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13章
解き放て 5
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俺が荷物をひっくり返し、慌てて説明していると、次に金蔵探知機を通った若い女性も引っかかったらしく、エラーブザーを派手に鳴らしていた。
「あー! またこれですか。今日は続くな」
検査官の声に誘われ見ると、俺と似たようなネックレス型の護身グッズを付けていたので、思わず微笑んでしまった。
うん、やっぱりこういうグッズは、ああいう綺麗な女性用だよな。ほんと俺……恥ずかし。すると女性の方も俺を見てクスっと笑った。それは親しみのある笑い方だったので、嫌な気分ではなかった。
結局丈に持たされた護身グッズは係員に預け、到着地で返してもらう事で話がついた。やれやれ、手間取ったぞ。帰りは全部スーツケースの中に入れようと固く誓った。
それにしても国際線の飛行機になんて散々乗り慣れているはずなのに、いつもより緊張してしまう。それはこの数年間……丈をはじめ、皆に優しく見守られ、守ってもらっていたからなのだと、改めて実感した。
本当にみんなありがとう。それでもこうやってまたひとりで海外に行ったり、前向きに行動出来るようになったのは、俺なりの進歩だと思う。
時はゆるやかに、でも確実に流れていくものだ。
あの時からシコリのように残っている胸の奥の痛みも、このまま少しずつ薄まって行って欲しい。今まで忘れていた自分らしさというものを、もっと大切にしたい。
「お客様、お急ぎください」
「あっ、すいません」
搭乗ゲートで手間取った分、飛行機に乗り込むのがギリギリになってしまった。座席は……45のKだから……と、辿り着くと、隣席は女性だった。
あれ? しかも……さっきの女性だ。
その女性も俺に気づいたらしく、またニコっと笑ってくれたので、俺も慌てて会釈した。
「ふふっ、さっきはお疲れ様でした」
座るなり気さくに声をかけられ、焦ってしまった。
「あっ、変なとこ見られて」
「ふふっ大変でしたね。後ろに並んでいたので、一部始終見ていましたよ」
「わっ……そうなんですか……あぁ恥ずかしいです」
やっぱり一部始終見られていたのか。ううっ、情けないというか恥ずかしい。俺……男なのにあんなに沢山の護身グッズを持っているって、どう思われたんだ?
「でもすごく納得しましたよ。だってその美貌ですもの。その……とてもお綺麗だから。あのもしかして、モデルさんとかですか」
「え……いや違いますよ」
「すみません。私ったら余計なことを。どこかで見たような……でも本当に素敵ですよ!」
媚びた感じもなくサラリとしていて、いい雰囲気の女性だと思った。
「いえ、あの……ありがとうございます」
困ったな……俺はここ最近、まともに若い女性と話す機会がなかったので、まったくもって不慣れだ。でもその後は特に話すこともなく、そのまま会話は途切れてしまった。
それでいい。深入りすると日本で待っていてくれる丈にいらぬ心配をさせてしまうから。
離陸して暫くすると機内食が出て、その後はフリータイムだ。
俺は久しぶりに話す韓国語のために復習を始めた。現地の学校で使っていたテキストを引っ張り出して基礎からもう一度確認していく。それにしても……このテキストを開くと当時の思い出が鮮明に蘇るな。五年前……ソウルに逃げてすぐに通った時のもだ。Kaiと出逢ったのも、この時だ。
アイツ……もともとは俺の教え子だったのに、今じゃあれこれポンポンもの申す、いい親友になったな。
しかしまだソウルから帰国して一年しか経ってないのに、やっぱり使っていないと忘れてしまう。Kaiと優也さんの役に、少しでも立ちたい。俺がソウルに居られる期間は一カ月だけなので、精一杯頑張りたい。
夢中でテキストを眺めていると、再び隣の女性に声をかけられた。
「あの、もしかして韓国に詳しいですか。韓国語も出来るみたいですね」
「えぇ、以前韓国で通訳をしていたので」
「わぁ! すごい。あっすいません。もしかしてソウルにも詳しいですか」
「……まぁ、五年ほど住んでいましたよ」
「じゃあ、あの……地名のことを聞いても?」
「もちろん、俺で分かる範囲なら」
女性が真剣な眼差しだったので、断ることは出来なかった。
「よかった。この地名がどこか分かりますか」
女性が差し出してきたメモには「달동네」と書かれていた。
「タルドンネ?」
「ええ」
「うーん、直訳すると『月の町』になりますが、でもすいません。俺にはどこのことか分からないな」
「そうですか……困ったな、私ひとりで探しきれるかしら。検索しても沢山ソウルの中にも同じ地名があるみたいで……」
「……何か大事な場所なんですか」
とても困った様子だったので、つい聞いてしまった。さっき深入りしないと誓ったばかりなのに。
「ええ。この地名の場所が母の故郷らしくて、一度尋ねてみたいと思って」
ん? この女性は韓国人なのか。
「あっ、突然ですいません」
「いえ……どうぞ俺でよかったら聴きますよ」
「ありがとうございます。私の母は韓国人で、日本人の父と駆け落ちして日本で私を生んだのですが、母が亡くなる前に故郷の話をよくしていたので……せめて私が訪ねてみたいと思って」
「成程、そういう理由なら、現地に詳しい知り合いがいるので紹介しましょうか」
「本当ですか? 私はソウルは初めてなんです。本当に頼ってもいいんですか」
「ええ」
話が他人事とは思えなかった。
俺の母も父と駆け落ちして、亡くなっていたから。
母は、実家のことを結局亡くなるまで何一つ語らなかった。
