重なる月

志生帆 海

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13章

夏休み番外編『Let's go to the beach』13

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 風呂場を覗くと、幸い誰もいなかった。

 総部屋数が10室と、かなりこじんまりとした保養施設なので、風呂の時間が他のお客さんと被らないようだ。

「貸し切り状態だな」
「うん、良かったよ」

 人知れずほっと安堵のため息を漏らすと、脱衣籠の前に立っていた翠さんが微笑しながら振り向いた。

「可愛いため息だね。洋くんと一緒に風呂に入るのはいつぶりかな」
「そうですね、宮崎以来かも……あっ」

 返答してから失敗したと思った。あの展望風呂で翠さんが克哉と再会してしまったことがきっかけで、あの忌々しい事件が起きたというのに……

「あぁ大丈夫だよ。気にしないで」
「すいません。俺……まだ大風呂は苦手で」
「うん、そうだよね。でも今日は僕達が一緒だから大丈夫だよ」
「心強いです。ありがとうございます」

 逆に翠さんに気を遣われ、励まされてしまった。翠さんだって本当は苦手なはずだ。なのに……この人はいつも凛と立っている。

「先に入っているよ」

 タオルでさりげなく前を隠した後ろ姿は背筋がピンっと伸び、とても美しかった。翠さん……あなたは常に颯爽としている人だ。憧れに似た気持ちが湧いて来る。
 
「さぁ洋はこうだ」

 俺の方は……脱衣場に内輪だけなのをいいことに、子供みたいに丈の手によって浴衣を脱がされ、腰にしっかりタオルを巻かれ、ギュッと結わかれた。

「うわっ! ちょっとキツイっ」
「この位我慢しろ」
「……う……ん」

 こんな内風呂で股間を隠すためにタオルを腰にまくって、ちょっとやり過ぎでは? 翠さんのように、さりげなく前を隠す程度でもいいんじゃないか……と、きつく腰に巻かれたタオルを見下ろして、暫し悩んでしまった。

 そもそも丈があんな際どい部分に誰が見てもあれ?っと思う程の痕を残すからいけないんだ。いや……俺にも責任はあるのか。太腿の内側……薄い皮膚部分は特に感じやすい部分だから、丈に抱かれ感じまくっているうちに自ら脚を開いたという記憶もあるので、文句は言えないか。

 俺たち……本当にどうかしている。

 世の中のカップルってどこまでされるのかな? どこまで許すのだろう。 こんなこと、誰にも聞けないよ。

 それにしても丈のタオルの巻き方が流石にキツ過ぎて苦しい。だから丈の見ていない所でそっと結び目を緩めてしまった。

 俺……もしかして少し太ったのか。

 じっと自分の腰まわりを眺めていると、今度は流さんにバンバンと背中を叩かれてしまった。

「洋くん、何見てんだーもしかして自分のあそこ? 」
「ちっ、違いますって! 」
「じゃあ腹でも出て来た? いや、もしかして……ご懐妊か」
「へっ? 」
「ははっその顔! おいっ洋くんは本当にいつも可愛いな」
「りゅ、流さん‼ 」

 俺って、弄られキャラだったのか。こういう路線ではなかったはずなのに。まったく流さんには敵わないな。豪快な流さんはタオルで前を隠すこともせずに、案の定ぶらんぶらんと開放的だ。

 平常時であの大きさ。あの安志と大差ないなんて、すごい……

「ん? 洋くん、俺のが気になる? 」
「いっいえ……」
「ふふんっ、なぁ丈のと、どっちデカイか知ってるか」
「しっ知っています! 」

 まずい、誘導尋問か、これ!

「あれ? 君……もしかして覗き見した? あの測定会を? 」
「みっ見ていません! 」

 涼と一緒に月影寺に庭に設置したプールに入った後、安志と丈と流さんが浴室で大きさ比べをしているの……覗き見したとは口が裂けても言えない。

「洋? 何をしている? 早く中に入れ。モタモタしていると他の人が来るぞ」
 
 先に入っていた丈が痺れを切らして、呼びに来た。

「んっ、分かった! 今行くよ」
「おっ先に~」

 そんな俺を尻目に流さんはさっとシャワーを浴びたと思ったら、ドボンっと湯舟に浸かった。

 うわっ相変わらず豪快だな。ここはプールじゃないのに、あんなに水飛沫あげて……苦笑しながら、俺も浴室内にようやく入ることが出来た。

「丈……俺、今日は先に躰を洗うね」
「あぁ分かった」

 万が一人が来たら困るので、誰もいないうちに躰と髪を洗ってしまおう。それにしても一日海で遊んだから髪の毛もゴワゴワだし、躰にも落とし切れていない塩や砂が付いている。

 ボディソープを泡立て全身を洗うと、すっきりとした。

 さてと俺も浴槽に浸かろうと立ち上がると、いきなり脱衣場への扉がガラッと開いた。

 うわっまずいな。他の人が来ちゃったのか。

「あっ! 」
「え? 」

 どこかの見知らぬおじさんでも入ってきたのだろうと、期待もせずチラッと相手を確かめると、驚いたことにそこに現れたのは、さっき海で知り合ったばかりの瑞樹くんだった。

 翠さんのようにさりげなくタオルで前を隠して、ひとりで立っていた。
 
 お互い最初は驚いた顔、それから和やかな表情になった。

「なんだ、お泊りだったんですね」
「えぇ、一泊だけ」
「僕もです。驚きました! 水着だけでなく宿まで同じだなんて」
「ですね」

 本当に彼はいい。楚々とした清潔な雰囲気で満ちている。

「あ……瑞樹くんの連れの方は? 」
「今すぐに来ますよ」
「やっぱり海の後は、風呂に入りたくなりますよね」
「えぇ、入り口のシャワーだけだと、どうもすっきりしませんよね」
「分かります」
「あ、日焼けどうですか? 」

 俺の不始末のせいで……まだら焼け。本当に申し訳ないよ。

「あぁ、落ち着いてきましたよ。ちょっとヒリヒリするくらいです」
「本当に……ごめんなさい」
「クスっ」
「え……何がおかしいんですか」
「あっ、いえ、僕もよく謝ってしまうのですが、君もだから」
「あ……癖かな」
「僕も……」

 自然な会話が弾む。瑞樹くんはとても話しやすい。
 ついお互いタオルで股間を隠しただけの姿で、立ち話をしてしまった。

 そこにオチビちゃんの登場だ。

「おにいちゃん~! ちゃんとボクおしっこしてきたよ」
「あっメイくん! そこは走ったら危ないよ。滑るから」

 そう注意した途端、まるでバナナの皮を踏んだように、ツルッと芽生くんが滑った。

「危ない! 」
「わっ! 」

 俺の方が近かったので慌てて芽生くんに手を伸ばした。芽生くんの方も必死に手を伸ばしてきた。だが……その手は僕の腰に巻いたタオルをギュッと掴んだ。

 はらり……

 真っ白なタオルがひらりと舞った。

 俺はその反動で尻もちをついてしまったが、芽生くんの方は瑞樹くんがしゃがんでキャッチしてくれたので無事だった。

「痛っ……」

 うわわ……これじゃまるで俺が勝手に滑って転んだようだ。こんな場所で尻もちをつくなんてカッコ悪すぎだろ!

「洋! 」
「おっ、おにいさん、だいじょうぶ? 」

 湯舟にゆったりと浸かっていた丈の慌てた声がして、その後ひどく驚いた芽生くんの声も続いた。

「わ! ど……どうしよう!ボクがおにいさんに、大けがさせちゃったぁ! 」

 いきなりの大泣きに戸惑ってしまう。

 いや尻もち着いただけだから大丈夫なんだけど……どうして、そんなに大事に? 

 わけがわからなくて縋るように辺りを見回すと、瑞樹くんが頬を染めて目を逸らしていた。

 丈はあきれ顔……それから……芽生くんのパパがやってきて、何事だと芽生くんに聞いた。

「どうしたんだ? 芽生! 」
「おっおにいちゃんのここに、いっぱいお怪我してるの! これ全部メイのせいだ! ごっごめんなさいっ」

 と、芽生くんが必死に指差しながら謝ってくる。

 その指差す方向には……何が?

 あー

 なんてことだ……

 俺の内股には……丈がつけた大量の痣があった。

 それは点々とマーキングされた、赤黒く変色したものだった。





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