重なる月

志生帆 海

文字の大きさ
上 下
813 / 1,657
11章

初心をもって 2

しおりを挟む
「翠……」

 流が僕を抱きしめる。
 ビクっと躰が震えるが、ここは茶室だ。

 ほっと息を吐くと、流が僕の顎を掴んで上を向かせ、そのまま口づけしてくる。

 霜月の朝。肌寒い躰を温めてくれるのか。

「んっ……」

 実の弟なのに、僕の想い人。

 もうその禁忌は僕を酷くは苦しめないのに、こうやって躰の一部を重ねるたびに、何かが胸の奥で騒ぎ出す。


……
 湖翠……俺たちやっと自由に愛しあえるな
 この時を待っていた。
 そろそろ俺を探してくれないか。
 お前の元に戻りたい。
 近くで眠りたい。
……

 これは情念というのか。
 曾祖父とその弟が切に願い望んだ結末を、僕達が引き継いだのか。

 流の手が僕の躰に触れて来る。
 愛おしそうに、確認するように。

「どうした?」
「ん、翠が今日から京都に行ってしまうから、寂しくてな」
「すまない。寺のこと頼んだぞ」
「翠がいない数年間やってきたことだ。だからちゃんとこなすよ」
「うん……あと薙のことも大丈夫だろうか。流には懐いているようだが」
「あぁ薙はいい子だよ。俺の言うことはよく聞いてくれるし、あっ」

 流は、一瞬しまったという顔をした。
 僕の顔が引きつったのを感じたのか。

「翠、そんな顔すんなって。いつか解けるよ……必ず」

 僕は息子との関係を深めることが、相変わらず出来ていなかった。その一方で薙はどんどん流には懐いていった。

 父親としての不甲斐なさはある。
 だが……どうしようもない埋められない溝も。

 それに薙が懐いている流と僕が、こんな深い関係であることは、決して悟られてはいけない。

「さぁそろそろ仕度をしましょう。まずはその寝間着を着替えないと」
「ふっ」
「なにがおかしいんです?」
「ん、お前の口調が昔のようの余所余所しくなるから」
「あぁ」

 流はその男気のある顔を綻ばせた。

「兄さん、こういうのも好きでしょう?」
「え」

 口づけは解かれたのに、今度は襟元に手を差しこまれ、片肌を露わにされる。首筋に流の唇が触れ、ピリッと小さな痛みが走る。

「つっ……」

 きつく吸い上げられた部分には、恐らく花が咲いただろう。

 痛くて……小さな悲鳴をあげると、今度はペロペロと労わるように舐められた。

「連れて行けよ」
「え?」
「俺も一緒に行きたい。翠だけじゃ不安だ」

 そうか……首筋の痕の意味を悟り、僕は流の肩に手をまわし優しく包みこんだ。

「流、大丈夫だよ。洋くんもいるし、何かあったらすぐにお前を呼ぶ」
「どうだか……洋くんと一緒というのが、心許ないよ」
「彼はしっかりしているよ。芯が強い」
「だが見た目は嗜虐的だ」
「おい! 酷いこと言うな、彼は僕たちの理解者だよ」
「えっ、そうなのか。俺と翠の関係をもう知っているのか」
「おそらく……彼は夕凪との縁があるから、いち早く察したような」
「そうか、参ったな」

 恥ずかしそうに流が笑う。

「大丈夫だよ。洋くんは味方だ」
「それは分かっているが、もう揶揄えないな」
「お前は全く」
「あぁもうこんな時間だ。朝のお勤めから俺の役目か」
「悪いな」

 流の用意してくれた洋服を着ようと浴衣をすべて脱ぐと、僕の躰を流が愛おしそうに見つめている。

「どうした?」
「ここ、綺麗に痕がついたな」

 首筋のさっき、きつく吸われた部分を流が指でなぞってくる。こんな行為にすら、僕の躰は素直に過敏に反応するようになってしまった。

「馬鹿、もう触れるな」
「一緒に行けないから。せめて俺がつけた痕を連れて行け」



 そんな情熱的なことを早朝から囁かれて、照れてしまう。

 本当に愛おしい。

 僕の想い人。

 しばし離れることになるが、この旅は流に近づく旅になるだろう。

 今日、僕は旅立つ。

しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

執着攻めと平凡受けの短編集

松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。 疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。 基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

もう、いいのです。

千 遊雲
恋愛
婚約者の王子殿下に、好かれていないと分かっていました。 けれど、嫌われていても構わない。そう思い、放置していた私が悪かったのでしょうか?

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

彼女にも愛する人がいた

まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。 「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」 そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。 餓死だと? この王宮で?  彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。 俺の背中を嫌な汗が流れた。 では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…? そんな馬鹿な…。信じられなかった。 だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。 「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。 彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。 俺はその報告に愕然とした。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

処理中です...