でも語らなかっただけで……実際はどうだったのだろう。
もう一度帰りたいと思ったことは、なかったのだろうか。
「あー! またこれですか。今日は続くな」
検査官の声に誘われ見ると、俺と似たようなネックレス型の護身グッズを付けていたので、思わず微笑んでしまった。
うん、やっぱりこういうグッズは、ああいう綺麗な女性用だよな。ほんと俺……恥ずかし。すると女性の方も俺を見てクスっと笑った。それは親しみのある笑い方だったので、嫌な気分ではなかった。
結局丈に持たされた護身グッズは係員に預け、到着地で返してもらう事で話がついた。やれやれ、手間取ったぞ。帰りは全部スーツケースの中に入れようと固く誓った。
それにしても国際線の飛行機になんて散々乗り慣れているはずなのに、いつもより緊張してしまう。それはこの数年間……丈をはじめ、皆に優しく見守られ、守ってもらっていたからなのだと、改めて実感した。
本当にみんなありがとう。それでもこうやってまたひとりで海外に行ったり、前向きに行動出来るようになったのは、俺なりの進歩だと思う。
時はゆるやかに、でも確実に流れていくものだ。
あの時からシコリのように残っている胸の奥の痛みも、このまま少しずつ薄まって行って欲しい。今まで忘れていた自分らしさというものを、もっと大切にしたい。
「お客様、お急ぎください」
「あっ、すいません」
搭乗ゲートで手間取った分、飛行機に乗り込むのがギリギリになってしまった。座席は……45のKだから……と、辿り着くと、隣席は女性だった。
あれ? しかも……さっきの女性だ。
その女性も俺に気づいたらしく、またニコっと笑ってくれたので、俺も慌てて会釈した。
「ふふっ、さっきはお疲れ様でした」
座るなり気さくに声をかけられ、焦ってしまった。
「あっ、変なとこ見られて」
「ふふっ大変でしたね。後ろに並んでいたので、一部始終見ていましたよ」
「わっ……そうなんですか……あぁ恥ずかしいです」
やっぱり一部始終見られていたのか。ううっ、情けないというか恥ずかしい。俺……男なのにあんなに沢山の護身グッズを持っているって、どう思われたんだ?
「でもすごく納得しましたよ。だってその美貌ですもの。その……とてもお綺麗だから。あのもしかして、モデルさんとかですか」
「え……いや違いますよ」
「すみません。私ったら余計なことを。どこかで見たような……でも本当に素敵ですよ!」
媚びた感じもなくサラリとしていて、いい雰囲気の女性だと思った。
「いえ、あの……ありがとうございます」
困ったな……俺はここ最近、まともに若い女性と話す機会がなかったので、まったくもって不慣れだ。でもその後は特に話すこともなく、そのまま会話は途切れてしまった。
それでいい。深入りすると日本で待っていてくれる丈にいらぬ心配をさせてしまうから。
離陸して暫くすると機内食が出て、その後はフリータイムだ。
俺は久しぶりに話す韓国語のために復習を始めた。現地の学校で使っていたテキストを引っ張り出して基礎からもう一度確認していく。それにしても……このテキストを開くと当時の思い出が鮮明に蘇るな。五年前……ソウルに逃げてすぐに通った時のもだ。Kaiと出逢ったのも、この時だ。
アイツ……もともとは俺の教え子だったのに、今じゃあれこれポンポンもの申す、いい親友になったな。
しかしまだソウルから帰国して一年しか経ってないのに、やっぱり使っていないと忘れてしまう。Kaiと優也さんの役に、少しでも立ちたい。俺がソウルに居られる期間は一カ月だけなので、精一杯頑張りたい。
夢中でテキストを眺めていると、再び隣の女性に声をかけられた。
「あの、もしかして韓国に詳しいですか。韓国語も出来るみたいですね」
「えぇ、以前韓国で通訳をしていたので」
「わぁ! すごい。あっすいません。もしかしてソウルにも詳しいですか」
「……まぁ、五年ほど住んでいましたよ」
「じゃあ、あの……地名のことを聞いても?」
「もちろん、俺で分かる範囲なら」
女性が真剣な眼差しだったので、断ることは出来なかった。
「よかった。この地名がどこか分かりますか」
女性が差し出してきたメモには「달동네」と書かれていた。
「タルドンネ?」
「ええ」
「うーん、直訳すると『月の町』になりますが、でもすいません。俺にはどこのことか分からないな」
「そうですか……困ったな、私ひとりで探しきれるかしら。検索しても沢山ソウルの中にも同じ地名があるみたいで……」
「……何か大事な場所なんですか」
とても困った様子だったので、つい聞いてしまった。さっき深入りしないと誓ったばかりなのに。
「ええ。この地名の場所が母の故郷らしくて、一度尋ねてみたいと思って」
ん? この女性は韓国人なのか。
「あっ、突然ですいません」
「いえ……どうぞ俺でよかったら聴きますよ」
「ありがとうございます。私の母は韓国人で、日本人の父と駆け落ちして日本で私を生んだのですが、母が亡くなる前に故郷の話をよくしていたので……せめて私が訪ねてみたいと思って」
「成程、そういう理由なら、現地に詳しい知り合いがいるので紹介しましょうか」
「本当ですか? 私はソウルは初めてなんです。本当に頼ってもいいんですか」
「ええ」
話が他人事とは思えなかった。
俺の母も父と駆け落ちして、亡くなっていたから。
母は、実家のことを結局亡くなるまで何一つ語らなかった。
でも語らなかっただけで……実際はどうだったのだろう。
もう一度帰りたいと思ったことは、なかったのだろうか。
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