1,147 / 1,657
13章
正念場 9
しおりを挟む
母さんが祖母に宛てた手紙を、読ませてもらった。祖母が俺も読んでいいと言ってくれるとは、想定外だったので嬉しかった。
あぁ……久しぶりに触れる母の筆跡だ。
もう記憶も朧げな……でも、いつも触れていた大好きな母の字だった。
学校の連絡帳に書いてくれた保護者からの伝言や、文房具につけてくれた名前、そんな細かい思い出が蘇ってくるよ。上履きも体操着の名前も……いつも丁寧に書いてくれた。
『よう』
『洋』
俺の名を沢山書いてくれた。いつも嬉しそうに微笑みながら。
母の字はとても優しく美しかったので、先生や周りの友人から褒められたこともあった。だから俺も母の字を真似して書いたのを思い出す。
それにしてもこの内容は……。
当時の母の心が、そのまま詰まっていた。
まるでタイムカプセルを開けたような新鮮さだ。
「うっ……なんだ、これは……」
手紙に涙が零れ落ちないように堪えるので必死だった。
とにかく胸に迫るものがあった。
あの頃の母さんは……こんなことを考えていたのか。
俺には計り知れない、志半ばでこの世を去ることの無念さが滲み出て、切なる思いが迫ってくる。
どんな想いで俺を義父に託したのか。その決意の程も初めて、見え隠れしていた。
正直言うと、母さんが残したものを恨んだこともあった。自分の運命を呪ったこともあった。
しかし、ひとり孤独にこの世を去った母の最期の手紙を読んだら、気持ちがふわっとやわらいだ。
「母さん……母さんはこんな思いを……最期の最期まで俺のことを、俺の未来を心配し、想像していてくれたのか」
丈も一緒に手紙を読んでくれていたので、同じように涙を堪えているようだった。本当に男泣きしてしまうよ。こんな手紙を、このタイミングで読むことになるとは……
人生とは本当に予期せぬことの連続だと思う。
「洋、良かったな。これはある意味お母さんからの遺書のようなものだ。この願いがおばあさまにもちゃんと届いたんだな」
「あぁ……そのようだ。やっぱり最後は母の力だよ。一週間後に会えるなんて……嬉しい。そうだ、その時は丈も来てくれ」
「え? なんで私が……」
「……きちんと紹介しておきたい」
「洋、無理するな。私のことなど、今はどうでもいいのだ。洋とおばあさまの関係が良くなってくれればそれでいい、あまり一度に老人を驚かすものではない」
丈は俺を諭すように言うが、俺はそうは思わない。むしろ紹介したい。俺は独りでないことを知って欲しいから。
「そうかな……それでも来て欲しいよ」
****
「どう? 美味しい?」
「えぇ、すごくいい味ですね」
下の階に降りてみると、食卓に湯気がのぼるポトフが並んでいた。賄いなのに、とても美味しい。流石レストランだ。向かいのカフェの軽食も素晴らしいと思ったが、こちらはワンランク上だ。
「ありがとう。柊一叔父さんの代に、ホテルの直営レストランになった名残かな。気に入ってくれて嬉しいよ。洋さん、ようやく元気が出たみたいで良かった。やっぱり恋人が迎えに来てくれたから?」
「えぇ?」
ギョッとしてしまった。いきなり丈のこと恋人って……俺の行動ってそんなバレバレだったか。思わず丈と顔を見合わせてしまったが、さして気にはならないようで悠然としていた。
「まぁ、そうでしょうね」
丈ってさ、こういう時、妙に冷静なんだよな。それに比べて俺はあたふたしてしまう。
「ふふん、あのさ、いいこと教えてあげようか」
春馬さんがウインクしながら、小声になった。
「何ですか」
「白江さんはね、ああ見えても堅苦しい人ではないんだ。ちゃんと理解があるぜ」
「どうい意味ですか」
春馬さんは徐に手帳を開き、1枚の写真を見せてくれた。
そこには、若かりし頃の白江さんと長身の西洋人のように彫りの深い男性ととても優しそうな男性が並んでいた。
「叔父は白江さんの幼馴染みで親友だった。そして……その叔父は、生涯をこの海里先生という男性と過ごしたんだ。二人は洋さんと丈さんみたいな間柄だったんだ。白江さんも、こんな風に……二人の晩年まで交流していたよ」
「えっ、そうなんですか」
縁という物は、不思議なものだ。
まるで運命が味方してくれているようだ。
物事が静かに真っ直ぐ進み出す、流れ出す。
あぁ……久しぶりに触れる母の筆跡だ。
もう記憶も朧げな……でも、いつも触れていた大好きな母の字だった。
学校の連絡帳に書いてくれた保護者からの伝言や、文房具につけてくれた名前、そんな細かい思い出が蘇ってくるよ。上履きも体操着の名前も……いつも丁寧に書いてくれた。
『よう』
『洋』
俺の名を沢山書いてくれた。いつも嬉しそうに微笑みながら。
母の字はとても優しく美しかったので、先生や周りの友人から褒められたこともあった。だから俺も母の字を真似して書いたのを思い出す。
それにしてもこの内容は……。
当時の母の心が、そのまま詰まっていた。
まるでタイムカプセルを開けたような新鮮さだ。
「うっ……なんだ、これは……」
手紙に涙が零れ落ちないように堪えるので必死だった。
とにかく胸に迫るものがあった。
あの頃の母さんは……こんなことを考えていたのか。
俺には計り知れない、志半ばでこの世を去ることの無念さが滲み出て、切なる思いが迫ってくる。
どんな想いで俺を義父に託したのか。その決意の程も初めて、見え隠れしていた。
正直言うと、母さんが残したものを恨んだこともあった。自分の運命を呪ったこともあった。
しかし、ひとり孤独にこの世を去った母の最期の手紙を読んだら、気持ちがふわっとやわらいだ。
「母さん……母さんはこんな思いを……最期の最期まで俺のことを、俺の未来を心配し、想像していてくれたのか」
丈も一緒に手紙を読んでくれていたので、同じように涙を堪えているようだった。本当に男泣きしてしまうよ。こんな手紙を、このタイミングで読むことになるとは……
人生とは本当に予期せぬことの連続だと思う。
「洋、良かったな。これはある意味お母さんからの遺書のようなものだ。この願いがおばあさまにもちゃんと届いたんだな」
「あぁ……そのようだ。やっぱり最後は母の力だよ。一週間後に会えるなんて……嬉しい。そうだ、その時は丈も来てくれ」
「え? なんで私が……」
「……きちんと紹介しておきたい」
「洋、無理するな。私のことなど、今はどうでもいいのだ。洋とおばあさまの関係が良くなってくれればそれでいい、あまり一度に老人を驚かすものではない」
丈は俺を諭すように言うが、俺はそうは思わない。むしろ紹介したい。俺は独りでないことを知って欲しいから。
「そうかな……それでも来て欲しいよ」
****
「どう? 美味しい?」
「えぇ、すごくいい味ですね」
下の階に降りてみると、食卓に湯気がのぼるポトフが並んでいた。賄いなのに、とても美味しい。流石レストランだ。向かいのカフェの軽食も素晴らしいと思ったが、こちらはワンランク上だ。
「ありがとう。柊一叔父さんの代に、ホテルの直営レストランになった名残かな。気に入ってくれて嬉しいよ。洋さん、ようやく元気が出たみたいで良かった。やっぱり恋人が迎えに来てくれたから?」
「えぇ?」
ギョッとしてしまった。いきなり丈のこと恋人って……俺の行動ってそんなバレバレだったか。思わず丈と顔を見合わせてしまったが、さして気にはならないようで悠然としていた。
「まぁ、そうでしょうね」
丈ってさ、こういう時、妙に冷静なんだよな。それに比べて俺はあたふたしてしまう。
「ふふん、あのさ、いいこと教えてあげようか」
春馬さんがウインクしながら、小声になった。
「何ですか」
「白江さんはね、ああ見えても堅苦しい人ではないんだ。ちゃんと理解があるぜ」
「どうい意味ですか」
春馬さんは徐に手帳を開き、1枚の写真を見せてくれた。
そこには、若かりし頃の白江さんと長身の西洋人のように彫りの深い男性ととても優しそうな男性が並んでいた。
「叔父は白江さんの幼馴染みで親友だった。そして……その叔父は、生涯をこの海里先生という男性と過ごしたんだ。二人は洋さんと丈さんみたいな間柄だったんだ。白江さんも、こんな風に……二人の晩年まで交流していたよ」
「えっ、そうなんですか」
縁という物は、不思議なものだ。
まるで運命が味方してくれているようだ。
物事が静かに真っ直ぐ進み出す、流れ出す。
10
お気に入りに追加
446
あなたにおすすめの小説
記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。
執着攻めと平凡受けの短編集
松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。
疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。
基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
もう人気者とは付き合っていられません
花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。
モテるのは当然だ。でも――。
『たまには二人だけで過ごしたい』
そう願うのは、贅沢なのだろうか。
いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。
「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。
ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。
生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。
※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中
君のことなんてもう知らない
ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。
告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。
だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。
今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが…
「お前なんて知らないから」
彼女にも愛する人がいた
まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。
「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」
そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。
餓死だと? この王宮で?
彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。
俺の背中を嫌な汗が流れた。
では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…?
そんな馬鹿な…。信じられなかった。
だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。
「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。
彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。
俺はその報告に愕然とした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる