重なる月

志生帆 海

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14章

それぞれの想い 9

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 僕は茶室の襖前で、耳を澄ましていた。

「ありがとうございます。俺も『兄さん』と呼んでもいいんですね?」

 よし、未だ、このタイミングだ。
 静かに襖を開き、茶室に入った。

「もちろんだよ、洋……」

 そう告げると、流と洋くんが驚いた顔で、僕を見つめた。
 
「中に入ってもいいかな?」
「もちろんです」

 袈裟を着た僕が茶室に降り立つと、ふたりは何故かうっとりとした様子だった。それから我に返り、また僕を呼ぶ。

「翠さん!」

 そうではないよ、洋くん。
 
「んっ? 僕のことは呼んでくれないの? 翠兄さんと」
「あ……さっきの……聞いて?」
「ずっと待っていたよ。洋くんがそう呼んでくれるのを」

 君が月影寺にやってきてから、僕はずっと待っていたよ。

 僕と流は、新しい弟の存在が愛おしかった。 君の壮絶な過去を知り、ますます守ってやりたいとも、ここで建て直して欲しいとも……切なくも強い気持ちで溢れていた。

 きっと夕凪と出逢った、湖翠さんも流水さんも同じ気持ちだったに違いない。時代は繰り返す、想いも繰り返すのだ。

 洋くんは美しい顔を歪ませて、蚊の鳴くような声を出した。

「すい……兄さん、りゅう……兄さん」
「そうだよ。洋はもう僕らの一番末の弟だよ。血なんて関係ない。こんなにも心で繋がっているのだから」

 僕の胸に納まり震え泣く洋くんに、慈悲の心で接する。慈悲とは、仏教で仏が衆生(心を持つもの)を哀れみ楽を与え、苦を除くこと。

「血なんて……関係ないと?」

 洋くんが半信半疑で問いかける言葉に、楔を打つ。
 
「心が繋がっている場所に真実の愛が生まれる。夫婦の愛、恋人の愛、親子の愛、家族兄弟の愛……みんな……愛は寛容だよ。洋くんとも兄弟の愛を築いていくよ」

 洋くんが膝を折り、僕にすがりついて泣く。

「す……翠兄さんの言葉は俺を解き放ち、流兄さんの行動が、俺を奮い立たせ……そして……丈が俺を愛し抜いてくれます。あぁ……丈、丈、聞いて欲しい。俺、やっと言えたよ」

 さぁ、今こそ丈の出番だ。

 背後に丈の気配を感じる。

 丈がそのまま茶室の障子を開け放てば、春風が舞い込み、着ている白衣がはためいた。

 白衣がまるで白鷺のように見えた。

 白鷺は古来より縁起の良い鳥で、『神様の使い』とも言われ神聖な存在で、日本では白鷺を祀った神社も数多く見らる。そんな理由で白鷺を見かけると、人間関係で良いことが起こるとも言われているんだったな。

 丈が運んできた、連れてきてくれた洋くんの存在。

 僕と流の恋愛感情を正常化し、丈との兄弟関係も正常化してくれた。

 前世の僕達にはいなかった三人目と四人目の弟の存在が、僕と流を生かしてくれていることを改めて実感したよ。

「洋、やっと言えたな」
「え……じょ、丈? なんで」
「洋に逢いたくて抜け出してきたんだよ。さぁ、来い」

 白鷺が羽ばたくように丈が手を広げれば、天女のように美しい洋くんが、懐に飛び込む。

「丈っ!」
「洋――」

 抱擁する二人……

 まるで神話の世界だ。
 

  
 
 

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