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第2部 10章
引き継ぐということ 22
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なんだろう。この胸の奥のもやもやとした感じ。
そっと写真の流さんの顔を、指先でなぞってみた。
高校生の流さんも、かっこいいな。俺もこんな風になれたらいいなと憧れる。そして隣の父さんは、俺が見たこともないような柔らかな笑みを浮かべていた。心から落ち着いているような、そんな笑顔。
ふぅん、こんな顔もするんだ。
今度は、自分の顔を手で辿ってみる。細面の輪郭。薄い唇。鼻筋……我慢出来なくて、洗面所に行って鏡を見た。
いつも周りから無表情だと言われる鏡の向こうの俺の顔。愛想笑いなんて出来ないし、そんなに腹を抱えて笑うような面白いこともない毎日だった。
気が付くと、いつの間にか表情というものが消えていった気がする。
ふぅ……
虚ろな溜息をつくと愛想のない顔と目が合った。
表情はさておき、やはり父さんにパーツがすべて似ている。違うのは髪の色だけ。父さんは明るい栗色の柔らかい髪色をしてるのに、俺は烏のように黒い。
俺も大学生になったらあんな風に、花のようにふわっと笑えるようになるのか。いやきっと……無理だ。
「あっ薙くん、こんな所にいたのか」
鏡をじっと見ていると、洋さんが通りかかった。
「何してるの?」
手には大きな白い洗濯カゴを抱えていた。
「洋さんは何してんの?」
「洗濯物を取り入れようと思って」
「ふぅん俺もやるよ。暇だし」
「そう?ありがとう。こっちだよ」
本当は暇でもないけれども、洗面所で自分の顔をじっと見ていたのが気恥ずかしかったから、話題を変えたかった。それに洗濯物とかそういう家事全般は、母さんと二人で暮らしていたと時に俺がやっていたから慣れていて、つい自然に手伝うなんて言ってしまった。
案内されたのは寺の中庭で、そこには沢山の洗濯物が竿に干してあった。
「うわっすごい量だな」
「ははっ、男四人だし……流さんのが特に多くて大変だよ」
「なんで?」
「作務衣で庭掃除して汚れるし、陶芸をしたり絵を描いたり、お茶を点てたりと、とにかく一日のうちにいろんなことをするから、その都度着替えるからね」
「ふーん、流さんって何でも出来るんだな」
「そうだね! でも君のお父さんも凄いよね」
「父さんが凄いって?」
「だってあの若さで、寺の住職としての仕事を一手に引き受けて、本当に忙しそうだ」
忙しいか。
確かにそうなのかもしれないが、俺の中ではその忙しいの一言で駄目になったことが多すぎて、あまり関心をもてなくなっていた。実の父なのに。
「ふぅん。で、丈さんのはこれ?」
「うん、白衣がね」
「……洋さんはさ」
男にしては綺麗すぎる顔を持つ人のことを、もっと知りたくなっていた。日に透ける黒髪は艶やかで、他人の横顔なんて今まで意識したことなかったけれども、俺が見惚れちゃう程整っている。
どんな女の子も洋さんには勝てないような気がする。でもこの顔どっかで見たことがあるような。
「んっ? 俺の顔に何かついてる?」
「いやっ別に、洋さんそれよりなんでこの家に養子に何て来たんだよ。本当の親がいるだろ?」
「……あ……俺の両親は、もうとっくに亡くなっているんだ」
意外だった。まぁ何か事情があるから養子に来たとは思ったけどさ、こんなに幸せそうな顔してるのに、人は見かけによらないんだな。
「へぇ……いくつの時の話?」
なんだか興味があって更に聞いてしまうと、洋さんは少し困ったような表情を浮かべた。
あれ? この人よくこういう表情するよな。
「うん……父は7歳の時で母が13歳の時だよ」
「そっか……大変だったんだな」
「でも今は幸せだから……いいんだ。もう過ぎ去ったことは」
そう爽やかに微笑んでいた。
その笑顔が夕陽に透き通るように美しかった。
悪い人じゃないんだ。
ここにいる理由はまだ分からないけれども、そのことだけは信じられる。
そんな気持ちが夕焼けと共に滲みだして来た。
