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13章
夏休み番外編『Let's go to the beach』3
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「翠、お疲れさん」
「ふぅ、今日もかなりの強行軍だな」
「まぁな。檀家さんはだいたい午前中を希望するから大忙しだ。狭い北鎌倉といえども暑い中大変だな」
「……これが僕の勤めだから、大丈夫だよ」
翠と一旦昼食に月影寺へと戻ってきた。残りの二軒は相手の都合で夕方の訪問を希望していたので、ようやく一息つける。
夏用の袈裟とはいえ、朝から重たく暑苦しいものを着ている翠の苦労を思えば、少しでも安らぐ空間で休ませてやりたい。だから母屋には戻らず、この春に竣工したばかりの俺たちの対の離れに連れてきた。
ここは、もともとあった茶室の老朽化に伴い大掛かりなリフォームと新築工事を施し、茶室のある翠の棟と俺のアトリエの棟が渡り廊下で繋がっている造りになっている。
薙が成人するまでは母屋で親子で過ごしたいという翠の希望で、ここを使う機会は残念ながら、まだあまりない。だが翠に心から寛いでもらいたい時は敢えて強引にでも連れてくる。
「翠、一度着替えるだろう? 」
「ん……そうさせてもらおうか」
取り澄ました翠の表向きの表情からは、その心の内面を推し量るのは難しい。だが見えない部分は汗びっしょりだろう。今日の気温はすでに38度を超えたとニュースで言っていた。
翠がすっと茶室に立ったので、俺は向かい合うように正面に立ち、翠の襟元に指をかけて素早く脱がしてやる。やはり首から下の胴体部分には、かなりの汗をかいていた。
「酷い汗だな、翠」
「……」
鍛錬が足りないせいだと自分を責めるように翠が浮かべた曖昧な表情に、切ない思いが込み上げてしまう。
「翠。人は生きている。汗をかくのは自然の道理だ。それに翠の汗は澄んでいて綺麗だぜ」
本当に心からそう思うぜ。翠はいつだって澄んだ清流のような人だから、その躰から流れ出る汗すらも、清らかだと。
「馬鹿! お前はいつもそんなことばかり言って……さぁ早く着替えを」
「まずは汗を拭いてからだ」
「うっ……ん」
「ほら、気持ちいいだろう」
今度の茶室は冷暖房完備だ。よく冷えた部屋だから温かいおしぼりを準備し翠の汗を拭いてやる。首筋から胸元にかけてゆっくりと……更に俺がいつも吸い付く乳首もな。その尖った先端に汗が滴っていたので、つい舌でペロッと舐めとってしまった。
「あっ何を! 」
「ははっ塩分補給さ! 」
「ばっ馬鹿言ってないで、早く新しい袈裟を着せてくれ」
翠は困ったように眉根を寄せて訴えていた。残念ながらお盆の真っ最中、俺が翠に触れてもいいのはここまでだ。口腔内で翠の汗をもう一度味わう。それすらも俺にとっては甘美なひと時だ。
「だな。そろそろ母さんたちが到着する時間だしな」
昨夜急に喜々とした様子の母から電話があった。お盆で月影寺に1泊だけ戻って来るそうだ。
「あっそう言えば……そうだったね。でもなんだか心苦しいな」
「何でだ? 」
「うん……お前との関係を、父さんや母さんには絶対に言えないから。流にも負担をかけるな」
「大丈夫だ。時には優しい嘘も必要さ。それに俺と翠との関係はこのままでいい」
何もかもストレートに明かし暴いていくのが絶対に正しいわけではない。正義感を振りかざして人を傷つけるのは、どうかと思う。
だから翠は、そんなことで心苦しくなるな。
****
母屋に到着すると一足先に丈の両親が到着されていたようで、翠さんと流さんが先に談話していた。
「お……お義父さん、お義母さん久しぶりです」
口に出すと照れくさくも緊張する。
この人たちが今の俺にとって、この世で両親なのだ。何もかも知った上で、俺を受け入れてくれた温情のある人たち。
「洋くん元気そうね。顔色もいいわね。去年よりずっと健康的になったわ。それに丈からあなたの頬の傷のことをきいたわ。だいぶ治ったようで良かったわね」
「え……丈、君がわざわざ? 」
まさか丈がそこまで話していると思わなくて驚いてしまった。でも嬉しい。丈が俺のことをご両親との話題にあげてくれているなんて思いもしなかった。
「まぁな……頬の傷跡のケアについて相談していたんだ。俺は女心というのに疎いから」
「はっ女心って? なんのことだ? 」
「まぁいいから。丈はあなたの顔が大切なのよねぇ」
お義母さんの指が俺の頬に優しく触れた。その指先は少しひんやりして気持ちよかった。
「あら……結構綺麗に治っているわね。まぁ丈という最高のお医者様がついているものね。洋くん、これを傷跡に塗るといいわ。美容クリームだから今日から使ってね」
「あっはい」
こんな風に心配されるのは照れくさい。でも亡くなった母のことを思い出す。怪我した俺にいつもこんな風に触れてくれたから。
「あーコホンコホン。実は母さんから話がある」
父さんが咳払いをする。
「なっなんです? 」
流さんが、途端にビクッと躰を震わせた。丈も嫌な予感がするといった様子で、途端にソワソワしだした。
「はっ早く話してください」
「あら~まだ薙が……待って、全員揃ってから伝えるわ。ふふふっ、あなたたち家族にとっておきのいい話を、つまりお土産を持ってきたのよ~」
お義母さんの不敵な笑いだけが、居間に広がった。
「ふぅ、今日もかなりの強行軍だな」
「まぁな。檀家さんはだいたい午前中を希望するから大忙しだ。狭い北鎌倉といえども暑い中大変だな」
「……これが僕の勤めだから、大丈夫だよ」
翠と一旦昼食に月影寺へと戻ってきた。残りの二軒は相手の都合で夕方の訪問を希望していたので、ようやく一息つける。
夏用の袈裟とはいえ、朝から重たく暑苦しいものを着ている翠の苦労を思えば、少しでも安らぐ空間で休ませてやりたい。だから母屋には戻らず、この春に竣工したばかりの俺たちの対の離れに連れてきた。
ここは、もともとあった茶室の老朽化に伴い大掛かりなリフォームと新築工事を施し、茶室のある翠の棟と俺のアトリエの棟が渡り廊下で繋がっている造りになっている。
薙が成人するまでは母屋で親子で過ごしたいという翠の希望で、ここを使う機会は残念ながら、まだあまりない。だが翠に心から寛いでもらいたい時は敢えて強引にでも連れてくる。
「翠、一度着替えるだろう? 」
「ん……そうさせてもらおうか」
取り澄ました翠の表向きの表情からは、その心の内面を推し量るのは難しい。だが見えない部分は汗びっしょりだろう。今日の気温はすでに38度を超えたとニュースで言っていた。
翠がすっと茶室に立ったので、俺は向かい合うように正面に立ち、翠の襟元に指をかけて素早く脱がしてやる。やはり首から下の胴体部分には、かなりの汗をかいていた。
「酷い汗だな、翠」
「……」
鍛錬が足りないせいだと自分を責めるように翠が浮かべた曖昧な表情に、切ない思いが込み上げてしまう。
「翠。人は生きている。汗をかくのは自然の道理だ。それに翠の汗は澄んでいて綺麗だぜ」
本当に心からそう思うぜ。翠はいつだって澄んだ清流のような人だから、その躰から流れ出る汗すらも、清らかだと。
「馬鹿! お前はいつもそんなことばかり言って……さぁ早く着替えを」
「まずは汗を拭いてからだ」
「うっ……ん」
「ほら、気持ちいいだろう」
今度の茶室は冷暖房完備だ。よく冷えた部屋だから温かいおしぼりを準備し翠の汗を拭いてやる。首筋から胸元にかけてゆっくりと……更に俺がいつも吸い付く乳首もな。その尖った先端に汗が滴っていたので、つい舌でペロッと舐めとってしまった。
「あっ何を! 」
「ははっ塩分補給さ! 」
「ばっ馬鹿言ってないで、早く新しい袈裟を着せてくれ」
翠は困ったように眉根を寄せて訴えていた。残念ながらお盆の真っ最中、俺が翠に触れてもいいのはここまでだ。口腔内で翠の汗をもう一度味わう。それすらも俺にとっては甘美なひと時だ。
「だな。そろそろ母さんたちが到着する時間だしな」
昨夜急に喜々とした様子の母から電話があった。お盆で月影寺に1泊だけ戻って来るそうだ。
「あっそう言えば……そうだったね。でもなんだか心苦しいな」
「何でだ? 」
「うん……お前との関係を、父さんや母さんには絶対に言えないから。流にも負担をかけるな」
「大丈夫だ。時には優しい嘘も必要さ。それに俺と翠との関係はこのままでいい」
何もかもストレートに明かし暴いていくのが絶対に正しいわけではない。正義感を振りかざして人を傷つけるのは、どうかと思う。
だから翠は、そんなことで心苦しくなるな。
****
母屋に到着すると一足先に丈の両親が到着されていたようで、翠さんと流さんが先に談話していた。
「お……お義父さん、お義母さん久しぶりです」
口に出すと照れくさくも緊張する。
この人たちが今の俺にとって、この世で両親なのだ。何もかも知った上で、俺を受け入れてくれた温情のある人たち。
「洋くん元気そうね。顔色もいいわね。去年よりずっと健康的になったわ。それに丈からあなたの頬の傷のことをきいたわ。だいぶ治ったようで良かったわね」
「え……丈、君がわざわざ? 」
まさか丈がそこまで話していると思わなくて驚いてしまった。でも嬉しい。丈が俺のことをご両親との話題にあげてくれているなんて思いもしなかった。
「まぁな……頬の傷跡のケアについて相談していたんだ。俺は女心というのに疎いから」
「はっ女心って? なんのことだ? 」
「まぁいいから。丈はあなたの顔が大切なのよねぇ」
お義母さんの指が俺の頬に優しく触れた。その指先は少しひんやりして気持ちよかった。
「あら……結構綺麗に治っているわね。まぁ丈という最高のお医者様がついているものね。洋くん、これを傷跡に塗るといいわ。美容クリームだから今日から使ってね」
「あっはい」
こんな風に心配されるのは照れくさい。でも亡くなった母のことを思い出す。怪我した俺にいつもこんな風に触れてくれたから。
「あーコホンコホン。実は母さんから話がある」
父さんが咳払いをする。
「なっなんです? 」
流さんが、途端にビクッと躰を震わせた。丈も嫌な予感がするといった様子で、途端にソワソワしだした。
「はっ早く話してください」
「あら~まだ薙が……待って、全員揃ってから伝えるわ。ふふふっ、あなたたち家族にとっておきのいい話を、つまりお土産を持ってきたのよ~」
お義母さんの不敵な笑いだけが、居間に広がった。
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