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11章
夜の帳 2
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季節は巡っていく。
薙がこの寺にやって来たのは夏休みの終わりだったのに、もう十一月になっていた。毎年思うことだが、夏が終わり師走までの数か月は本当に月日というものが早く過ぎていく。
薙はすっかり新しい中学校にも馴染んだようで、友人も出来たと言っていた。だが僕は父親らしいことを、相変わらず何も出来ないでいた。
僕が努力しようとしても、薙は頑なにそれを拒む。
この数か月、その繰り返しだった。
僕も思い切って薙の心の奥へ踏み込めばいいものの、少しの後ろめたさが邪魔をしてしまう。
本当に不甲斐ないよ。
父親の資格なんてないのに、この寺に引き取って……
「もう※霜降月か…」
※陰暦十一月の異名。霜月。
今朝も随分早くに目が覚めてしまった。
最近何かに急かされるような夢ばかり見て、あまりよく眠れない。流と過ごす夜はあんなにぐっすりと眠れるのに。
母屋の縁側に座り溜息交じりに吐息を吐くと、霜が降りるような冷え込みだったせいか、息が白くなった。すると庭から作務衣姿に箒をもった流が現れた。なるほど、流は僕より更に早く起きたというわけか。
「兄さん、おはようございます」
「流、おはよう」
「随分早起きですね。それにそんな溜息……どうしたんです?」
誰が聞いているかも分からないから、流の口調はよそよそしい。でも心配そうに訝しげに、流が見つめて来れた。
「あぁ……ごめん。秋が深まるのは早いなと思って」
寺の庭を見つめれば、木々が赤く色づき始めていた。
「兄さん今年の紅葉は深い紅色に染まりそうですよ。夜の冷え込みが厳しく、日中との寒暖の差が大きいほど、紅色は鮮やかになるそうだから」
「そうだね」
「……まるで兄さんと俺のようだ」
「え……」
「障害が大きければ多いほど燃え上がる」
「まったく流は……こんな場所で……そんなこと言うなんて」
「障害すらも肥やしにしていかないと、進めないですからね。それより離れの改装プランは順調ですよ」
「本当に?」
そうだった。丈と洋くんの離れのリフォームを眩しく羨ましく眺めていたら、流が僕たちの部屋も欲しいと言い出して、茶室をリフォームすることになったのだ。
「建築事務所との相談は進んでいるのか」
「ええ順調ですよ。ただ寺は秋から正月明けまでは繁忙期だから、着工は二月から始めて完成は三月末を予定していますよ。桜の咲く頃には兄さんに新しい家を贈れるはずです」
頭の中で想像してみた。桜を眺めながら流と心おきなく過ごす時間。そんな幸せで和やかな時間が手に入ることを。
「それは楽しみだな」
本当に楽しみだ。やはり薙がいる部屋で流に躰を触れさせることには抵抗があって、僕たちはあれから触れ合えていない。
洋くんが眠そうにしている顔や、襟元にたまに情事の痕をつけられているのを見て、微笑ましくも羨ましくも思ってしまう自分が、煩悩にまみれているようで居たたまれない。
僕たちの行きつくところは何処なのか分からない。
それでも流と共にいることが、一番落ち着くのだから困ったものだ。
「またそんな顔して」
流は僕に触れたそうにしたが、寸でのところで手を止めた。
それでいい。
母屋では僕に触れてはいけない。
薙にだけは、この関係を知られたくない。
「さぁ本堂に行く時間ですよ」
「あぁ本当だ。もうこんな時間か。行ってくるよ」
本堂で僕は御経を唱える。
御仏と迎い合うことで、心を清めていく。
しかし……注意力が散漫になってしまう。今日はどうしたことか。
心に引っ掛かっていることを引き出して考えてみる。
薙は何も気が付いていないようだが、洋くんの方は僕と流の関係に、気が付いていいるのかもしれない。
宮崎旅行の時から感じるものがあったのかもしれないな。戻って来てから、時折見せる洋くんの表情が物語っている。だが彼はそんなことを面白おかしく言いふらすような子ではない。
本当に見かけの華やかさとは正反対の真面目な性格だ。
心は洋くんのことに自然と赴く。彼のことを考えると、とてもやさしい気持ちになるから好きだ。
最近は翻訳だけでなく文章を書くことにも興味が出たようで、ライターの仕事も引き受けだして、奮闘している。
丈と離れを拠点に過ごすようになっても、変わらず母屋の手伝いもしてくれて、食事も丈が遅い時は一緒に食べてくれる。
頑張り屋で健気で……本当に可愛い。洋くんと一緒に暮らせることになって本当に良かった。
そういえば……かつて洋くんにそっくりな夕凪という青年が、ここで暮らし記録が寺には残っている。すべては大正時代の話だ。
きっと洋くんは、夕凪の縁を汲むのであろう。
でなければあんなに似ているはずがないだろう。
輪廻転生において、縁のある魂は再び出逢うことがあると聞く。
仏門の家に生まれた僕と、そこに惹きつけられるようにやってきた洋くんとの縁。確かな繋がりを感じて仕方がない。
その謎をもう一歩踏み込んで解かないと、僕と流はもう一歩踏み出せないのではないかという焦りのようなものを、最近感じている。
この気持ち、流になんと説明したらいいものか。
洋くんの母親の墓の奥に、歴代の寺の住職の墓地がある。
僕の祖父の墓。その隣に名のない墓が寄り添っている。