久しぶりに持った……人への労わるような、受け入れるような、優しい気持ちだった。
そっと写真の流さんの顔を、指先でなぞってみた。
高校生の流さんも、かっこいいな。俺もこんな風になれたらいいなと憧れる。そして隣の父さんは、俺が見たこともないような柔らかな笑みを浮かべていた。心から落ち着いているような、そんな笑顔。
ふぅん、こんな顔もするんだ。
今度は、自分の顔を手で辿ってみる。細面の輪郭。薄い唇。鼻筋……我慢出来なくて、洗面所に行って鏡を見た。
いつも周りから無表情だと言われる鏡の向こうの俺の顔。愛想笑いなんて出来ないし、そんなに腹を抱えて笑うような面白いこともない毎日だった。
気が付くと、いつの間にか表情というものが消えていった気がする。
ふぅ……
虚ろな溜息をつくと愛想のない顔と目が合った。
表情はさておき、やはり父さんにパーツがすべて似ている。違うのは髪の色だけ。父さんは明るい栗色の柔らかい髪色をしてるのに、俺は烏のように黒い。
俺も大学生になったらあんな風に、花のようにふわっと笑えるようになるのか。いやきっと……無理だ。
「あっ薙くん、こんな所にいたのか」
鏡をじっと見ていると、洋さんが通りかかった。
「何してるの?」
手には大きな白い洗濯カゴを抱えていた。
「洋さんは何してんの?」
「洗濯物を取り入れようと思って」
「ふぅん俺もやるよ。暇だし」
「そう?ありがとう。こっちだよ」
本当は暇でもないけれども、洗面所で自分の顔をじっと見ていたのが気恥ずかしかったから、話題を変えたかった。それに洗濯物とかそういう家事全般は、母さんと二人で暮らしていたと時に俺がやっていたから慣れていて、つい自然に手伝うなんて言ってしまった。
案内されたのは寺の中庭で、そこには沢山の洗濯物が竿に干してあった。
「うわっすごい量だな」
「ははっ、男四人だし……流さんのが特に多くて大変だよ」
「なんで?」
「作務衣で庭掃除して汚れるし、陶芸をしたり絵を描いたり、お茶を点てたりと、とにかく一日のうちにいろんなことをするから、その都度着替えるからね」
「ふーん、流さんって何でも出来るんだな」
「そうだね! でも君のお父さんも凄いよね」
「父さんが凄いって?」
「だってあの若さで、寺の住職としての仕事を一手に引き受けて、本当に忙しそうだ」
忙しいか。
確かにそうなのかもしれないが、俺の中ではその忙しいの一言で駄目になったことが多すぎて、あまり関心をもてなくなっていた。実の父なのに。
「ふぅん。で、丈さんのはこれ?」
「うん、白衣がね」
「……洋さんはさ」
男にしては綺麗すぎる顔を持つ人のことを、もっと知りたくなっていた。日に透ける黒髪は艶やかで、他人の横顔なんて今まで意識したことなかったけれども、俺が見惚れちゃう程整っている。
どんな女の子も洋さんには勝てないような気がする。でもこの顔どっかで見たことがあるような。
「んっ? 俺の顔に何かついてる?」
「いやっ別に、洋さんそれよりなんでこの家に養子に何て来たんだよ。本当の親がいるだろ?」
「……あ……俺の両親は、もうとっくに亡くなっているんだ」
意外だった。まぁ何か事情があるから養子に来たとは思ったけどさ、こんなに幸せそうな顔してるのに、人は見かけによらないんだな。
「へぇ……いくつの時の話?」
なんだか興味があって更に聞いてしまうと、洋さんは少し困ったような表情を浮かべた。
あれ? この人よくこういう表情するよな。
「うん……父は7歳の時で母が13歳の時だよ」
「そっか……大変だったんだな」
「でも今は幸せだから……いいんだ。もう過ぎ去ったことは」
そう爽やかに微笑んでいた。
その笑顔が夕陽に透き通るように美しかった。
悪い人じゃないんだ。
ここにいる理由はまだ分からないけれども、そのことだけは信じられる。
そんな気持ちが夕焼けと共に滲みだして来た。
久しぶりに持った……人への労わるような、受け入れるような、優しい気持ちだった。
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