重なる月

志生帆 海

文字の大きさ
上 下
993 / 1,657
12章

番外編SS 安志×涼 「クリスマス・イブ」3

しおりを挟む
「お疲れ様!」

 スタジオでの撮影が、ようやく一区切りついたようだ。

 カメラの熱を浴び続けたせいで、僕の額には大粒の汗が浮き上がっていたので、タオルで汗を拭っていると、マネージャーと撮影監督が近づいて来た。

「涼、お疲れ様。一旦休憩していいよ。次の撮影は3時間後だから、これ鍵。上の階でシャワー使っておいで。そのまま仮眠を取ってもいいし」
「えっ、いいんですか」
「涼が頑張ったお陰でスムーズに進んだからご褒美だよ。3時間だけど自由時間だ」
「嬉しいです! ありがとうございます!」

 2日間スタジオに缶詰を覚悟していたのに、思いがけず外に出ることが出来た。しかも遠方からのモデルの宿泊先として使っている部屋での仮眠付きだ。

 とにかく汗を流したかったし疲れ果てて眠かったので、ぼんやりとエレベーターに乗り込もうとしたら、降りて来た人の大きな荷物にぶつかりそうになってしまった。

「あっすいません」
「いーえ」

 大きな紙袋だな。ちらっと見ると僕もよく知っている有名なケーキ屋さんのロゴが印刷されていた。更にいつものロゴの他にツリーのイラストが入っていた。

 あ……そうか、クリスマスケーキなのか。

 そうだ…今日はクリスマスイブだった! すっかり時間感覚が失われていたことに気が付いた。

 1週間前に安志さんと電話した時に「クリスマスに会えない」と告げると、あっさりと「仕事を頑張れよ」と言われてしまったんだよな。

 僕は意気込んでいたのでがっかりしてしまったのに……安志さんは同じ気持ちじゃなかったのかな。そう思ったら「それでも会いたい」という一言は言えずに……呑み込んでしまった。

 安志さんは10歳も年上の大人の男性だから、僕がそんな子供じみた我が儘言って困らせたくない。そもそもモデルの仕事で会えないのだから、僕のせいなんだ。

「それでもやっぱり安志さんに会いたいな。せめて声だけでも聴きたい」

 その気持ちに勇気をもらい、安志さんへ電話をかけてみた。

 もう時計の針は23時過ぎ。この時間なら絶対家にいるはずだ。なのに、何度コールしても安志さんは出なかった。

 会えないと会いたくなる。
 話せないと話したくなる。
 もう3週間も会っていない。
 そろそろ限界だ。

 この3週間、子供っぽく安志さんのこと束縛したくなくて、僕も意地を張ってしまった。安志さんの方も、僕が忙しいと気遣ってたまにメールをくれる程度だった。電話も何度かあったのに運悪く撮影中だったり、逆に僕がかけると会議中だったりと行き違いばかりだった。

 電話越しにすら、まともに喋っていない。

「そうか……僕が直接行けばいいんだ」

 3時間あれば行って帰って来られる。まだ電車も動いているし、なんとかなりそうだ。

 ダッフルコートのフードを目深に被り、僕はエレベーターには乗らずに外に向かって走り出していた。

 安志さんの傍に行きたい。

 ただそれだけの想いに突き動かされていた!
しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

泣くなといい聞かせて

mahiro
BL
付き合っている人と今日別れようと思っている。 それがきっとお前のためだと信じて。 ※完結いたしました。 閲覧、ブックマークを本当にありがとうございました。

今日くらい泣けばいい。

亜衣藍
BL
ファッション部からBL編集部に転属された尾上は、因縁の男の担当編集になってしまう!お仕事がテーマのBLです☆('ω')☆

別に、好きじゃなかった。

15
BL
好きな人が出来た。 そう先程まで恋人だった男に告げられる。 でも、でもさ。 notハピエン 短い話です。 ※pixiv様から転載してます。

帰宅

papiko
BL
遊んでばかりいた養子の長男と実子の双子の次男たち。 双子を庇い、拐われた長男のその後のおはなし。 書きたいところだけ書いた。作者が読みたいだけです。

処理中です...