重なる月

志生帆 海

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12章

出逢ってはいけない 9

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「洋さん、この問題分からないんだ。ねぇ聞いてる?」
「……」
 
 返事がないので隣に座っている洋さんを見ると、唇を撫でる仕草をしたまま固まっていた。何か思い出したくない過去でもあるのかな。辛そうに長い睫毛を伏せていた。

 その横顔が、オレでも思わず見とれるほど美しくてはっとした。でも同時に無性に心配になってしまった。

「なぁ洋さんってさ、そんなに綺麗な顔してたら、男にも沢山言い寄られて困ったんじゃない?」

 洋さんはオレの無邪気な質問に、躰をビクッとさせた。聞かれたくないこと、思い出したくないことに触れられ、躰が強張ってしまったのかもしれない。まずいな……警戒されたかも。

「薙くん……何を?」
「洋さん、ごめん。オレ……嫌なこと聞いた? 」
「あ……いや」

 オレは咄嗟に、自分の話に戻した。

「オレさ、今日会ったこともない男の人の声を聞いただけで、寒気がして……これって変かな」
「えっ何それ! 大丈夫なのか。今日誰に会ったんだ?」
「いや結局流さんの電話のお陰で会わなくて済んだから、大丈夫なんだけど、気にしすぎかな」
「……なんだか心配だな。俺なんかよりも自分を心配した方がいいよ。ちゃんと翠さんにも相談して欲しい。そして少しでも違和感を感じることがあったら、包み隠さず伝えて欲しい。何かあってからでは本当に取り返しがつかないのだから」

 洋さんの声には力が籠っていた。こんなにも真剣に心配してくれるなんて……洋さんこそ何かあったのかよ。逆に心配になるよ。
 
 この寺で暮らすようになってから、仕事柄家にいることも多く末っ子状態で皆に可愛がられている洋さんと行動を共にすることが多いので、なんだか放っておけない。

 オレの方がずっと年下なのに変だな。頼りがいのある流さんや、落ち着いた丈さんとは全く別の存在だよな。洋さんって……

「聞いてる? 薙くん」
「あぁ分かったよ。本気でヤバかったら……ちゃんと父さんにも流さんにも話す」
「ふぅ……よかった! えっとどこだっけ? 分からない問題って」
「ここだよ」

 それにしても洋さんの教え方は的を得ていて分かりやすいな。分からない人の立場になって簡潔に導いてくれるセンスがいい。おかげでこの前の中間テストの成績は英語だけ、ぐっと伸びた。
 
「そうだ。明日も教えてくれよ。拓人も連れてきていい? 今日、先に帰って悪いことしたし、この前から拓人も洋さんに教えてもらいたいって言ってたよ」
「えっと……拓人くんというのは、薙くんの親友でいいのかな」
「まぁそんなとこ。ちょっと強引なとこもあるけど、いい奴だ。自立している感じなのが尊敬できてさ」
「へぇ俺にも親友がいるよ。中学も高校も一緒だった」
「そうなんだ。洋さんにもいるのか」

 何故だか、ほっとした。
 洋さんにも、ちゃんとそんな人がいて良かった。

「そうだ。今日は渋谷で広告を見て驚いたよ。モデルのRyouが従兄弟なんて」
「あっ……やっぱり見ちゃったのか」
「うん。そっくりで驚いた」
「ははっ俺はあんなに若くないよ。でもよく言われる。そうか……まだ薙くんには紹介してなかったね」
「うん、今度会ってみたいな。歳もきっと近いよね」
「そうだね。今度呼ぶよ。涼も忙しいだろうけど、彼にもオフが必要だろうから」
「それは、楽しみだな」


****

 ひとりで離れに戻ってきて、ひとりでベッドに潜り込んだ。

 丈が当直の日は、離れの部屋は俺には広すぎて、ベッドは冷たすぎる。

 たった一晩でも丈がいないのに、未だに慣れなくて……

 俺は丈が普段寝ている位置へ移動して、シーツに顔を埋め丸まっていく。

 丈のにおいが恋しくて……早く明日になれと願ってしまう。

 幼い子供のように、丈を待っている。


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