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13章
慈しみ深き愛 26
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洋さんを囲む、雛祭り会は、盛り上がっていた。
お誕生日席に照れ臭そうに座る洋さんが、感極まって涙ぐむ姿には、誰もが胸を打たれた。
まだ14歳のオレにも、その涙がどんなに深いものか伝わってきたよ。
『洋さんには、どこまでも幸せになって欲しい』と、ここに集まる人の誰もが願いたくなるような、透明で澄んだ涙だった。
オレが知らない洋さんの過去。
きっと知らない方がいい程の苦しい過去なのだと、悟ってしまった瞬間だった。
****
それにしてもこんな時間に誰かな?
洋さんを囲んで話が盛り上がっている所だったのでオレが対応してあげようと、自分が女物の着物姿なのは気にせずに玄関に向かった。
どうせ宅急便か何かだろ? 無言で印鑑押せばいいよな。
そんな軽い気持ちで玄関を開けて、激しく後悔した。
だって、そこに立っているのはオレの同級生の拓人だったから。
「あれっ」
「……っ」
慌てて口に手をあて声を出さないようにした。さっきまでの強気な気持ちは引っ込んでしまった。
拓人も不審そうな顔で、固まっている。
玄関は薄暗いけど……バレるかな。
同級生相手にこの姿はないよなぁ。
いや洋さんだって気が付かなかったんだから、大丈夫か。
開き直っていこう。おどおどするのは性に合ってないから、堂々と行く。
正面を向いてスッと顔をあげた。
「あの……すいません。俺……建海寺の使いで来たのですが、これを住職の翠さんに渡してもらえますか」
ほら、やっぱり気づいてないと、ほっとした。
オレは声を出さずに少しだけニコっと微笑んで、差し出された風呂敷包みを受け取った。
「あっ……じゃあ、よろしくお願いします」
再び無言でコクっと頷いて、玄関から出て行く拓人を見送り、ドアを閉めようとしたら……
「ちょっと待てよ、お前、薙だろ?」
突然手首を掴まれて、顔を覗かれたので驚いた!
ええっ! どうして分かったんだ?
「なっ、なんで……」
驚いて、思わず声を出してしまった。
「ふぅ……やっぱりな。なんでそんな恰好してるんだ?」
「拓人こそ、どうして分かったんだよ。他の人は気づかなかったのに」
「そりゃ、暗くて一瞬分からなかったけど……ちゃんと分かるよ。薙は薙だ。空気で感じるから」
その言葉にはっとした。
もしかして……拓人は俺の見た目だけじゃなくて、ちゃんと内面まで見てくれているのか。
オレは……ずっとそんな風に信頼できる相手を探していた。
外では女顔だと揶揄されることが多く、変な目で見られることも多かったから。黙っていると気弱そうに見えるらしくて、変なちょっかいを出されることも多く、基本的に人を信用していなかった。
「へぇ……やるな、拓人。ところでこの風呂敷の中なんだよ?」
もうバレたんだし、いつも通りに喋ることにした。すると拓人が珍しく明るい笑いを浮かべた。
「ははっ黙ってれば超可愛い女の子なのに、喋ると薙のまんまだ。なんかギャップ萌えするぜ」
「おいっ! ヘンな萌え、起こすなよ」
「ははっ、この中身はな、すげー可愛い和菓子で、美味そうだった」
「へぇ、じゃあお前も一緒に食べていけよ。ほらあがれよ」
「え……いいよ。そんな」
躊躇する拓人の腕を、今度はオレが掴んだ。
洋さんが団欒に癒されていたように、拓人にも、あの優しい空気を味わって欲しい。
なぁ……お前だって母親を亡くしたばかりで、義父はあんな事件を起こして、心が傷ついているだろう?
いつも何も言わないで……じっと耐えているけどさ。
お前も独りじゃない。
オレがいるよ。
それを伝えたくなった。
お誕生日席に照れ臭そうに座る洋さんが、感極まって涙ぐむ姿には、誰もが胸を打たれた。
まだ14歳のオレにも、その涙がどんなに深いものか伝わってきたよ。
『洋さんには、どこまでも幸せになって欲しい』と、ここに集まる人の誰もが願いたくなるような、透明で澄んだ涙だった。
オレが知らない洋さんの過去。
きっと知らない方がいい程の苦しい過去なのだと、悟ってしまった瞬間だった。
****
それにしてもこんな時間に誰かな?
洋さんを囲んで話が盛り上がっている所だったのでオレが対応してあげようと、自分が女物の着物姿なのは気にせずに玄関に向かった。
どうせ宅急便か何かだろ? 無言で印鑑押せばいいよな。
そんな軽い気持ちで玄関を開けて、激しく後悔した。
だって、そこに立っているのはオレの同級生の拓人だったから。
「あれっ」
「……っ」
慌てて口に手をあて声を出さないようにした。さっきまでの強気な気持ちは引っ込んでしまった。
拓人も不審そうな顔で、固まっている。
玄関は薄暗いけど……バレるかな。
同級生相手にこの姿はないよなぁ。
いや洋さんだって気が付かなかったんだから、大丈夫か。
開き直っていこう。おどおどするのは性に合ってないから、堂々と行く。
正面を向いてスッと顔をあげた。
「あの……すいません。俺……建海寺の使いで来たのですが、これを住職の翠さんに渡してもらえますか」
ほら、やっぱり気づいてないと、ほっとした。
オレは声を出さずに少しだけニコっと微笑んで、差し出された風呂敷包みを受け取った。
「あっ……じゃあ、よろしくお願いします」
再び無言でコクっと頷いて、玄関から出て行く拓人を見送り、ドアを閉めようとしたら……
「ちょっと待てよ、お前、薙だろ?」
突然手首を掴まれて、顔を覗かれたので驚いた!
ええっ! どうして分かったんだ?
「なっ、なんで……」
驚いて、思わず声を出してしまった。
「ふぅ……やっぱりな。なんでそんな恰好してるんだ?」
「拓人こそ、どうして分かったんだよ。他の人は気づかなかったのに」
「そりゃ、暗くて一瞬分からなかったけど……ちゃんと分かるよ。薙は薙だ。空気で感じるから」
その言葉にはっとした。
もしかして……拓人は俺の見た目だけじゃなくて、ちゃんと内面まで見てくれているのか。
オレは……ずっとそんな風に信頼できる相手を探していた。
外では女顔だと揶揄されることが多く、変な目で見られることも多かったから。黙っていると気弱そうに見えるらしくて、変なちょっかいを出されることも多く、基本的に人を信用していなかった。
「へぇ……やるな、拓人。ところでこの風呂敷の中なんだよ?」
もうバレたんだし、いつも通りに喋ることにした。すると拓人が珍しく明るい笑いを浮かべた。
「ははっ黙ってれば超可愛い女の子なのに、喋ると薙のまんまだ。なんかギャップ萌えするぜ」
「おいっ! ヘンな萌え、起こすなよ」
「ははっ、この中身はな、すげー可愛い和菓子で、美味そうだった」
「へぇ、じゃあお前も一緒に食べていけよ。ほらあがれよ」
「え……いいよ。そんな」
躊躇する拓人の腕を、今度はオレが掴んだ。
洋さんが団欒に癒されていたように、拓人にも、あの優しい空気を味わって欲しい。
なぁ……お前だって母親を亡くしたばかりで、義父はあんな事件を起こして、心が傷ついているだろう?
いつも何も言わないで……じっと耐えているけどさ。
お前も独りじゃない。
オレがいるよ。
それを伝えたくなった。
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