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13章
正念場 19
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「丈には俺の服を貸してやるからな。洋くんには兄さんの服がいいな。やっぱり俺と丈、翠兄さんと洋くんって体型とタイプが似ているし背も近いので丁度いいな。これは楽しみだ。さぁ早く入れよ」
一抹の不安に怯えながらも翠兄さんと流兄さんが使っている納戸に、洋と一緒に入った。
「うわ! こんな大きな箪笥が二棹もあるなんて、衣裳持ちなんですね」
洋は初めて入ったので、目を丸くしていた。
「ふふん。まぁな、翠兄さんに似合いそうなものを片っ端から買っていたら、こうなった」
……確かに、流兄さんならやりかねない。
「……はぁ」
「翠兄さんには何を着せてもよく似合うからなぁ」
「りゅっ、流……もう恥ずかしいからよしてくれ」
部屋の入り口で、翠兄さんが恥ずかしそうに肩を竦めていた。
流兄さんは口笛を軽く吹きながら、観音開きの箪笥を開き、ハンガーに吊るされている沢山の衣装から私たちの服を選び出した。
「丈、大丈夫かな。流さんに任せて……?」
洋が不安そうな顔色で、聞いてくる。
「だがこれは洋が言いだしたことだろう? 」
「それはそうなんだけど……なんかこれって惚気られているような気がしてさ」
「確かに」
「おい、お二人さん何をコソコソと? さぁ選んだぞ。丈はやっぱり基本のスーツだ。今回は嫁さんの実家に行くようなものだろう。丈の持っているスーツはダサいから、こっちを着ていけ。パリッとしてカッコいいぞ」
「うっ……」
確かに私は仕事柄、学会以外でスーツを着ることがないので、ちょっと型が古いかもと気にしていたが、ズバリ言われると傷つくものだな。
だが流兄さんこそいつも作務衣のくせに、いつの間にこんな粋なスーツを購入していたのか。
「背格好は近いからサイズは大丈夫だろう。ネクタイはシンプルな奴な。嫁さんにいいのを選んでもらえよ。それから洋くんにはこれだ」
洋が手渡されたのは若草色のリネンシャツとベージュのパンツ。どちらも高級品らしく生地がきめ細やかでしなやかで軽そうだ。洋は嬉しそうにそれを受け取った。
その様子にはっとした。
そうか……洋は早くに母親を亡くしたので、誰かに服を買ってもらうのに慣れていないのだ。そういえば昨年の七夕の結婚式には安志くんのお母さんが、まるで洋のお母さんの代わりのように沢山の新しい服を持ってきてくれたな。でもあれは秋冬ものがメインだったので、そろそろ春夏物を揃えてやりたいものだ。今度一緒にデパートに行こう、そう密かに胸の中で誓った。
「わぁ……とてもいい生地ですね」
「だろ? やっぱり洋くんは目聡いな。翠兄さんは肌が弱いから、天然の素材を吟味しているんだ」
「……うーん、やっぱり惚気られているような」
洋が小声でブツブツと呟いた。その様子が可愛い。
「ん? 何か言ったか」
「いっ、いえ!」
****
早速離れに戻り着替えると、確かにサイズがぴったりだった。
「丈、そのスーツいいな」
「そうか。あぁそうだ。ネクタイを選んでくれないか」
「んっ、了解!」
そう言いながら、洋はゴソゴソと自分の引き出しから、何かを取り出した。
「実はね、これを買っておいた」
それは真新しいネクタイだった。
紺色のシルクの生地にドットかと思ったら違くて、ゴールドの細かい月のモチーフが散りばめられていて、とても洒落ていた。
「いいな。気に入ったよ」
「だろ?」
翠兄さんの若草色のリネンシャツは少しだけ洋には大きくて、洋の華奢な肢体が中で泳ぐ様子にそそられた。
胸元が少し開いているので、胸元から手を入れたら可愛い乳首をキュッと摘まめそうだとも……。
「おい丈、今、何を考えていた? いやらしいことばかり考えるなよ」
洋は口ではそう言うが、仕方ないなと言った様子で、私に甘く笑いかけてくれた。だから……私もつい甘えたことを言ってしまう。
「洋……無事に任務を遂行できたら褒美をもらうぞ」
「丈はまったく……うん、じゃあ帰って来たらな。ずっとお預けだったもんな。なぁ……先生、そろそろ激しい運動をしてもいいですか」
洋は私の首に手を回し、抱きついて来た。
患者のふりをして悪戯な質問をしてきた。
洋は本当に明るくなった。
強くなった。
前向きになった。
一抹の不安に怯えながらも翠兄さんと流兄さんが使っている納戸に、洋と一緒に入った。
「うわ! こんな大きな箪笥が二棹もあるなんて、衣裳持ちなんですね」
洋は初めて入ったので、目を丸くしていた。
「ふふん。まぁな、翠兄さんに似合いそうなものを片っ端から買っていたら、こうなった」
……確かに、流兄さんならやりかねない。
「……はぁ」
「翠兄さんには何を着せてもよく似合うからなぁ」
「りゅっ、流……もう恥ずかしいからよしてくれ」
部屋の入り口で、翠兄さんが恥ずかしそうに肩を竦めていた。
流兄さんは口笛を軽く吹きながら、観音開きの箪笥を開き、ハンガーに吊るされている沢山の衣装から私たちの服を選び出した。
「丈、大丈夫かな。流さんに任せて……?」
洋が不安そうな顔色で、聞いてくる。
「だがこれは洋が言いだしたことだろう? 」
「それはそうなんだけど……なんかこれって惚気られているような気がしてさ」
「確かに」
「おい、お二人さん何をコソコソと? さぁ選んだぞ。丈はやっぱり基本のスーツだ。今回は嫁さんの実家に行くようなものだろう。丈の持っているスーツはダサいから、こっちを着ていけ。パリッとしてカッコいいぞ」
「うっ……」
確かに私は仕事柄、学会以外でスーツを着ることがないので、ちょっと型が古いかもと気にしていたが、ズバリ言われると傷つくものだな。
だが流兄さんこそいつも作務衣のくせに、いつの間にこんな粋なスーツを購入していたのか。
「背格好は近いからサイズは大丈夫だろう。ネクタイはシンプルな奴な。嫁さんにいいのを選んでもらえよ。それから洋くんにはこれだ」
洋が手渡されたのは若草色のリネンシャツとベージュのパンツ。どちらも高級品らしく生地がきめ細やかでしなやかで軽そうだ。洋は嬉しそうにそれを受け取った。
その様子にはっとした。
そうか……洋は早くに母親を亡くしたので、誰かに服を買ってもらうのに慣れていないのだ。そういえば昨年の七夕の結婚式には安志くんのお母さんが、まるで洋のお母さんの代わりのように沢山の新しい服を持ってきてくれたな。でもあれは秋冬ものがメインだったので、そろそろ春夏物を揃えてやりたいものだ。今度一緒にデパートに行こう、そう密かに胸の中で誓った。
「わぁ……とてもいい生地ですね」
「だろ? やっぱり洋くんは目聡いな。翠兄さんは肌が弱いから、天然の素材を吟味しているんだ」
「……うーん、やっぱり惚気られているような」
洋が小声でブツブツと呟いた。その様子が可愛い。
「ん? 何か言ったか」
「いっ、いえ!」
****
早速離れに戻り着替えると、確かにサイズがぴったりだった。
「丈、そのスーツいいな」
「そうか。あぁそうだ。ネクタイを選んでくれないか」
「んっ、了解!」
そう言いながら、洋はゴソゴソと自分の引き出しから、何かを取り出した。
「実はね、これを買っておいた」
それは真新しいネクタイだった。
紺色のシルクの生地にドットかと思ったら違くて、ゴールドの細かい月のモチーフが散りばめられていて、とても洒落ていた。
「いいな。気に入ったよ」
「だろ?」
翠兄さんの若草色のリネンシャツは少しだけ洋には大きくて、洋の華奢な肢体が中で泳ぐ様子にそそられた。
胸元が少し開いているので、胸元から手を入れたら可愛い乳首をキュッと摘まめそうだとも……。
「おい丈、今、何を考えていた? いやらしいことばかり考えるなよ」
洋は口ではそう言うが、仕方ないなと言った様子で、私に甘く笑いかけてくれた。だから……私もつい甘えたことを言ってしまう。
「洋……無事に任務を遂行できたら褒美をもらうぞ」
「丈はまったく……うん、じゃあ帰って来たらな。ずっとお預けだったもんな。なぁ……先生、そろそろ激しい運動をしてもいいですか」
洋は私の首に手を回し、抱きついて来た。
患者のふりをして悪戯な質問をしてきた。
洋は本当に明るくなった。
強くなった。
前向きになった。
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