重なる月

志生帆 海

文字の大きさ
上 下
815 / 1,657
11章

初心をもって 4

しおりを挟む
 間もなく京都駅に着く。

「翠さん……翠さん起きてくださいよ」
「あ……もう着くの?」
「えぇ」

 結局、静岡から翠さんはずっと爆睡していた。

 よほど寝不足だったのか……らしくない姿に思わず苦笑してしまう。

 しかし寝起きの翠さんって、壮絶色っぽいな。

 危うい。脆い……そんな言葉が似合う人だ。

 俺が月影寺に来た当初と、翠さんの表情は明らかに変化している。

 どうやら無防備な時ほど色濃く出てしまうようだ。

 これじゃあ……流さんも心配になるよな。

「洋くん? さぁ行くよ」
「あっはい」

 どうやらいつもの翠さんのスイッチが入ったらしい。翠さんは流さんの前では頼りない雰囲気だが、一人の時は違う。

 小さい頃から修行を積んだ身なんだなと、つくづく思うよ。

 しっかり立っている。

 そんな姿が俺にとって眩しい存在で、憧れる。

「まずはどこへ行くんですか」
「あぁ迎えが来ているはずだ。付いて来て」

 新幹線の改札を出ると翠さんは勝手知ったるかの如く、すいすいと人混みを避け進んでいく。俺は京都は中学の修学旅行以来だ。あまりいい思い出もないし、記憶も定かではない。

「わっ翠さんちょっと待ってください!」

 仕事道具のノートパソコンの入った重たい鞄を人にぶつけるわけにもいかず、翠さんを追っていく。

「翠!」

 威勢のよい声に顔をあげると、袈裟を着た背が高くごっつい男性が立っていた。

 んんっ? 誰だろう。

 翠さんも満面の笑みを浮かべているし……


「道昭《みちあき》!」
「はは、お前はまたその名前を。今は道昭《どうしょう》だ」
「あぁごめん。わざわざ悪いな。自ら迎えに来てくれるなんて」

 眼の前で交わされる会話に、この袈裟姿の男性が俺たちを迎えに来てくれたことが理解できた。俺がぽかんとしているのに、二人がようやく気が付いたようだ。

「翠の連れか、この子」
「あぁ……僕の弟だよ」
「へぇお前何人兄弟いるんだ? でも翠の弟だけあって美人さんだ!」

 じろじろ見られてきまりが悪いが嫌な視線ではない。心のゆったりとした人のようで、翠さんが人懐っこい笑顔を浮かべているのを見ても、信頼している間だということが分かった。

「うん、洋と言うんだ。洋くん、彼は僕の大学時代の友人で、京都の右京区にある風空寺というお寺の息子さん」
「あっ……あの、はじめまして!」
「おう。よろしくな。翠の弟さん!さぁ行こう。それにしても本当にうちの宿坊でいいのか」
「あぁ、久しぶりに泊まりたくなった」


****

 車で道昭さんのご実家の寺へとやってきた。

 沙羅双樹の木と竹藪に囲まれた大きな寺庭。端正に整えられた庭は、鎌倉の月影寺のような自然の息吹のままではなく、端正に整えられていた。

「この部屋でいいか」
「うん、あぁ懐かしいな。あれは学生時代か、夏休みに帰省するお前について来たのは」
「あぁそうだな。翠はこの部屋が気に入って十日間も居座ったな」
「そうだったかな」

 朗らかに笑い合う二人にほっとし、本当に居心地がよい人だと思った。書院造りの八畳ほどの客室で、窓の外には枯山水の庭が見えた。

「気にいったか」
「当時と何も変わらないな」
「そうか、庭には拘っている。お前のところの庭はだいぶ草深いからな」
「はは、酷いな。今は少しはましになったよ」
「そうか、何年か前に寄った時は、まだすごかったぞ」
「今は流が丹精を込めて手入れしてくれているよ」
「あぁ。あいつ元気か」
「あぁ、留守を頼んで来た」
「そうか、頼りになるな」
「あぁそうだよ」

 どうやらこの道昭さんは月影寺にも来たことがあるらしい。まだまだ俺の知らないことだらけだ。

 この二日間で、正直どれだけ夕凪さんの足跡が掴めるのか分からないが、出来る限りのことはしよう。そして翠さんと二人きりの旅行なのだから、もっと俺の兄弟たちの過去を教えて欲しい。

 過去は過去。今は今だとは分かっていても、知りたいよ。

 俺を受け入れてくれたあなたたちの姿、生き様を教えて欲しくなる。




しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

どうやら俺は悪役令息らしい🤔

osero
BL
俺は第2王子のことが好きで、嫉妬から編入生をいじめている悪役令息らしい。 でもぶっちゃけ俺、第2王子のこと知らないんだよなー

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

執着攻めと平凡受けの短編集

松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。 疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。 基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

もう、いいのです。

千 遊雲
恋愛
婚約者の王子殿下に、好かれていないと分かっていました。 けれど、嫌われていても構わない。そう思い、放置していた私が悪かったのでしょうか?

総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?

寺一(テライチ)
BL
────妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。 ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの高校一年生。 ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。 その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。 そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。 それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。 女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。 BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の主人公への好感度がバグレベルで上がっていくということ。 このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう! 男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!?

処理中です...