重なる月

志生帆 海

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13章

慈しみ深き愛 16

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 はっと気付くと、俺は白い蒸気があがる湯船に肩まで湯に浸かり、丈の逞しい胸板に躰を預けていた。お湯の熱さと丈の素肌から伝わる熱に包まれて、ふわふわと心地良い。

「洋、気が付いたか」
「あっ……俺」

 また意識飛ばす程に激しく長時間に渡り抱かれまくったと思うと、恥ずかしいやら恨めしいやらで複雑な気持ちがこみ上げてきた。でも丈がとても心配そうな顔で俺の様子を伺っているので、文句を言う気持ちは途端に失せてしまった。

「悪かった、久しぶりで、つい……がっついた」
「んっ……でも俺もだから、同罪だ。それにしても、ここ……俺の家だよな?」

 見渡す限り、見覚えのない光景で不安になってしまった。

「そうか……俺の部屋だけでなく、浴室もリフォームしたんだな」

 俺がこの家に住んでいた頃は、黒と灰色のタイル貼りで無機質で閉塞感のある古めかしい浴室だったが……今はブルーのグラデーションが美しいパネル面で、すっかり機能的な現在風のバスルームに変わっていた。

「あぁ、ここも壊してしまったよ」
「そうか……ありがとう」

 丈が.俺の過去をどこまで知っているのか、分からない。

 俺の過去……母を亡くしてからの、俺の寂しい人生を垣間見られたような気まずさはある。だがそれよりも俺ひとりでは壊すことの出来なかった世界を、丈が壊してくれたことが嬉しく感じた。

 中学生の頃……風呂に入っていると、たまに義父がやってきた。見ず知らずの人間に裸を覗き見られるような恥ずかく気味悪い気持ちがこみ上げた。でも断ることも出来ず、俯いて父の脚の間でじっとしていた。共に浸かったあの湯船は、もうここにはない。

 跡形もなくなった。
 ほっとした。
 もう苦しまないで済む。

 記憶は消せないが、モノは消せるということを、改めて噛みしめた。

「怖くないか」

 丈がまた聞いてくれる。怖いなんてはずない。 
 お前がすることは、俺がしたかったことでもあるのだから。

「丈、ありがとう!」

 思わず感極まって躰の向きをくるっと反転させて、丈の逞しい胸板に腕を回し抱きつくと丈は朗らかに笑った。

「おいおい、洋、そんな風にぴったりと抱きつくな」
「えっ……どうして? 」
「何故って下を見てみろ」

 促されて湯の中を見ると、俺の性器はいつの間にか固く立ち上がっていて、丈のも同じ状態になっていた。

 もう臨戦態勢だ。
 い、いつの間に?

「あっ丈、俺の記憶がないうちに何かしただろう?」

 湯のせいだけじゃなかったのか……俺の躰が火照っていたのは!

「悪い。洋のここがあまりに可愛くて、少し触れたらどんどん健気に立ち上がるもんだから、つい弄ってしまった」
「健気って……俺はそんなっ」

 はぁ……言葉を続ける元気が出ないぞ。もう……

「もうお互いこんなだな。本当に節操ないのはお互いさまだな」

 そう言いながら、丈の大きな手の平で二つをまとめて握られ、「あうっ……」っと変な声が漏れてしまった。自分の声が浴室内で大袈裟に反響して、ぎょっとした。

 風呂でするのは久しぶりだ。しかもここは俺の育った家だ。

「ここでも洋を抱く」

 そんな宣言のもと、丈の手の動きが早くなっていく。

「あぁっ……うわっ……ちょっと待ってくれ‼」


 ****

「流、飾るのはここでいいか。えっと、どう飾れば?」

 翠が嬉しそうに雛人形の箱を開けて、確認してくる。もう可愛い奴だな……そんな子供みたいにワクワクした顔をして。それに確認のたびに、俺の名を『流』と甘く優しく呼んでくれるのが、擽ったい。

「流、懐かしいね。母さんは息子しかいないのに、雛祭りも本格的にお祝いしていたものな」
「全くだ。そうそうそれに翠なんて、幼い頃は姫の恰好をさせられていたじゃないか」
「えっ……りゅっ流、まっ、まさかっ……それっ覚えているのか」

 途端に翠の顔が真っ青になり、かなり狼狽えた。よほど姫の恰好を母に無理矢理させられたことがショックなのか。でもそれってまだ翠がたぶん五歳くらいの話だよな。それにそんなのよく聞く話だろう。息子ばかり持った母の細やかな願望さ。

 俺はまだ三歳だった。

 かなりおぼろげな記憶だが胸に閉まっていた大事な記憶を、つい明かしてしまった。

 





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