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13章
慈しみ深き愛 22
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せっかく流さんの手で綺麗に着付けてもらえたのだから、出来るだけ明るく振舞おうとしたのに
「薙、お前少し無理しているな」
「えっなんで? そんなことないよ」
「お前少し前まで……あんなに尖がっていたのに、急にいい子過ぎるぞ。それに、こんなことするノリでもなかっただろう? もしかして兄さんのためか」
「ちっ、違うよっ!」
着物姿のまま部屋から出ようとしたら流さんに腕を掴まれ探るように聞かれた。掴まれた部分が妙に熱く感じパニックを起こしそうだった。
「……これもオレだよ。無理なんてしてない!」
「確かに兄さんはお前が心を開いてくれたことを喜んでるよ。だがな俺には甘えていいんだぞ。不平不満があればちゃんと言えよ。そんなに俺の前では、いい子ぶらなくていいから。なっ」
頼もしい胸板に押し付けられるように肩を抱かれて、不覚にも涙がこみ上げてきた。
はっ、流さんにはお見通しなのか。オレが無理してること……やっぱりすごいな。
昔からオレの些細な感情を丁寧に拾ってくれて大らかな空気で包んでくれる。頼り甲斐があって温かくて……大好きな叔父さんだった。
きっと、だから欲しくなってしまったんだな。
「分かったから、もう離せって! キツっ」
「あぁつい……悪かったな。でも薙、今言ったこと忘れんなよ」
きっと……こんな女物を着たせいだ。こんな弱い気持ちになってしまうのは。流さんの何気ない言葉が、いちいちこんなに響くなんてさ!
「……分かったよ」
なんとかそう言い残し、父さんの元にパタパタと歩きにくい着物姿のまま向かった。
「え……本当に薙なの?」
父さんはオレの顔を見るなり目を丸くした。それからまるで遠い日を思い出すような、少し寂し気な表情になった。
「お前は本当に似ているね、僕に……それからあの子にも」
「……もしかして父さんも、こんな格好をしたことあるのか」
「いや、着物はないけど、巫女の衣装ならあるよ」
「ふぅん」
「もしかして薙が女の子だったら、こんな感じだったのかな」
「もう、父さんまで変な想像するな!」
「ははっ! ごめん、でも今日だけは姫でもいいんじゃ」
「良くないって!」
そういう父さんの作務衣姿は全然似合ってないんですけど……と言ってやりたくなったが、なんだかそれも傷つけそうなので、やめておいた。
ところで父さんがさっき言った「あの子」って誰のことだろう。聞いていいのかどうか迷っていると、丈さんと洋さんが元気に帰宅した声が母屋の玄関から響いてきた。
その声に反応するように、父さんの表情も花が咲いたように明るくなった。
「洋くんたちが戻って来たみたいだね。薙はここで待っているといい。お前の姿を見たら、きっと驚くよ」
****
部屋を出て行く薙の華奢な後ろ姿を見たら、急に不安がこみ上げてきた。
アイツ……もしかして俺達を置いて、ここから羽ばたいて遠くに行ってしまうのでは。
翠と違って強気な性格の薙が、あの事件以来、妙に従順過ぎて心配だった。
今日だって自ら女性の着物を着るなんて、あり得ねぇ。
翠にこんな相談をしたら不安がるだけだし、自分のせいで薙が感情をセーブしていると知ったら悲しむだろう。
ただでさえ翠は事件の後遺症で、危うい状態なのだ。
それにしても……さっき目が霞むと言っていたのが、気になってしょうがない。
またあの月影寺に戻って来た頃のようになってしまわないか、怖くてたまらない。
「薙、お前少し無理しているな」
「えっなんで? そんなことないよ」
「お前少し前まで……あんなに尖がっていたのに、急にいい子過ぎるぞ。それに、こんなことするノリでもなかっただろう? もしかして兄さんのためか」
「ちっ、違うよっ!」
着物姿のまま部屋から出ようとしたら流さんに腕を掴まれ探るように聞かれた。掴まれた部分が妙に熱く感じパニックを起こしそうだった。
「……これもオレだよ。無理なんてしてない!」
「確かに兄さんはお前が心を開いてくれたことを喜んでるよ。だがな俺には甘えていいんだぞ。不平不満があればちゃんと言えよ。そんなに俺の前では、いい子ぶらなくていいから。なっ」
頼もしい胸板に押し付けられるように肩を抱かれて、不覚にも涙がこみ上げてきた。
はっ、流さんにはお見通しなのか。オレが無理してること……やっぱりすごいな。
昔からオレの些細な感情を丁寧に拾ってくれて大らかな空気で包んでくれる。頼り甲斐があって温かくて……大好きな叔父さんだった。
きっと、だから欲しくなってしまったんだな。
「分かったから、もう離せって! キツっ」
「あぁつい……悪かったな。でも薙、今言ったこと忘れんなよ」
きっと……こんな女物を着たせいだ。こんな弱い気持ちになってしまうのは。流さんの何気ない言葉が、いちいちこんなに響くなんてさ!
「……分かったよ」
なんとかそう言い残し、父さんの元にパタパタと歩きにくい着物姿のまま向かった。
「え……本当に薙なの?」
父さんはオレの顔を見るなり目を丸くした。それからまるで遠い日を思い出すような、少し寂し気な表情になった。
「お前は本当に似ているね、僕に……それからあの子にも」
「……もしかして父さんも、こんな格好をしたことあるのか」
「いや、着物はないけど、巫女の衣装ならあるよ」
「ふぅん」
「もしかして薙が女の子だったら、こんな感じだったのかな」
「もう、父さんまで変な想像するな!」
「ははっ! ごめん、でも今日だけは姫でもいいんじゃ」
「良くないって!」
そういう父さんの作務衣姿は全然似合ってないんですけど……と言ってやりたくなったが、なんだかそれも傷つけそうなので、やめておいた。
ところで父さんがさっき言った「あの子」って誰のことだろう。聞いていいのかどうか迷っていると、丈さんと洋さんが元気に帰宅した声が母屋の玄関から響いてきた。
その声に反応するように、父さんの表情も花が咲いたように明るくなった。
「洋くんたちが戻って来たみたいだね。薙はここで待っているといい。お前の姿を見たら、きっと驚くよ」
****
部屋を出て行く薙の華奢な後ろ姿を見たら、急に不安がこみ上げてきた。
アイツ……もしかして俺達を置いて、ここから羽ばたいて遠くに行ってしまうのでは。
翠と違って強気な性格の薙が、あの事件以来、妙に従順過ぎて心配だった。
今日だって自ら女性の着物を着るなんて、あり得ねぇ。
翠にこんな相談をしたら不安がるだけだし、自分のせいで薙が感情をセーブしていると知ったら悲しむだろう。
ただでさえ翠は事件の後遺症で、危うい状態なのだ。
それにしても……さっき目が霞むと言っていたのが、気になってしょうがない。
またあの月影寺に戻って来た頃のようになってしまわないか、怖くてたまらない。
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