1,221 / 1,657
14章
追憶の由比ヶ浜 23
しおりを挟む
「ちょっと、ちょっと見た? 個室の検査入院の患者さん、すごい美形~」
「見た! でもでも姓が『張矢』って珍しいよね。まさか……まさか、あの張矢丈先生のご関係なのかな?」
「もしかして兄弟とか?」
「えー! タイプが違い過ぎない?」
翠兄さんを検査入院させると、案の定ナースステーションが響めき無駄口が聞こえてきた。
私だって翠兄さんがいかに女性受けが良いか、重々承知している。兄さんが御朱印受付に立つ日は長蛇の列が出来るし、写経の会は毎回キャンセル待ちだ。涼しげでイケメンな面立ちに人当たりも良いので、上は90歳から下は3歳の子までの熱烈なファンがいる。貢ぎ物も多い。お盆の時期はお中元が、暮れはお歳暮が山となる。しかも何故か翠兄さん個人宛のシャツやネクタイなどが多い。
「ねねね、今日の個室担当は誰?」
「駄目よ~ 患者さんをそんな目で見たら」
「おい、少し静かにしないか」
じろっと睨むが、好奇心旺盛な目はますます輝くばかりだ。おいおい特定の患者さんに関心を持つのは仕事柄タブーだろう。
「……あの、214号室の患者は私の兄だ。よろしく頼む」
「う、うそぉぉ~!」
何が嘘だ? 今、君達だって『兄弟かも』と言っていただろう?
「私の一番上の兄だ。何か文句あるか」
「文句なんてありません♡♡ さ、最高です!」
やれやれ……こんな話、流兄さんの耳に入ったら恐ろしい。
ふとガラス越しに廊下を見ると、作務衣姿の流兄さんがキョロキョロしていたので、ギョッとしてしまった。肩につく長髪を後ろで無造作に束ね、自分で染めた藍色の作務衣で逞しい身体を包んでいる兄は、無駄に壮絶な男気を振りまいている。
「ななな、今日はなんのご褒美デーなの! あそこにまたタイプの違うイケメンが!」
おいおい、悪目立ちしすぎだぞ。確かに流兄さんはかなりの美丈夫だ。今まで家族を勤務先に連れてきたことがなかったので、小っ恥ずかしい。
そういえば以前、一度だけ洋が訪ねて来たが、あの時は記者だとごまかしたな。懐かしい思い出だ。ともなく、ここに洋が加わったらいよいよ大事だ。
私は見つからないように顔を背けたが、流兄さんは明けっ広げにナースステーションで『張矢丈の兄ですが、弟、いますか』などと言うから、またもや騒然としてしまった。
「おお、丈、いたのか! 早速見舞いに来たぞ」
「大袈裟ですね。今回は検査入院ですよ。それより早くこちらへ」
「なんでだよ?」
「流兄さんは目立ち過ぎです」
「そうか? いつも通りだぜ」
「まぁそうですが、その手に持っている花は?」
「あぁ、加々美花壇のアレンジメントだ」
無骨な兄さんが抱える繊細な花は、クリームイエローやオレンジシャーベット色のガーベラを重ねた優しい物だった。翠兄さんに似合い過ぎる楚々とした雰囲気のアレジメントを作ったのは、もしかして?
「瑞樹くんですか」
「そうなんだ。彼に無理いって送ってもらったよ。入院中、花が兄さんを癒やしてくれるだろう思ってな」
「気が利きますね」
「これは洋くんからのお見舞いだよ。だが、どうして洋くんは来ては駄目なんだ?」
「洋は……(美し過ぎて)目立ち過ぎるので止めました。ただでさえ、もう今日は大変なんですよっ」
「おーい、じょうちゃんよぉ~ ずいぶん職場で惚気んなぁ。だが洋くんも来たそうだったぜ。帰ったらちゃんとフォローしろよ」
「それはもう(よーく)分かっていますよ。さぁ翠兄さんの部屋まで案内しますよ」
「頼む。病院に縁がなくてな、翠の付き添いでは来たことがあるが勝手が分からん!」
二人で病室へ向かうと、翠兄さんの個室の扉は開かれており、カーテンの向こうから楽しそうな声が聞こえてきた。
「こんな所で会えるなんて、思いもしなかったわ!」
「えぇ、僕も驚きました!」
いきなり女性の声!?
兄さんのテンションも高いような。
知り合いとは、一体誰だ?
流兄さんと思わず顔を見合わせてしまった。
あとがき(不要な方はスルーです)
****
最近連日シリアスが続いていて、私が息切れしてしまいました。
なにしろ「まるでおとぎ話」が佳境なので……
なので今日は休憩で楽しく書きました。
三兄弟の彼らのイケメンっぷりを存分に♡
さてさて、女性って誰でしょうね?
明日も楽しい回になりそう。あと洋も書かないと!
「見た! でもでも姓が『張矢』って珍しいよね。まさか……まさか、あの張矢丈先生のご関係なのかな?」
「もしかして兄弟とか?」
「えー! タイプが違い過ぎない?」
翠兄さんを検査入院させると、案の定ナースステーションが響めき無駄口が聞こえてきた。
私だって翠兄さんがいかに女性受けが良いか、重々承知している。兄さんが御朱印受付に立つ日は長蛇の列が出来るし、写経の会は毎回キャンセル待ちだ。涼しげでイケメンな面立ちに人当たりも良いので、上は90歳から下は3歳の子までの熱烈なファンがいる。貢ぎ物も多い。お盆の時期はお中元が、暮れはお歳暮が山となる。しかも何故か翠兄さん個人宛のシャツやネクタイなどが多い。
「ねねね、今日の個室担当は誰?」
「駄目よ~ 患者さんをそんな目で見たら」
「おい、少し静かにしないか」
じろっと睨むが、好奇心旺盛な目はますます輝くばかりだ。おいおい特定の患者さんに関心を持つのは仕事柄タブーだろう。
「……あの、214号室の患者は私の兄だ。よろしく頼む」
「う、うそぉぉ~!」
何が嘘だ? 今、君達だって『兄弟かも』と言っていただろう?
「私の一番上の兄だ。何か文句あるか」
「文句なんてありません♡♡ さ、最高です!」
やれやれ……こんな話、流兄さんの耳に入ったら恐ろしい。
ふとガラス越しに廊下を見ると、作務衣姿の流兄さんがキョロキョロしていたので、ギョッとしてしまった。肩につく長髪を後ろで無造作に束ね、自分で染めた藍色の作務衣で逞しい身体を包んでいる兄は、無駄に壮絶な男気を振りまいている。
「ななな、今日はなんのご褒美デーなの! あそこにまたタイプの違うイケメンが!」
おいおい、悪目立ちしすぎだぞ。確かに流兄さんはかなりの美丈夫だ。今まで家族を勤務先に連れてきたことがなかったので、小っ恥ずかしい。
そういえば以前、一度だけ洋が訪ねて来たが、あの時は記者だとごまかしたな。懐かしい思い出だ。ともなく、ここに洋が加わったらいよいよ大事だ。
私は見つからないように顔を背けたが、流兄さんは明けっ広げにナースステーションで『張矢丈の兄ですが、弟、いますか』などと言うから、またもや騒然としてしまった。
「おお、丈、いたのか! 早速見舞いに来たぞ」
「大袈裟ですね。今回は検査入院ですよ。それより早くこちらへ」
「なんでだよ?」
「流兄さんは目立ち過ぎです」
「そうか? いつも通りだぜ」
「まぁそうですが、その手に持っている花は?」
「あぁ、加々美花壇のアレンジメントだ」
無骨な兄さんが抱える繊細な花は、クリームイエローやオレンジシャーベット色のガーベラを重ねた優しい物だった。翠兄さんに似合い過ぎる楚々とした雰囲気のアレジメントを作ったのは、もしかして?
「瑞樹くんですか」
「そうなんだ。彼に無理いって送ってもらったよ。入院中、花が兄さんを癒やしてくれるだろう思ってな」
「気が利きますね」
「これは洋くんからのお見舞いだよ。だが、どうして洋くんは来ては駄目なんだ?」
「洋は……(美し過ぎて)目立ち過ぎるので止めました。ただでさえ、もう今日は大変なんですよっ」
「おーい、じょうちゃんよぉ~ ずいぶん職場で惚気んなぁ。だが洋くんも来たそうだったぜ。帰ったらちゃんとフォローしろよ」
「それはもう(よーく)分かっていますよ。さぁ翠兄さんの部屋まで案内しますよ」
「頼む。病院に縁がなくてな、翠の付き添いでは来たことがあるが勝手が分からん!」
二人で病室へ向かうと、翠兄さんの個室の扉は開かれており、カーテンの向こうから楽しそうな声が聞こえてきた。
「こんな所で会えるなんて、思いもしなかったわ!」
「えぇ、僕も驚きました!」
いきなり女性の声!?
兄さんのテンションも高いような。
知り合いとは、一体誰だ?
流兄さんと思わず顔を見合わせてしまった。
あとがき(不要な方はスルーです)
****
最近連日シリアスが続いていて、私が息切れしてしまいました。
なにしろ「まるでおとぎ話」が佳境なので……
なので今日は休憩で楽しく書きました。
三兄弟の彼らのイケメンっぷりを存分に♡
さてさて、女性って誰でしょうね?
明日も楽しい回になりそう。あと洋も書かないと!
10
お気に入りに追加
443
あなたにおすすめの小説
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる