1,102 / 1,657
13章
慈しみ深き愛 12
しおりを挟む
仕事が終わって、すぐ横浜へ向かうことにした。
今日は少し安志くんと飲みたい気分だったので、車は置いて電車に乗った。安志くんの仕事場は横浜のみなとみらい地区なので、海沿いの高層ホテルのバーで待ち合わせた。
ホテルの70階にあるBarの名は『Pleiades』
ここは私の隠れ家だ。地上277mに位置し、大きな窓からは月や星が手に取るように見える。いつからか……ひとりでじっくりと考えごとをしたい時に、ふらりと立ち寄る場所になっていた。ここに来るのは久しぶりだ。
私が着席してすぐスーツにネクタイ姿の安志くんも、爽やかな笑顔を浮かべ入って来た。
「すみません。待たせちゃって」
「いや、私も今着いたところだ。君は何を飲む?」
「えっと、生ビールでいいっすか」
「ふっ、もちろん」
ハイクラスのお洒落なバーでも、彼は変に気取ったりせず、飾らない。それが彼の持ち味なのだろう。では私はお気に入りのカクテルにしよう。
「彼には生ビールを、私にはいつものを」
「はい、ブルームーンですね」
「そうだ」
ジンベースにバイオレットリキュールとレモンジュースを合わせたカクテルで、夜空のような色が美しい。
「はぁ……丈さんって、やっぱり洒落ていますよね。そんな名前のカクテルがあるんですね。そもそもこの店の名前は舌を噛みそうで、覚えられなかったですよ」
「そう言うものなのか。この店の名Pleiadesの和名は星座のスバルだよ。昴といえば分かるだろう? 昴には『統一した、一つに集まっている』という意味があってね、なんだか月影寺のようなイメージで気に入っているのだ。それからブルームーンのカクテルは、洋の雰囲気と合っているからな」
「なるほど、昴ですか。それなら俺にも分かりますよ。カクテルの方は洋の雰囲気ですか。確かに色とかアイツっぽいかも」
「英語でブルームーンは『once in a blue moon』と言って、『極めて稀なこと』『決してあり得ないこと』といった意味を含んでいる。どうだ? 『めったに遭遇しない出来事』『幸福な瞬間』なんて、なかなかいいものだろう?」
そこまでうんちくを話すと、安志くんは髪をポリポリと掻いて、ニヤッと笑った。
「おい、何がおかしい?」
「いや、洋は幸せだなと思って。アイツそういうムードのあるものが好きなんですよ。俺はこの通り、センスのかけらもない奴だから」
確かにそう思う。今日のスーツもまぁ本当に平凡というか……悪くはないがまったく洒落っ気のないスタンダードすぎるものだ。モデルの涼くんが傍にいながら、そう来るかと突っ込みたくなる。だがそれが彼のいいところなのだろう。
「涼にもいつも笑われます。でもそんな所がいいとも。へへ」
涼くんとの関係を惚気だす様子に、悪い奴ではない……もう彼は洋との間の恋(おそらくあったと思う)を、完全に昇華していると、密かに確信した。
どうやら……この安志くんになら、今なら私も素直に教えてもらえそうだな。
少し酒とサンドイッチなどのつまみを食べながら雑談をした。
「……そろそろ本題に入ってもいいか」
「ええ、もちろんっす! なんすか?」
「聞きたいのは、君が知っている洋の過去についてだ。特に知りたいのはお母さんが亡くなってからの暮らしぶり。当時……義父との関係はどのようなものだったのか」
「……あぁ、そこですよね。やっぱり……もしかして……洋に最近何かあったのですか」
「どうやら、洋はその時期の暮らしに強いトラウマがあるようで……実は、正月あたりから頻繁に思い出すようになってしまったようで……心配なんだ」
「え……正月ですか! うわぁ……もしかしてあの時のことが……ううっ……参ったな」
安志くんは、突然、動揺し出した。
今日は少し安志くんと飲みたい気分だったので、車は置いて電車に乗った。安志くんの仕事場は横浜のみなとみらい地区なので、海沿いの高層ホテルのバーで待ち合わせた。
ホテルの70階にあるBarの名は『Pleiades』
ここは私の隠れ家だ。地上277mに位置し、大きな窓からは月や星が手に取るように見える。いつからか……ひとりでじっくりと考えごとをしたい時に、ふらりと立ち寄る場所になっていた。ここに来るのは久しぶりだ。
私が着席してすぐスーツにネクタイ姿の安志くんも、爽やかな笑顔を浮かべ入って来た。
「すみません。待たせちゃって」
「いや、私も今着いたところだ。君は何を飲む?」
「えっと、生ビールでいいっすか」
「ふっ、もちろん」
ハイクラスのお洒落なバーでも、彼は変に気取ったりせず、飾らない。それが彼の持ち味なのだろう。では私はお気に入りのカクテルにしよう。
「彼には生ビールを、私にはいつものを」
「はい、ブルームーンですね」
「そうだ」
ジンベースにバイオレットリキュールとレモンジュースを合わせたカクテルで、夜空のような色が美しい。
「はぁ……丈さんって、やっぱり洒落ていますよね。そんな名前のカクテルがあるんですね。そもそもこの店の名前は舌を噛みそうで、覚えられなかったですよ」
「そう言うものなのか。この店の名Pleiadesの和名は星座のスバルだよ。昴といえば分かるだろう? 昴には『統一した、一つに集まっている』という意味があってね、なんだか月影寺のようなイメージで気に入っているのだ。それからブルームーンのカクテルは、洋の雰囲気と合っているからな」
「なるほど、昴ですか。それなら俺にも分かりますよ。カクテルの方は洋の雰囲気ですか。確かに色とかアイツっぽいかも」
「英語でブルームーンは『once in a blue moon』と言って、『極めて稀なこと』『決してあり得ないこと』といった意味を含んでいる。どうだ? 『めったに遭遇しない出来事』『幸福な瞬間』なんて、なかなかいいものだろう?」
そこまでうんちくを話すと、安志くんは髪をポリポリと掻いて、ニヤッと笑った。
「おい、何がおかしい?」
「いや、洋は幸せだなと思って。アイツそういうムードのあるものが好きなんですよ。俺はこの通り、センスのかけらもない奴だから」
確かにそう思う。今日のスーツもまぁ本当に平凡というか……悪くはないがまったく洒落っ気のないスタンダードすぎるものだ。モデルの涼くんが傍にいながら、そう来るかと突っ込みたくなる。だがそれが彼のいいところなのだろう。
「涼にもいつも笑われます。でもそんな所がいいとも。へへ」
涼くんとの関係を惚気だす様子に、悪い奴ではない……もう彼は洋との間の恋(おそらくあったと思う)を、完全に昇華していると、密かに確信した。
どうやら……この安志くんになら、今なら私も素直に教えてもらえそうだな。
少し酒とサンドイッチなどのつまみを食べながら雑談をした。
「……そろそろ本題に入ってもいいか」
「ええ、もちろんっす! なんすか?」
「聞きたいのは、君が知っている洋の過去についてだ。特に知りたいのはお母さんが亡くなってからの暮らしぶり。当時……義父との関係はどのようなものだったのか」
「……あぁ、そこですよね。やっぱり……もしかして……洋に最近何かあったのですか」
「どうやら、洋はその時期の暮らしに強いトラウマがあるようで……実は、正月あたりから頻繁に思い出すようになってしまったようで……心配なんだ」
「え……正月ですか! うわぁ……もしかしてあの時のことが……ううっ……参ったな」
安志くんは、突然、動揺し出した。
10
お気に入りに追加
446
あなたにおすすめの小説
記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。
執着攻めと平凡受けの短編集
松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。
疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。
基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
もう人気者とは付き合っていられません
花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。
モテるのは当然だ。でも――。
『たまには二人だけで過ごしたい』
そう願うのは、贅沢なのだろうか。
いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。
「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。
ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。
生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。
※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中
婚約者に会いに行ったらば
龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。
そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。
ショックでその場を逃げ出したミシェルは――
何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。
そこには何やら事件も絡んできて?
傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。
君のことなんてもう知らない
ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。
告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。
だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。
今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが…
「お前なんて知らないから」
彼女にも愛する人がいた
まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。
「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」
そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。
餓死だと? この王宮で?
彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。
俺の背中を嫌な汗が流れた。
では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…?
そんな馬鹿な…。信じられなかった。
だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。
「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。
彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。
俺はその報告に愕然とした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる