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14章
追憶の由比ヶ浜 46
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「丈、実は由比ヶ浜の別荘で、これを見つけたんだ」
「なんだ?」
「うん、どうやら海里先生が翠さんに書いた手紙のようだ」
「何が書いてあるのだろう?」
「明日、朝一番に翠さん確かめて欲しい。封がしてあるので、俺たちが開封するわけにはいかないよな」
「そうだな。分かった、兄さんに読んでもらうよ。そうか、もしかしたら紹介状かもしれないな」
丈が手紙を見つめながら、呟いた。
火傷痕を治したいという翠さんの気持ちを、きっと海里先生は気付いていたのだと確信している。
もしかしたら、この手紙によって道が開けるかもしれない。
「洋、この手紙をありがとう。不思議だな、このタイミングで」
「あぁ、俺もそう思う。俺が丈と出逢い結ばれ、月影寺にやってきて、祖母を訪ね……パズルのピースがぴたりと当てはまった気分だ」
「私もそう思うよ。やはり私の家族に、洋は無くてはならない存在なのだ。ありがとう」
離れに戻り、手を洗っていると、丈に後から抱きしめられた。
「丈……俺、今日は潮まみれだ。シャワー浴びてからな」
「ん? 味見して欲しいのか。塩味かもな」
「そんなこと言ってない!」
「そうだ……洋、今日のワンピース……」
ギクリとした。あんな格好で病院に行ったこと怒られる?
目を合わせられなくて、顔を背けてしまった。
「どこにやった? あのワンピース」
「あれならカバンに入れたままだ」
「持っておいで。きちんと洗濯しないと駄目だろう」
「あ、そうだね。分かった」
なんだ……怒らないのか。
ほっと胸を撫で下ろした。
ベージュのふわふわなワンピースは、お母さんの物だから綺麗に洗って返さないとな。
「丈、これだよ。このまま洗濯機に入れていいか」
「いや、もう一度着て欲しい」
「へっ?」
また無理難題を!
「丈には、さっき着せて見せただろう?」
「病院だったからよく見てない」
「そんなぁ……」
恥ずかしいんだよ!
白江さんとお母さんに勢いで着せられたものの、今になって恥ずかしさが増してくる。
「可愛かったんだ」
「よせ」
「なぁ……洋、駄目か」
あぁぁ狡い。その台詞はよせ。
「何もしないよ。母さんのワンピースだろ。それ」
「そうだよ」
「だから洗う前に一度だけ、なぁ駄目か」
も、もう――その台詞は俺と翠さんのものなのに。
「仕方が無いな。い、一度だけだぞ。一瞬だけだぞ」
「洋、優しいな」
今日は病院で散々翠さんと流さんにあてられただろうし、俺も祖母と密な時間を過ごしていたので……丈にもご褒美が必要か。
「着替えは見られたくない。目を瞑っていてくれ」
「あぁ」
流石に女物のワンピースに着替えるのを見られるのは、恥ずかしい。
まさか一日に二度着ることになるとはな。
「ど、どうだ?」
「可愛いな。洋のお母さんって、そんな感じだったのか」
「あぁ似ていると思うよ。祖母もそう言っていたから」
「そうか。じゃあ……今度は洋が目を瞑れ」
「うん?」
静かな間。
やがて丈の声が響く。
その声は俺に向けられたものではなく……
「夕さん、改めまして。私が丈です。私が洋の生涯の伴侶です。あなたの心残りを全部救って彼を幸せにしますので、どうかご安心下さい。生前にお会い出来ず残念でしたが、洋を通して今日会えて、あなたに誓えて嬉しいです。洋を幸せにします。力を合わせて生きていきます」
力強い低い声に、ほろりと涙が溢れてしまった。
「丈、ずるい……そんな台詞……」
「嫌だったか」
「嫌なはずない! 俺の中の母が微笑んでいる! 喜んでいる!」
分かるんだ。
血潮が熱くなった。
(洋、よかったわ。あなたを愛してくれる人がいるのね。頼もしい彼……海里先生みたいにステキよ)
(お母さん……!)