その謎を……解きたい。
ついに解かねばならない時が来たのかもしれない。
薙がこの寺にやって来たのは夏休みの終わりだったのに、もう十一月になっていた。毎年思うことだが、夏が終わり師走までの数か月は本当に月日というものが早く過ぎていく。
薙はすっかり新しい中学校にも馴染んだようで、友人も出来たと言っていた。だが僕は父親らしいことを、相変わらず何も出来ないでいた。
僕が努力しようとしても、薙は頑なにそれを拒む。
この数か月、その繰り返しだった。
僕も思い切って薙の心の奥へ踏み込めばいいものの、少しの後ろめたさが邪魔をしてしまう。
本当に不甲斐ないよ。
父親の資格なんてないのに、この寺に引き取って……
「もう※霜降月か…」
※陰暦十一月の異名。霜月。
今朝も随分早くに目が覚めてしまった。
最近何かに急かされるような夢ばかり見て、あまりよく眠れない。流と過ごす夜はあんなにぐっすりと眠れるのに。
母屋の縁側に座り溜息交じりに吐息を吐くと、霜が降りるような冷え込みだったせいか、息が白くなった。すると庭から作務衣姿に箒をもった流が現れた。なるほど、流は僕より更に早く起きたというわけか。
「兄さん、おはようございます」
「流、おはよう」
「随分早起きですね。それにそんな溜息……どうしたんです?」
誰が聞いているかも分からないから、流の口調はよそよそしい。でも心配そうに訝しげに、流が見つめて来れた。
「あぁ……ごめん。秋が深まるのは早いなと思って」
寺の庭を見つめれば、木々が赤く色づき始めていた。
「兄さん今年の紅葉は深い紅色に染まりそうですよ。夜の冷え込みが厳しく、日中との寒暖の差が大きいほど、紅色は鮮やかになるそうだから」
「そうだね」
「……まるで兄さんと俺のようだ」
「え……」
「障害が大きければ多いほど燃え上がる」
「まったく流は……こんな場所で……そんなこと言うなんて」
「障害すらも肥やしにしていかないと、進めないですからね。それより離れの改装プランは順調ですよ」
「本当に?」
そうだった。丈と洋くんの離れのリフォームを眩しく羨ましく眺めていたら、流が僕たちの部屋も欲しいと言い出して、茶室をリフォームすることになったのだ。
「建築事務所との相談は進んでいるのか」
「ええ順調ですよ。ただ寺は秋から正月明けまでは繁忙期だから、着工は二月から始めて完成は三月末を予定していますよ。桜の咲く頃には兄さんに新しい家を贈れるはずです」
頭の中で想像してみた。桜を眺めながら流と心おきなく過ごす時間。そんな幸せで和やかな時間が手に入ることを。
「それは楽しみだな」
本当に楽しみだ。やはり薙がいる部屋で流に躰を触れさせることには抵抗があって、僕たちはあれから触れ合えていない。
洋くんが眠そうにしている顔や、襟元にたまに情事の痕をつけられているのを見て、微笑ましくも羨ましくも思ってしまう自分が、煩悩にまみれているようで居たたまれない。
僕たちの行きつくところは何処なのか分からない。
それでも流と共にいることが、一番落ち着くのだから困ったものだ。
「またそんな顔して」
流は僕に触れたそうにしたが、寸でのところで手を止めた。
それでいい。
母屋では僕に触れてはいけない。
薙にだけは、この関係を知られたくない。
「さぁ本堂に行く時間ですよ」
「あぁ本当だ。もうこんな時間か。行ってくるよ」
本堂で僕は御経を唱える。
御仏と迎い合うことで、心を清めていく。
しかし……注意力が散漫になってしまう。今日はどうしたことか。
心に引っ掛かっていることを引き出して考えてみる。
薙は何も気が付いていないようだが、洋くんの方は僕と流の関係に、気が付いていいるのかもしれない。
宮崎旅行の時から感じるものがあったのかもしれないな。戻って来てから、時折見せる洋くんの表情が物語っている。だが彼はそんなことを面白おかしく言いふらすような子ではない。
本当に見かけの華やかさとは正反対の真面目な性格だ。
心は洋くんのことに自然と赴く。彼のことを考えると、とてもやさしい気持ちになるから好きだ。
最近は翻訳だけでなく文章を書くことにも興味が出たようで、ライターの仕事も引き受けだして、奮闘している。
丈と離れを拠点に過ごすようになっても、変わらず母屋の手伝いもしてくれて、食事も丈が遅い時は一緒に食べてくれる。
頑張り屋で健気で……本当に可愛い。洋くんと一緒に暮らせることになって本当に良かった。
そういえば……かつて洋くんにそっくりな夕凪という青年が、ここで暮らし記録が寺には残っている。すべては大正時代の話だ。
きっと洋くんは、夕凪の縁を汲むのであろう。
でなければあんなに似ているはずがないだろう。
輪廻転生において、縁のある魂は再び出逢うことがあると聞く。
仏門の家に生まれた僕と、そこに惹きつけられるようにやってきた洋くんとの縁。確かな繋がりを感じて仕方がない。
その謎をもう一歩踏み込んで解かないと、僕と流はもう一歩踏み出せないのではないかという焦りのようなものを、最近感じている。
この気持ち、流になんと説明したらいいものか。
洋くんの母親の墓の奥に、歴代の寺の住職の墓地がある。
僕の祖父の墓。その隣に名のない墓が寄り添っている。
その謎を……解きたい。
ついに解かねばならない時が来たのかもしれない。
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