に顔を出すつもりです。私達を連れて行ってもらえないでしょうか」
「あ……ちょうど俺たちも行く予定でした」
縁があった人との縁が繋がっていく。
それが嬉しくて……やはりこの出逢いは、天国の母がかけてくれた魔法のようだ。
すると……本当に久しぶりに母の声が聞えた。
記憶が……鮮明に蘇ってきた。
……
『ようちゃん、ママが小さい頃は、おとぎ話の世界が近くにあったのよ』
『おとぎ話? この絵本みたいな?』
『そうよ。白薔薇の咲くお屋敷には王子さまとお姫様が暮らしていて……それから時々騎士さんともうひとりのお姫様が英国から遊びに来て……ママはその人たちが大好きだったの。あそこは愛が溢れていて豊かな場所だったわ。懐かしい……また行きたいわ……また彼らに会いたいわ』
『ママ?』
……
あ……それで……俺を連れて一度だけあのお屋敷に行ったのか。
入る勇気はなかったようで、暫く立ち尽くして、帰ったのを覚えている。
母さん、俺があなたの夢を引き継いでもいいですか。
その世界を見て来てもいいですか。
一度雪也さんの家で休ませてもらったことがあったが、あの時はおばあさまに受け入れてもらえなかったショックで消沈し、あまり記憶がない。
ならば……もう一度行ってみよう。
今度は俺の兄さんたちと恋人を連れて――
母さんの夢を叶えに。
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