溜らずに……俺の方から丈に駆け寄り、抱きついてしまった。
「丈……俺、お前が大好きだ!」
何度でも告白しよう。
初恋の君に――
「なんだ?」
「うん、どうやら海里先生が翠さんに書いた手紙のようだ」
「何が書いてあるのだろう?」
「明日、朝一番に翠さん確かめて欲しい。封がしてあるので、俺たちが開封するわけにはいかないよな」
「そうだな。分かった、兄さんに読んでもらうよ。そうか、もしかしたら紹介状かもしれないな」
丈が手紙を見つめながら、呟いた。
火傷痕を治したいという翠さんの気持ちを、きっと海里先生は気付いていたのだと確信している。
もしかしたら、この手紙によって道が開けるかもしれない。
「洋、この手紙をありがとう。不思議だな、このタイミングで」
「あぁ、俺もそう思う。俺が丈と出逢い結ばれ、月影寺にやってきて、祖母を訪ね……パズルのピースがぴたりと当てはまった気分だ」
「私もそう思うよ。やはり私の家族に、洋は無くてはならない存在なのだ。ありがとう」
離れに戻り、手を洗っていると、丈に後から抱きしめられた。
「丈……俺、今日は潮まみれだ。シャワー浴びてからな」
「ん? 味見して欲しいのか。塩味かもな」
「そんなこと言ってない!」
「そうだ……洋、今日のワンピース……」
ギクリとした。あんな格好で病院に行ったこと怒られる?
目を合わせられなくて、顔を背けてしまった。
「どこにやった? あのワンピース」
「あれならカバンに入れたままだ」
「持っておいで。きちんと洗濯しないと駄目だろう」
「あ、そうだね。分かった」
なんだ……怒らないのか。
ほっと胸を撫で下ろした。
ベージュのふわふわなワンピースは、お母さんの物だから綺麗に洗って返さないとな。
「丈、これだよ。このまま洗濯機に入れていいか」
「いや、もう一度着て欲しい」
「へっ?」
また無理難題を!
「丈には、さっき着せて見せただろう?」
「病院だったからよく見てない」
「そんなぁ……」
恥ずかしいんだよ!
白江さんとお母さんに勢いで着せられたものの、今になって恥ずかしさが増してくる。
「可愛かったんだ」
「よせ」
「なぁ……洋、駄目か」
あぁぁ狡い。その台詞はよせ。
「何もしないよ。母さんのワンピースだろ。それ」
「そうだよ」
「だから洗う前に一度だけ、なぁ駄目か」
も、もう――その台詞は俺と翠さんのものなのに。
「仕方が無いな。い、一度だけだぞ。一瞬だけだぞ」
「洋、優しいな」
今日は病院で散々翠さんと流さんにあてられただろうし、俺も祖母と密な時間を過ごしていたので……丈にもご褒美が必要か。
「着替えは見られたくない。目を瞑っていてくれ」
「あぁ」
流石に女物のワンピースに着替えるのを見られるのは、恥ずかしい。
まさか一日に二度着ることになるとはな。
「ど、どうだ?」
「可愛いな。洋のお母さんって、そんな感じだったのか」
「あぁ似ていると思うよ。祖母もそう言っていたから」
「そうか。じゃあ……今度は洋が目を瞑れ」
「うん?」
静かな間。
やがて丈の声が響く。
その声は俺に向けられたものではなく……
「夕さん、改めまして。私が丈です。私が洋の生涯の伴侶です。あなたの心残りを全部救って彼を幸せにしますので、どうかご安心下さい。生前にお会い出来ず残念でしたが、洋を通して今日会えて、あなたに誓えて嬉しいです。洋を幸せにします。力を合わせて生きていきます」
力強い低い声に、ほろりと涙が溢れてしまった。
「丈、ずるい……そんな台詞……」
「嫌だったか」
「嫌なはずない! 俺の中の母が微笑んでいる! 喜んでいる!」
分かるんだ。
血潮が熱くなった。
(洋、よかったわ。あなたを愛してくれる人がいるのね。頼もしい彼……海里先生みたいにステキよ)
(お母さん……!)
溜らずに……俺の方から丈に駆け寄り、抱きついてしまった。
「丈……俺、お前が大好きだ!」
何度でも告白しよう。
初恋の君に――
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